いざという時のために。その大事さは十分に理解しているつもりですが、「防災」「防災訓練」と言われてしまうと、つい義務感が先に立ってしまうところがあります。
「そうなんです。防災ばかりが前面に立っているやり方では限界があるんです」とおっしゃるのが、数々の画期的な防災プロジェクトを手がけているNPO法人プラス・アーツ代表の永田宏和さん。
そんな永田さんの言葉を実感するためにも、プラス・アーツが監修した防災カードゲーム『シャッフルプラス』を、子どもも一緒にご家族で体験してもらいました。
NPO法人プラス・アーツ理事長の永田宏和さん
『シャッフルプラス』は、“いざ”という時に役に立つ防災知識を遊びながら覚えることができるカードゲームです。
防災カードゲームもコロナ禍でリニューアル
ーカードゲームを始める前に、この防災カードゲームを開発された経緯を教えてください。

永田さん
これは、学校現場やご家庭でも防災を楽しみながら学べるようにと制作したカードゲームで、もともとは、ある企業の社会貢献活動として「防災ゲーム、つくれませんか?」という相談を受けて、1年ほどかけて開発したものがベースになっています。
当時は、ノベルティのような感じで配布先が限られていましたが、それを偶然見つけた幻冬舎の担当者から連絡がきて、商品化されることになりました。それが2012年ですね。
ー防災カードゲーム『シャッフル』として発売されて、今年の2月には『シャッフルプラス』として新バージョンが発売されましたね。

永田さん
最初のカードゲームは、「止血の方法」「骨折の応急処置」「毛布担架の作りかた」といったお互いに助け合う技術や知識、防災用語でいえば「共助」やレスキューが中心になっていました。
今回は、コロナ禍をきっかけに、各家庭での暮らしの防災対策や感染症対策も加えて、新たに発売したんです。言ってみれば、コロナ改訂バージョンですね。
右が、コロナ改訂バージョンの防災カードゲーム『シャッフルプラス』。デザインは、デザイナーの寄藤文平さんが手がけている。
ー防災の世界でもコロナ禍の影響があるんですね。

永田さん
コロナ禍であっても、自然災害は待ってくれませんからね。
たとえば、コロナ禍で避難所に人が過密に集まってしまったら、感染拡大にもつながってしまう。「複合災害」と言われる状況です。
時には「在宅避難」という選択も大事なのです。一般にはまだそれが全然伝わってないなということに気づいて、「今こそ、在宅避難の準備を」というメッセージを積極的に出すようにしました。
ーそれで、新しくなった『シャッフルプラス』にも在宅避難の要素が加味されているんですね。
これから『シャッフルプラス』を体験いただくお父さん、お母さんは、普段から防災のことをどれくらい意識していますか。
5歳と1歳のお子さんがいるご家族に『シャッフルプラス』を体験していただきました。

お父さん
職場の防災訓練で、AEDや消火器の使いかたは習ったりしましたけど…どちらかといえば非日常的な行為だと思ってしまって、防災と聞くと、身構えてしまいますね。

お母さん
子どもができてからは、いざという時にこの子たちを守れるのかな?という自信がなかなか持てなくて…。テレビ番組などで見かけた、水やミルク、オムツは多めにストックしておくことや、家具が倒れないようにするといった対策はやっていますけど、完璧ではないですね。
ー永田さん、子どものいるお母さんに向けた防災対策って何かありますか?

