Interview

親との最適な住まいの距離感って? 令和時代の暮らし方を専門家に聞く

親が高齢になり身体の衰えが進んでいったときなど、人生の中で、親と一緒に暮らすのか、別々に暮らすのか悩むことは多くの人が経験することかもしれません。
近年、3世帯住宅のような「同居」を選択する家族がいる一方で、「近居(きんきょ)」という住まい方を選ぶ世帯がますます増えています。今回、大阪市立大学大学院生活科学研究科の小伊藤亜希子教授に、どのような近居がどう広がっているのか、ご自身の実体験もまじえながら教えていただきました。

伝統的住宅からもわかる共用への流れ

ーまずは、小伊藤先生の普段の研究について教えてください。小伊藤先生のおられる生活科学部 居住環境学科というのはどういった学問分野になるでしょう。

小伊藤先生

小伊藤先生

生活科学部という学部名を初めて使ったのは大阪市立大学です。
この名付けからもわかるように、良妻賢母から始まった「家政学」を科学の水準に高め、生活の質向上のための研究をする分野です。
そのなかでも居住環境学科は、生活機器から住宅、建築、都市まで、幅広いスケールを対象にしながら、空間からのアプローチを行なっています。建築にも近いですけど、より生活に重点を置いた学科ですね。

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ー小伊藤先生の具体的な研究対象はどんなことなのでしょうか。

小伊藤先生

小伊藤先生

私は、主に住宅や地域における家族の居住スタイルを研究しています。ライフスタイルの変化に伴う新しい住まい方や、京都の町家や大阪の長屋のような伝統的住宅をどう住み継ぐかということに注目しています。伝統的住宅のことは、今の住宅の問題にもすごくつながっているんですよ。

ー町家や長屋のような住まいは、今の住宅とはまったく別のものだと思っていました。

小伊藤先生

小伊藤先生

古い長屋には、小さな部屋がたくさんありますが、襖を開ければ空間がつながります。
そういった建物をリノベーションして暮らしている人を調査してみると、空間をなるべく広く使いながら、もともとの建具や柱などを手がかりにしながら居場所をゾーニングして、上手に住んでおられる例が多くて。伝統的な住宅での住まい方が、今のニーズにも合って、また見直されてきている面がありそうです。

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ーそういった研究事例をお聞きすると、時代に合わせて、建築や住まいのあり方が変化していることがよく分かりますね。

小伊藤先生

小伊藤先生

はい。ライフスタイルの変化や、さまざまなライフステージの家族も見ながら、家族のあり方、住空間のあり方を研究しているということになります。

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「近居」の背景には子育てサポートへの期待が

ー今、親世帯と子世帯がほどよい距離感に住む「近居(きんきょ)」に注目が集まっていると聞きました。

小伊藤先生

小伊藤先生

そうなんです。近居という言葉や住まい方自体は昔からありましたけど、近年、ぐっと注目されて研究対象にもなっています。戦後しばらくまでは、家を継ぐ、家業を継ぐという必要性から同居が一般的でした。
それは、家の広さも関係なく、狭い長屋でも同居していたのですが、高度経済成長期から若い世代が都市へと移動し、核家族化が進みます。故郷の親世帯と都市に住む子世帯で距離があったので、近居もなかなか成立しませんでした。ところが、さらにその次の世代になると、親も都市部に住んでいるということが増えて、物理的に近居が可能になってきたという要因もあります。

ー近居として定義される距離は、学問的に定まっているのでしょうか。

小伊藤先生

小伊藤先生

いえ、どこまでを近居に含めるかは人によって幅があります。
2017年から私の研究室と積水ハウス・住生活研究所とで近居に関する共同研究を始めました。最初の2017〜18年は、大規模なアンケート調査を実施したのですが、その際には物理的な距離ではなく、時間距離を採用しました。時間距離で30分以内を近居と定めましょうと。調査としては、時間距離1時間以内の人までを対象にしました。

