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いごごちのカタチ

(あまり)病気をしない暮らし

仲野 徹

仲野 徹(大阪大学大学院医学系研究科教授)

いごごちのカタチ

(あまり)病気をしない暮らし

第20回 がんにならない暮らし(上)

 早いもので、おかげさまでこの連載も20回を迎えました。初心に戻ろうと、これまでに書いた内容を読み直してみました。我ながら殊勝なことなのですが、何を書いていたかなどすっかり忘れておりました。スミマセン。とはいうものの、最初のころは、自分でも感心してしまうほど、ちゃんと病気について書いておりました。最近の内容を見て、ちょっとたるんでるかもしれんと反省し、今回はガチンコでいくことにいたします。いつもそうしてたらどやねん、と言われそうですが、無理を言うてはいけません。ほな、いきまっせぇ~。

 連載タイトルのように「(あまり)病気をしない暮らし」をおくるためにはどうするか。それは、もちろん病気次第であります。世の中にあまた病気がありますが、誰もが気になるのは、やはり死因の上位を占めておる、悪性新生物、肺炎、心疾患、脳血管疾患でありましょう。ということで、今回から2回にわたっては、死因のトップ、悪性新生物についてであります。

「悪性新生物」という言葉、死因統計以外で目にすることはほとんどないですよね。平たく言うと、いわゆる「がん」、もうちょっと専門的に言うと「悪性腫瘍(しゅよう)」とほぼ同じ意味です。がんとか悪性腫瘍というと、どうしても塊を作る腫瘍が思い浮かんでしまうんですが、中には白血病のように腫瘍をつくらない悪性「腫瘍」もあります。
 なので、より正確を期して「悪性新生物」という言葉が使われているようです。とは言うものの、どうにも言葉が堅苦しいので、ここからは馴染みのある「がん」という言葉を使っていきます。


一部の「暴走ドライバー」が引き金に
 さて、確実にがんにならない方法があるかと尋ねられれば、答えは明確。ない。オシマイ。なんや、身もふたもないやないか、と思われるかもしれないが、ないものはないのである。次に説明するように、がんの成り立ちからいって、原理的にどうしようもないことなのである。

 がんは、基本的には、遺伝子の突然変異によって生じる病気だ。ゲノムという言葉を聞かれたことがあるだろう。遺伝情報は、DNAに、ACGTという文字で延々と書かれていると考えて差し支えない。我々の体の細胞は、ACGTという四種類の文字が60億個並んだ遺伝情報を持っていて、それが全遺伝情報=ゲノムなのである。

「次世代シークエンサー」という、猛烈なスピードで、しかも安価にACGTを読む機器が開発されている。それを使って、個人のゲノムや、がん細胞のゲノムの解読がどんどん進められている。がんは遺伝子の突然変異によって生じる病気だから、がん細胞のゲノムと正常な細胞のゲノムを比較することによって、個々のがんの性質がわかるのである。

 遺伝子の突然変異が原因とはいうものの、我々の細胞にある2万2~3千個の遺伝子すべてが、がんの発症に関与しているという訳ではない。がんゲノムをはじめとした研究から、がんの発症に直接的に関係する遺伝子変異と、そうではない遺伝子変異のあることがわかってきた。がんの直接的原因になりうる遺伝子の突然変異が「ドライバー遺伝子変異」、それ以外が「パッセンジャー遺伝子変異」である。

 ドライバー=運転手とパッセンジャー=乗客なので、暴走族に喩えてみるとわかりやすいかもしれない。ドライバー遺伝子変異が、がん細胞の悪さをぶいぶいと突っ走らせるヤンキーの運転手で、パッセンジャー遺伝子変異は隣でおとなしく乗っかっているだけの乗客、というイメージだ。

 ドライバー遺伝子の総数は200~300個とされているが、そのうち一個のドライバー遺伝子に変異があれば、がんになってしまうという訳ではない。もしそうなら、あっという間に、誰もががんになってしまうだろう。臨床的に問題になる悪性新生物になるためには、比較的少ない白血病で2~3個、そして、ほとんどの固形がんでは数個のドライバー遺伝子に変異の生じることが必要なのである。


突然変異は「加齢」につれて増える
 おおそうか、じゃぁ、突然変異を防いだら、がんにならんで済むんとちゃうんか、と思われるかもしれない。理論的には、確かにそうである。しかし、残念ながら、その方法がなさそうなのだ。というのも、最近、発がんに関係する突然変異のほとんどは加齢によって生じるものであるということがわかってきたのである。

 細胞が増殖する、すなわち分裂するとき、DNAの量も2倍に複製されなければならない。でないと、細胞あたりのゲノムが分裂のたびに半分になって、細胞はたち行かなくなってしまう。そのDNA複製の際に、どうしても突然変異が生じてしまう。その頻度は低いのだけれど、ゲノムの文字は60億個もあるから、総数でいうと結構な数になる。
 どの遺伝子に突然変異が生じるかはランダムなので、運悪くドライバー遺伝子に変異が生じることもある。そして、それが数個蓄積すると、がんが発症するのだ。