永田さん
小さなお子さんがいる家庭に向けた防災マニュアルが無料で公開されていますよ。
P&Gさんのサイトで公開している「もしもの時も暮らしはつづく」手帳です。どうしたらいいかわからないというお父さん、お母さんにはぜひ一度読んでみてください。それでは、実際にカードゲームをやってみましょうか。
「もしもの時も暮らしはつづく」手帳は、P&Gジャパンと神戸市が協力し、小さなお子さんのいるご家庭向け防災マニュアルとして、神戸市のウェブサイト上で公開されています。
「災害への備え」の「もしもの時も暮らしはつづく」手帳よりご覧ください。
https://www.city.kobe.lg.jp/a46152/bosai/prevention/index.html
家族で防災カードゲームをやってみました!
防災シャッフルゲームのやり方をごく簡単に紹介。
「正しい手の洗いかた」「かんたんランタンの作りかた」といった、いざという時に役立つ防災知識が描かれたお題カードが12枚。
お題カード
1枚のお題カードに対してそれぞれ4枚、計48枚の手順カード。
お題カードは山にふせて、そのうち4~6枚を場に開く。
48枚の手順カードとイベントカードをプレイヤーに配り、プレイヤーはお題カードに合った手順カードを手札から出していく。4枚目の手順カードを出したプレイヤーにチャンス到来、お題に合わせて4枚の手順カードを正しい順番で並べることができればポイントゲット。
スキップやリバースなどのイベントカードを出すタイミングなども考えながら、7ならべ×UNO感覚で楽しむことができるカードゲームです。

お父さん
UNOのように場のお題カードに合わせて、手札から手順カードを出していく流れですね。

永田さん
そうです。手札に同じカードを2枚持っていれば、まとめて出しても構いませんが、4枚目を自分が出せるように考えてください。

お母さん
思ってたよりゲーム性が高いですね!…お題は「キッチンペーパーでマスク作り」。

息子さん
ぼく、わかるよ!
お題カードに対して、手順カードを正しい順番に並べることで、防災知識を学ぶことができます。

お父さん
すごい、合ってるんじゃない?

永田さん
お題カードの裏に、手順カード4枚の正しい手順が絵で記されています。正解!

息子さん
やったー!

永田さん
子どもは何度もやってるうちに、すぐに正しい順番を覚えてしまいますよ。
だから、災害にあったときでもパッと思い出せる。
キッチンペーパーやペーパータオルと輪ゴムを使って、使いやすいマスクがすぐ作れます。
マスクの作り方
【材料・道具】
キッチンペーパー、輪ゴム×4個、ホッチキス
【作り方】
1.キッチンペーパーを蛇腹に折る。
2.輪ゴムを組み合わせ、ホッチキスでとめる。

お父さん
次のお題は「屋内消火栓の使いかた」…これは知らないなぁ…。

永田さん
屋内消火栓って多くのマンションに設置されていますけど、住民が初期消火で使うものだと意外と知られてないんです。ですから、これを機に覚えておいてくださいね!
屋内消火栓は発災時には誰でも使うことができます。火災発生直後の火元の小さいうちに、火元の近くにいる人によって初期消火できることで、火災による被害を大幅に軽減することができます。
屋内消火栓の使い方は、神戸市のウェブサイト上で公開されています。ぜひ、ご覧ください。
https://www.city.kobe.lg.jp/a10878/bosai/shobo/bousai/syokubabousaimanual/kunrenmanual/jisshiyoryo/okunaisyoukasen.html

お母さん
これだと理解しやすいですね。
次のお題は「ランタンの作りかた」…。

息子さん
うーん…どうやって作るんだろう?

永田さん
家に懐中電灯しかなくても、その光をランタンに変える方法ですね。
じつは懐中電灯の上にペットボトルを置くことでランタンが作れるんです。
※ペットボトルは、500ミリリットルでも2リットルのものでも構いません。
懐中電灯の上に水を入れたペットボトルを乗せると、簡単にランタンが作れます。
ランタンの作り方
【材料・道具】
懐中電灯、ペットボトル
【作り方】
1.ペットボトルに水を入れる。
2.懐中電灯の光源の上にペットボトルを乗せる。

お母さん
簡単なんですね。おうちに帰ったらやってみようか!

息子さん
うん!やってみたい!

お父さん
次のお題は「ポリ袋とタオルでおむつ作り」か…。
ええっと、スーパーのレジ袋の両脇を切って開いて、その上にタオルを敷いて…、ビニール袋の持ち手の部分で赤ちゃんのお腹に結べばいいのか。
スーパーのビニール袋とタオルがあれば、簡易おむつがすぐに作れます。
おむつの作り方
【材料・道具】
ポリ袋、タオル、はさみ
【作り方】
1.ポリ袋の持ち手と横を切り、開く。
2.中央にタオルを置き、赤ちゃんに乗せ、袋を折りたたんで結ぶ。