ー車で30分の距離だと思えば、隣の市町くらいまでは近居の範囲内ですね。

小伊藤先生

小伊藤先生

昔よく言われた「スープの冷めない距離」よりは全然広がっていますね(笑)。ただ、共同研究でわかってきたのは、近ければ近いほど日常的な行き来が増えますし、時間距離15分以内、特に徒歩15分までの距離だとより一層、生活共同化が高まるんです。

徒歩で15分というのは、小学生の子どもが自分一人でおばあちゃんの家まで行けるという距離です。それ以上になれば、親が子どもを連れていく必要が出てきます。

ー実際に近居されているケースでは、どのような形や理由で始めることが多いのですか。

小伊藤先生

小伊藤先生

今回、調査した中では、子世帯が親の家の近くへ移動するという事例がほとんどでした。

その近居を選ぶタイミングも、子世帯の妊娠がわかったとき、あるいは、子どもが生まれたときが多いので、やはり子育てサポートへの期待が大きいことが伺えます。

ー自分の身のまわりで子育てしている家族を見ていても、その調査結果はなんとなく実感として頷けます。

小伊藤先生

小伊藤先生

そして、その日々の子育てサポートを担っているのがおばあちゃん。親世帯の妻ですね。おばあちゃんからすれば孫はかわいいし、自分の子どもの子育てを助けたい。
そして、子世帯が夫側と妻側、どちらの親世帯と近居するかを選べる環境にある場合は、子世帯の妻側の親との近居を選ぶケースが圧倒的でした。娘からすれば、気心知れた母親に頼るという形です。行き来しているのは女性と子ども中心で、男性は時々しか登場しない。

娘側の親世帯との近居では、夫が不在の時間におばあちゃんが来て、夫の帰宅時間に合わせて帰る、といった話がありましたね。
また、夫側の親世帯の家と近居しているというケースでも、子世帯の妻と孫だけがおばあちゃんの家でご飯を食べて、息子である夫は実家であるはずの家には来ずに自宅にいる、といった話も聞きました。

ーつまり、現代の近居は女性同士の関係が中心になっているということですね。

小伊藤先生

小伊藤先生

そうです。子育てや家事のサポートという目的があるので、まだまだそこは母親の役割という意識が根強くあるようです。
本来であれば、もっと夫が一緒に子育てに参加して、親世帯にサポートを求めるにしても「夫が自分の親に頼む」という例があってもいいと思いますけど、なかなかそうはなっていません。
夫婦共同で子育てのあり方を考える前に、妻がお母さんに頼ってしまうというのが現状では多く見られます。

ーコロナ禍を経て夫の在宅時間が増えたという家庭も多いでしょうから、家での男性の役割を見直して、状況が変わってくるかもしれませんね。

小伊藤先生

小伊藤先生

ひとつのきっかけにはなると思います。
若い世代は夫が子育てに関わるという意識も高まっているようですし、これまでの夫不在の家庭から、男性の働き方も含めて変わっていかなければいけない。この機会に、子育ても自分の領域なんだと男性が認識するようになっていけばいいなと思いますね。

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近居のよさはちょうどいい距離感

ー小伊藤先生ご自身の近居体験についても差し支えない範囲で教えてください。

小伊藤先生

小伊藤先生

私は京都で生まれ育って、今も京都なんですけど、母の暮らす実家は車で15分の距離なんです。
まったく意識してませんでしたけど、気づけば近居でしたね(笑)。
ただ、母もずっと働いていて、私よりも忙しいくらいだったので、私の子育てをサポートしてもらった記憶はあまりなくて。私の息子がおたふく風邪になった時とかには、むしろ、夫の母に来てもらっていました。夫の母は信州の人なんですけども。

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ーここまで教えてもらってきた近居の背景にある、親からの子育てサポートはあまり享受されなかった。

小伊藤先生

小伊藤先生

そうなんです。ただ、何かあったときにはお互いにすぐに行き来できるという安心感はありました。私の母の時代は、働いている女性は珍しかったですけど、たぶん、これからは働くおばあちゃんが増えてきます。
私自身もそうですけど、息子に子どもができて近居をすると今言われても、そこまで私が子育てサポートできるとは思えないというのが正直なところです。