 ヒトが生きるには、細胞-特に幹細胞-が分裂し続けなければならない。当然、歳をとればとるほど、細胞分裂の回数が累積してくる。それは、突然変異の数が増えるというのと同じことなのだ。その結果として、複数のドライバー遺伝子に突然変異が生じて、がんになってしまう。
 いわば、がんは、ヒトが生きていくために背負い込まざるをえない、避けることなどできない宿命みたいなものなのである。

 がんにならない生活など不可能であることを理解していただけたけましたでしょうか。ガッテン、ということで、オシマイ。では、あまりに愛想がなさすぎるので、もうちょっといきます。


最もがんになりやすい生活習慣は?
 世の中には、突然変異を引きおこす物質というのが存在する。そのような物質を体に入れれば、当然、突然変異の率が高くなって、がんが発症しやすくなる。わざわざそんなもん取り込む奴おらんやろぉ~、と誰もが思うかもしれないが、けっこうおられるのである。それが喫煙者たちだ。

 タバコには何種類もの発がん性物質が含まれていて、なんと、欧米では肺がんのうち90%もがタバコが原因だとされている。日本人では少し率が低いとされているが、それでもかなりの影響だ。タバコは肺がんだけではなく、ほかにも、口腔、食道、膵臓、膀胱の発がんも促すことがわかっている。さらに、アルコールを摂取しながら吸うと、口腔や食道の発がんに相乗的な効果が出る。

 肺がんのゲノム解析では、他のがんに比べてパッセンジャー変異が非常に多いことがわかっていて、これはタバコが突然変異を引き起こすせいであるとされている。昔から、“pack years =一日に吸うタバコの箱数(一箱20本と換算)×年数”の数値が高いほど累積的に肺がんの率が上がることが知られている。タバコによって生じる突然変異が蓄積することによって肺がんが生じると考えると、このこともよく理解できる。

 動脈硬化やら心筋梗塞やら呼吸器疾患のリスクも高まるし、受動喫煙の問題もある。どの角度から見ても、タバコは止めたほうがいい。60歳になってから止めても、肺がんリスクはある程度下がることが知られているのだから、止めるのに遅すぎるということはありません。


ピロリ菌、そして活性酸素というリスク
 他にも、タバコのように、避けうる発がんリスクがあるのかどうか、気になるところです。あったら嬉しいですよね、なんとかして避けたらええんですから。多くないのですが、いくつかあるのです。それは、がんの原因となりうる感染症です。主だったものとして、ヘリコバクター・ピロリ、いわゆるピロリ菌による胃がん、B型・C型肝炎ウイルスによる肝臓がん、そして、ヒトパピローマウイルスによる子宮頸がんをあげることができます。
 幸いなことに、胃がんについてはピロリ菌の除菌が、子宮頸がんについてはワクチンが有効ですし、C型肝炎には特効薬が開発されています。

 まずは胃がん。欧米に比べて、日本人に胃がんが多いことは昔から知られていた。その原因はよくわからなかったが、今では、おそらくピロリ菌の感染が主な原因だとされている。ピロリ菌は、細胞に突然変異を直接引き起こして胃がんを作るのではなく、慢性炎症を介して胃の発がんを促進する。

 どういうことかというと、まず、慢性炎症がおきると胃の粘膜上皮細胞の増殖が促される、すなわち、細胞分裂の回数が増える。細胞分裂が増えるということは、DNAの複製回数も増えるということなので、突然変異が多くなって発がんのリスクが高まるのだ。

 それとは別に、慢性炎症になると、活性酸素の量が増える。活性酸素というのは、酸素分子から作られる、過酸化水素などの反応性の高い分子である。活性酸素は、さまざまな細胞機能を活性化するという好ましい働きもしてくれるのだが、量が多くなると、いろいろな悪さをする。その悪さの一つが突然変異の誘発なので、活性酸素も発がんの確固たる要因になるのである。

 日本で蔓延しているピロリ菌は、欧米型と違って細胞増殖を促す働きのあるタンパクを持っているといった特徴があり、これも発がんにつながるとされている。まぁ、ピロリ菌は、なんやかんやといくつかの間接的な作用を通じて胃がんを引き起こすのである。

 ピロリ菌を除去すると胃がんの発生率が低下することがわかっているので、除菌が勧められている。しかし、除菌できたからといって胃がんのリスクがゼロになるわけではない。除菌後も、ピロリ菌が感染していた名残のようなものが残り、ピロリ菌に感染したことのない人よりもリスクが高止まりする可能性も指摘されている。除菌したら胃がんのリスクは下がるが、完全に安心っちゅうわけではないので、注意が必要である。

 日本では、おそらくは衛生環境の改善のおかげで、高齢者に比べて若年者におけるピロリ菌感染率が非常に低い。さらに、いま盛んに行われているピロリ菌の除菌も、発症率を下げていく。これらをあわせて考えると、遠からぬ将来、日本人って昔は胃のがんが多かった、と、過去形として語られるようになる日がくることは間違いない。