永田さん
災害や外出時、赤ちゃんのおむつが不足すると大変困ります。
これは覚えておくと役立ちますよ。

お母さん
これは、覚えておきたいですね!
次は「紙食器の作りかた」。
紙食器は、コップ、皿、ゴミ箱などを即席で作ることができます。水や油ものを入れるときは、ラップを敷いて使いましょう。
紙食器の詳しい作り方は、こちらのサイトからダウンロードいただけます。

永田さん
こうやってカードゲームとして遊ぶだけではなくて、お題カードに合わせて、それぞれ4枚の手順カードを正しい順番に並べ替えてみるだけでも、十分、教材にはなりますが、やっぱりカードゲームとして遊ぶほうが盛り上がりますよ。

お父さん
ルールだけ聞くとちょっと難しいかなと思ったけど、やってみたらシンプルで子どもでもできそうですね。あと、ビニール袋や新聞紙といった家にある身近なものがこんなに防災グッズに使えるというのも勉強になりました!

永田さん
「かんたんランタンの作りかた」というお題がありましたけど、水ではなく、お茶にすればムードのある光になりますし、ポカリスエットにすればものすごく明るくなりますよ。

お母さん
いろんな飲み物で試してみるのは楽しそう!

永田さん
その情報をプラス・アーツのスタッフが一度、TikTokにあげたらすごく好評で。
実は、TikTokの公式チャンネル*として毎日1本、スタッフが毎回工夫しながらあげているのでよければ見てください。1分に情報を集約するのは大変ですけど、私たちにとってもいい勉強になっています。
ただ「防災」を訴えるだけではなくて
ーせっかくの機会ですから、永田さんのお話も聞かせてください。永田さんはどんなきっかけから防災教育を手がけるようになったのでしょう。

永田さん
私がやっているNPO法人プラス・アーツの活動は、阪神淡路大震災の被災者の方々に学んだことがベースになっているんです。先に私自身のことでいえば、阪神淡路大震災の時には、まだ建設会社で働いていました。
学生時代からまちづくりの勉強をしていたので、会社に「被災地に行かせてほしい」と志願しましたが、それは叶いませんでした。当時、設計を担当していたショッピングセンターに専念しなさいと…。
結局、被災地にはボランティアでほんの少し関わっただけで、役に立たなかったという思いがずっと残っていました。
ー働きながら、被災地ボランティアに行くのは難しいですよね。

永田さん
そうなんです。その後、独立してまちづくりやアート、建築の企画会社を設立したところ、1995年の阪神淡路大震災から10年の節目で、兵庫県と神戸市からイベントをやってほしいという依頼を受けました。
神戸の子どもたちの元気な姿を全国に発信するために、アーティストの藤浩志さんが発案した「かえっこ」というイベントをやってほしいと。
アーティスト・藤浩志氏が発案した「かえっこ」は、遊ばなくなったおもちゃをカエルポイントに交換する仕組みを使って、子どもたちが自発的にさまざまな活動や体験をする「遊びの場」をつくり出す仕組みです。
ー「かえっこ」は、いらなくなったおもちゃをこども通貨に替えて、また別のおもちゃと交換したりする仕組みで、今も全国的に行われています。

永田さん
当時は、阪神淡路大震災から10年の節目の企画ということで、やっと自分の出番が回ってきた、これは本気で取り組まなければ! という気持ちでしたね。ただ、単にイベントで「かえっこ」をやるだけでいいのかということは、藤さんともかなり議論をしました。そして、「かえっこ」に防災体験プログラムを組み合わせた「イザ!カエルキャラバン!」を提案したんです。
「イザ!カエルキャラバン!」は、 家族や友だちと楽しみながら、防災知識を身につけることができる、新しいかたちの防災イベントです。
ー行政からの要望はなかったのに、防災要素を取り入れたわけですね。

永田さん
そう、 余計なことを提案したんですよ(笑)。
だけど、もともとの「かえっこ」のプログラムがよくできていたので、防災体験を付け加えてもうまくいったし、なにより藤さんがすごく共感してくれたので、とてもいい防災体験プログラムになったと思います。おかげでいまや全国各地で開催されてますから。
ー「イザ!カエルキャラバン!」も、先ほど体験した『シャッフルプラス』も遊んでいるうちに防災意識が芽生えるという順番で設計されていますね。