ー近居のあり方も、親世帯の価値観によって変わってきそうですね。

小伊藤先生

小伊藤先生

はい。実際、これまで調査してきた親世帯、おばあちゃんたちは専業主婦が多いですね。孫の送り迎えや食事の世話を一手に引き受け、外食を含めた食事代も親世帯が持って、子守りなどを頼まれたら、親世帯はサークルや習い事を休んででも子世帯のサポートをしている例が多い。
もちろん、親世帯はそれをやり甲斐だと感じていらっしゃって、喜びにつながっているのですが、客観的に見ると親世帯の負担が増えている面もあるだろうと感じます。

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ー近居のメリットとしては、どんなことが挙げられますか。同居ではなく近居が選ばれる理由もそこに関わってくるでしょうか。

小伊藤先生

小伊藤先生

リサーチで出会った方々は近居に対してすごく肯定的で、むしろ同居は全否定という方が多かったのが印象的でした。みなさんが言われるのは、近居がちょうどよい距離感だということですね。
それぞれのプライベートな生活スタイルはきちんと維持しながら、選択的に生活共同化が実現できる。子世帯が子育てサポートを受けるにしても、同居だとしたら、その関係性、いい距離感を調整することが難しくなるのでしょうね。

ー子世帯の子ども、おばあちゃんからすれば孫にとって、近居はどのような影響があるでしょう。

小伊藤先生

小伊藤先生

今回の共同調査では、子どもへの直接の影響については調べていませんが、日常生活のなかで親と先生以外の大人に接する機会が減っている時代ですから、親以外に身近な大人がそばにいることは大事だと思います。
子どもにとって、おばあちゃんの家が逃げ場所になっているケースもありました。親世帯との近居を選ぶことで、子世帯の親子関係にも余裕がもたらされているようです。

ーこれからの研究やリサーチの方向としては、どんなことに興味を持たれていますか。

小伊藤先生

小伊藤先生

今回の共同調査では小さな子どものいる子世帯を対象にしましたので、親世帯もまだ若い方が多くて、介護の話はあまり出ませんでした。調査で見た数少ないケースですが、介護に関しては距離はあまり関係していないようでもありました。近居であろうとなかろうと、必要に迫られると子世帯が介護のために通っている。
今回調査した、まだ若い親世帯に将来の介護のことを聞いたら、「子どもに頼るつもりはない」という元気な方が多いのですが(笑)。
ただ、親世帯の介護、見守りのために近居を選択するという事例はこれから増えていくでしょうから、そこにも着目して調査を継続していきたいと考えています。

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小伊藤先生

小伊藤先生

国や自治体が同居、近居を推奨し、自治体が補助金を出す場合もありますけど、子育て等のケアをすべて自助共助でカバーすることを期待されるとそこは違うなと思います。
誰もが同居、近居を選択できるわけではないですから。まずは公的な保育や介護を受けられる環境があって、その隙間を埋めるものとして近居のよさが見直されるべきだなと思います。

  • 小伊藤亜希子

    小伊藤亜希子

    大阪市立大学大学院 生活科学研究科 教授

    1963年生まれ。京都大学大学院 工学研究科で博士(工学)を取得。京都造形芸術大学、京都文教短期大学、日本福祉大学を経て、1999年大阪市立大学へ助教授として着任。家族の住み方と住要求、京都の町家、大阪の長屋等の伝統的住宅の活用、子どもの放課後の居場所づくりなど、自身の子育てや生活経験を活かした住居学の研究を行う。

    1963年生まれ。京都大学大学院 工学研究科で博士(工学)を取得。京都造形芸術大学、京都文教短期大学、日本福祉大学を経て、1999年大阪市立大学へ助教授として着任。家族の住み方と住要求、京都の町家、大阪の長屋等の伝統的住宅の活用、子どもの放課後の居場所づくりなど、自身の子育てや生活経験を活かした住居学の研究を行う。

  • 編集:太田 孟(合同会社バンクトゥ)
    取材・文:竹内 厚
    写真:原祥子

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