慢性ウイルス肝炎はなくなるか
 B型肝炎ウイルスとC型肝炎ウイルス、名前は類似しているけれど、まったく違ったタイプのウイルスだ。しかし、その発がんにおけるメカニズムはよく似ていて、いずれも慢性炎症を引き起こすことが主たる要因である。肝臓に慢性炎症がおきると、ピロリ菌の時と同じように、肝臓の細胞を再生するために分裂回数が増加し、突然変異が生じやすくなる。
 そして、ここでも、活性酸素が悪さをする。

 C型肝炎には特効薬が開発され、その有効率は90%以上である。治療するために400~500万円かかるというとえらく高額なように思えるが、慢性肝炎やら将来の発がんリスクやらを考えると、医療経済的には引き合いそうなレベルだ。C型肝炎ウイルス保持者の多くがこの薬を使われるだろうから、C型肝炎による発がんも、胃がんと同じく減って行く運命にある。

 B型肝炎には、残念ながらそのような特効薬がない。しかし、ワクチンがあって、昨年からは、公費での接種が赤ちゃんに行われるようになった。だいぶ年月がかかるだろうけれど、B型肝炎による肝がんも減っていはずだ。
 現在、日本人の肝がんの9割がウイルス性だとされている。B型・C型肝炎ウイルスによる慢性肝炎が克服されれば、現状の1割とまではいかないだろうが、肝臓がんの頻度が激減することは確実だ。ほんまに医学の進歩はすばらしいわ。


ヒトパピローマウイルスにも要注意
 ヒトパピローマウイルスにはいろいろな種類がある。たちのいいのはイボをひきおこす程度なのだが、なかには凶悪なのがあって、子宮頸がんなどの悪性腫瘍をひきおこす。ピロリ菌や肝炎ウイルスによる発がんが主として慢性炎症によるものであるのに対して、ヒトパピローマウイルスによる発がんメカニズムは全く違う。

 ドライバー遺伝子の中には「がん抑制遺伝子」というのがあって、それに異常があると、がんになりやすくなる。ヒトパピローマウイルスは、そのようながん抑制遺伝子に由来するタンパクの機能を失わせる機能を持っているのだ。そのメカニズムを介して、感染した細胞をがんになりやすくする。

 子宮頸がんワクチンは、その名前から、がんに対するワクチンと勘違いしておられる人が多いかもしれないが、ヒトパピローマウイルスに対するワクチン、すなわち、ウイルス感染に対するワクチンにすぎない。子宮頸がんの7割ほどがヒトパピローマウイルスによるとされているから、その感染を防いだら、子宮頸がんをかなり防ぐことができるはずだ。

 このワクチンの子宮頸がん予防効果は確実である。しかし、その接種をどのようすべきかについては、副反応-副作用とほぼ同じ意味だがワクチンの場合は副反応という-の問題があれこれ言われていることもあって、誰もが納得できる結論はしばらく出そうにない。ワクチンの優れた効果と欧米での実績を考えると、大規模に使わないとちょっともったいないような気がするが、任意接種なので、効果と副反応をはかりにかけて個人が決めるしかない。

 効果と副反応、あるいは、効果と副作用というのは、子宮頸がんワクチンに限らず、どんな治療法や予防法でも、まずは、正確な知識をもって判断するしかありません。でも、これは、重さと長さを比べるみたいなところがあって、けっこう難しいところがあります。若年のお嬢さんを持っておられる方は、親子でしっかりと考えてみてくださいね。後悔は先に立ちませんから。


発がんリスクを下げる決め手はまだある!
 さて、まとめです。今回のお話は、ひとことで言えるくらいに単純で、明らかな発がんリスク-タバコと、ピロリ菌、B型・C型の肝炎ウイルス、そして、ヒトパピローマウイルス-は排除したほうがよろしい、ということです。そうすると、あたりまえのことながら、それぞれによる発がんリスクをうんと下げることができる、ということです

 タバコも吸わへんし、ピロリ菌も肝炎ウイルスも持ってないし、男やから子宮もないし、なんもすることあれへん。読んで損したやないか、おいっ!と怒ってるおっちゃんがおられるかもしれません。ご安心ください。まだ、話は次回に続きます。
 今回書いたものほど確実なことは言えそうにないんですけど、がんの発症には、食事を含めた環境要因も重要であることがわかっています。それについては次回、ということで。

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仲野 徹
大阪大学大学院医学系研究科教授

1957年大阪市生まれ。大阪大学医学部医学科卒業。京都大学医学部講師などを経て、現在は大阪大学大学院医学系研究科教授。2012年に日本医師会医学賞を受賞。著書に『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』(学研メディカル秀潤社)など。多忙なスケジュールの合間を縫って、活字好きに話題の書評サイト「HONZ」の書評委員(レビュアー)も務める。最新刊『エピジェネティクス――新しい生命像をえがく』(岩波新書)がヒット街道驀進中!

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