永田さん
もともと私自身が防災の専門家ではなくて、違う分野から入ってきたこともあって、昔ながらの防災のやり方では限界があるなと感じていました。
内容は防災訓練だとしても、とにかく参加したくなるほど突き抜けて楽しいだとか、ゲームでも防災が先に立つのではなく、あくまでもまずはゲームとして楽しいことが大事。防災だからやらされてるという意識になるのが嫌なので。
ー防災のことに永田さんが関わり始めて15年ほど、日本の防災意識に変化は見られるでしょうか。

永田さん
明らかに防災イベントは増えて、関わる人の数もぐんと増えましたね。
自然災害が毎年のように発生しているので、自分ごとになってきたという面もあるでしょう。だから、プラス・アーツの関わっているイベントでも、すごく参加者は集まるんです。始めた頃は、人集めに苦労しましたから。
なので、今後必要になってくるのが担い手づくりです。私たちが防災イベントの現場に行かなくても、必要なキットや教材を共有することで、市民の方に講師を務めていただく。そうしなければいけないほど、防災イベントのニーズは増えています。
ー実際にどんな方が担い手になるのでしょう。

永田さん
埼玉県や大阪の堺市ですでに担い手養成を始めています。
堺市の場合でいえば、連携しているのは、防災関連の部署がメインではなく健康福祉局。役所としての事業目的は、介護予防なんですね。実際、高齢者の方が防災イベントの講師を務めることで、それが生きがいになって、なによりご本人がとても楽しそうで元気になるんです。そうした方々の家が防災モデルハウスのようになって、その自宅写真を見せながら自慢いただいたりもして(笑)。
ー防災の担い手づくりが高齢者の生きがいにもつながるのはいいですね。

永田さん
企業の側から防災に取り組むケースも増えているので、裾野の広がりは実感しています。
とはいえ、社会全体の流れとしては、災害に対して弱い人たちはむしろ増えていると思うんです。ますます高齢化が進んで、地域のコミュニティが崩れている中、このコロナ禍で身近な人とのつながりがさらに減りました。近年の自然災害の増え方や規模の大きさ、予測される南海トラフ地震のリスクを思えば、まだまだやらなければいけないことは多いですね。
ー南海トラフ地震について永田さんからアドバイスいただけることは何かありますか。

永田さん
ちゃんと正しく恐れましょうとよく言われますけど、漠然と南海トラフ地震を怖がるのではなくて、もしも南海トラフ地震が発生したときに、自宅への津波の到達時間や、想定される浸水の高さといった知識を持っているかどうかで、いざというときの対応に違いが出てくると思います。
ハザードマップを調べればわかることでも、意外とその知識を持っていない人が多いと感じますね。
ー想定される津波の到達時間が10分なのか60分かで、たしかに対応は全然変わってきますね。

永田さん
そうなんです。これだけ発生確率が高くなってきている中で、調べればわかる最低限のことは絶対に知っておくべきです。
知った上で怖がるのと、知らずに怖がるのでは意味が違いますから。
ーまずは自分の家とよく行く場所だけでもハザードマップに目を通しておきます!
永田さん、ありがとうございました!
-
永田宏和さん
NPO法人プラス・アーツ理事長
兵庫県西宮市生まれ。大学で建築を学び、大学院ではまちづくりを専攻。大手ゼネコンに勤務した後、企画プロデュース会社「iop都市文化創造研究所」を設立。「イザ!カエルキャラバン!」の開発をきっかけにNPO法人プラス・アーツを設立。2012年からデザイン・クリエイティブセンター神戸の副センター長も務める。2021年4月よりセンター長に就任。
兵庫県西宮市生まれ。大学で建築を学び、大学院ではまちづくりを専攻。大手ゼネコンに勤務した後、企画プロデュース会社「iop都市文化創造研究所」を設立。「イザ!カエルキャラバン!」の開発をきっかけにNPO法人プラス・アーツを設立。2012年からデザイン・クリエイティブセンター神戸の副センター長も務める。2021年4月よりセンター長に就任。