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いごごちのカタチ

わが家のいとしい残像

平野 愛

平野 愛(写真家)
その日の記憶を文字だけでなく写真と一緒に残せたらどれだけ素敵だろうか。
身の回りの「残像」を積み重ねていく楽しさを書きとめていきます。

いごごちのカタチ

わが家のいとしい残像

第17回 馴染みの季節のあとに

 わたしは自分が決めて動いているというのに新しい環境になかなか馴染めない。かつていた場所に思い入れが強すぎるのだろう。5年前の自宅の引っ越しでは延々泣いては、母に「しっかりし!」と叱られ、出産の際は新しい環境がやってきそうだと思うだけで涙が出て、母に「しっかりし!」と喝を入れられた。新しい事務所ができてからも、あれこれと思い返しては落ち着けないでいた。

 そんなわたしにも、とうとう馴染みの季節がやってきた。わが家の年賀状は家族写真を撮って作っている。今年は夏からみなで改装したこともあって、新しい事務所で撮影しようということになり、年末間際に撮影することになった。

 こういう撮影になると、がぜん張り切りだすのがこどもである。最初のセッティングまではわたしが行うのだが、その後の画角の調整からはじまり、背景の見え方からこどもが指示を出しまくる。植物の見え方がちがうとか、電源コードが邪魔だとか、鏡への写り込んでいるものの位置だとか、細々とした指定にこちらが根負けしそう。だけど、わたしも身に覚えがあるから、いつまでもつき合ってしまう。気づけば1時間。無事撮影を終えて、自分たちの姿を写真で確認するたびに、「ほぉ、いいやん」と思っては、いつの間にか新しい事務所にすっかりわたしが馴染んでいく。

撮影の風景。左手をポケットにつっこみながらあれやこれや言っている8歳。「はいはい了解です」と物を動かす夫もまたいつものこと。準備に1時間をかけ、シャッターは3回くらいしか押さないという徹底ぶり。いいと思ったらすぐ終了

 そう、馴染むと言えばなのだが、このお正月は「雑煮」に改めて向かい合うことになった。

 きっかけは、ある仕事の依頼だった。当コラムの編集者N氏から別件で、「雑煮を作って撮ってもらえないか」というもの。
「わが家の雑煮は京都式の白みそ仕立てになりますけれども、大丈夫ですか?」と尋ねると、
「なんと! 京都は白みそなのですか? 博多にいた頃はずっと“すまし”でしたし、ヨメはんがお江戸の人間なので、結婚してからも“すまし”でしたわ」とN氏。「そうなんですか!? こちらはこちらで、しょうゆ仕立ての“すまし”は作ったことも食べたこともないんです」とわたし。なんとも驚きの、白みそ文化圏と、すまし文化圏の出会いだった。

 N氏にとっては馴染み深くて当たり前になっていた“すまし”仕立ての雑煮。同じく、この瞬間までわたしもあまりにも馴染み過ぎていて当たり前になっていた“白みそ”仕立ての雑煮。わたしにとっては当たり前すぎて、これまで見返したこともなかった。

 結局のところ、その依頼の撮影は作り方の都合で叶わずだったのだが、今年のお正月こそ、わが家の雑煮に目を向けてみようと思ったのだった。が、ちょっと待てよ。自分一人で雑煮を作ったこと、ない。毎年、母が作ってくれたものを悠々と食べては寝転んでの繰り返し。それさえも当たり前になっていたことにも気づいて恥ずかしい。

 元旦の朝、おずおずと母の隣に立って手伝うことにした。うちの雑煮は2品目だけ。まる餅と大根のみのシンプルなもの。京都では頭芋(かしらいも)や小芋がそこに入ってくるのが普通だそうだが、「小芋はお煮しめがあるから入れない。わが家で入れるのは消化にいい大根だけ」と母。

 お餅も地方によって角餅だったり、焼いたり焼かなかったり。丸餅も、京都式では煮込むらしいのだが、わが家では「焼いたほうが美味しいから」とトースター経由で最後に煮込む。大根は祝い大根を入れることが多いけれど、父の好みで普通。白みそはこっくり濃いめ。出汁は昆布とかつお。改めて見直してみると、わが家の雑煮はなかなかのハイブリッド仕立てだった。

わが家の雑煮を縁先で。白いお餅に白い大根に白いみそ。お餅はちょっと焼き過ぎて膨れ上がった。でもこれくらいが好き。ついつい食べてしまう正月三が日のお腹にとても優しい

 ついでに、わが家のおせち料理についても。四角いお重箱にぎっしりいろいろ詰め込むスタイルではないし、わが家は母の父が九州人だったこともあり、お煮しめは根菜と鶏肉を中心にした“筑前煮”だし、黒豆・ぼうだら・ごまめ・たたきごぼうなどはご近所のおばあちゃん陣から頂く。こちらも負けじとハイブリッド。数の子・かまぼこ・出し巻き玉子・昆布巻きに加えて、ぐじ・ぶり・さわら・鮭の味噌漬けはお魚屋さんに頼んでおいたものを焼いていく。どの家も、こんなふうにいろんな地方の、いろんなものが混じり合っているお正月を過ごしているんだろうか。

 そんなふうにして、馴染みの味から見えてきた意外な世界。とはいえ、わたしはこの味を自分ではまだ作れないし、何も進んでいない。
 なんとかしようと試行錯誤していることって、結構大事だぞ、と。そんなことをひしひしと感じてしまうお正月だった。

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いごごちのカタチ

平野 愛
写真家

1978年京都生まれ京都育ち。写真家。17歳よりフィルムカメラと過ごす。『東京R不動産』(アスペクト)の撮影をきっかけに、雑誌『キョースマ!』(淡交社)で住まいの写真を多数手がけるほか、4年にわたり神戸女学院大学の大学案内を撮影。近年は雑誌『Number』でスポーツ選手のポートレイト撮影をはじめ、ウェブマガジン『OURS. KARIGURASHI MAGAZINE』、書籍『#カリグラシ 賃貸と団地、貸し借りのニュー哲学』など住まいにまつわる編集も。大阪在住。ウェブディレクターの夫と息子との3人暮らし。

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