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かぞくのカタチ

動物という家族

小林明子

小林明子(ライター)
物心ついた時から家には動物がいて、ペットというより「家族」だった。
一緒に暮らすのは大変だけど、意外な発見の連続で離れられなくなる。

かぞくのカタチ

動物という家族

第19回 さようなら、そして、こんにちは。その1

 例え、私が死んでしまっても、世界は何の支障もなく回るように、シャンコを亡くした次の日も、その次の日も、翌週も翌々週も仕事をはじめとする、せねばならないことは山積みだった。
「仕事があって忙しい方が、気がまぎれるよ」とか「することなくて、いつまでも亡くなった子のことばかり考えているのも辛いよ?」。まわりの人たちはそう言って慰めてくれたけれども、多忙が悲しみを減らしてくれるわけでは決してなく、むしろ多忙と悲しみが二乗・三乗に乗っかってきたように思う。シャンコが亡くなった7月27日から1週間程度はどうやって毎日を過ごしていたか、実はよく覚えていない。

 初七日、二七日……、毎週木曜日ごとに、シャンコが好きだった鶏料理か卵料理を供え、お下がりを食べて供養した。シャンコのために特注した木製キャットタワーに飾った写真に、「おはよう」「行ってきます」「ただいま」、息子共々声を掛け、悲しみを薄めようと努力したが、アルコールが入ると涙腺が崩壊。嗚咽を漏らした夜も度々。このままでは、ペットロス症候群まっしぐらだと思いつつも、自分ではどうすることもできなかった。

 それでも、悲しみは少しずつ遠くなる。決して無くなりはしないけれども、胸が引きちぎられるような苦しみの輪郭は、少しずつ本当に少しずつぼやけていく気がした。

 8回目のお七夜に、四十九日ならぬ五十六日を営んだ。場所は、取材が縁で懇意にさせてもらっている炭火焼料理の店。参加者は、私たち親子三人と私の妹。数年前に愛犬を亡くした傷がまだ癒えぬ同業者。シャンコが自ら膝に乗りに行った、家族ではない唯一の人である編集者。シャンコが縁で集まった6人のために、ご主人は店を貸切りにしてくれた。

 カウンターに飾らせてもらった、在りし日のシャンコの写真を眺めながら献杯。次々出される美味しい料理と酒に舌鼓を打ち、にぎやかな一夜になった。気づけば終電間近というタイミングまで飲んで食べて笑って、そして泣いた。
 私は儀式ばったことが好きではなく、今まで苦手意識を抱いてきたが、心の傷を癒してくれることもあるのだとつくづく思った。とはいえ、子どもたちが負担を強いられそうな、私自身の葬式をするつもりがないことには変わりないが……。

 四十九日で一区切りついたような心持になったものの、仕事は変わらず山積み。今までのように疲れ切って帰った私をモフモフのお腹で出迎え、癒してくれる存在はない。そんな虚しい日々の唯一の楽しみが「保護猫」と入力してネット検索することだった。

 寝る前、水割りを飲みながら検索を繰り返し、「へー、こんな猫がいるんだ」「3匹兄弟か、可愛いなぁ」「三毛やけどシャンコの方が可愛いわ」などと、ごちるのが日課になっていった。そんな頃、どういう経緯かは忘れたが、私が住むエリアの「動物愛護センター」のホームページに行きついた。そして、「犬猫の飼い主さん募集」のバナーを見つけてしまったのである。

 酒の勢いもあり、ノーガードで、マグロに引き寄せられる猫のように、クリックしたところ、3枚を一組にした写真と
 当動物愛護センターで新しい飼い主さんを募集しているアンドレさん。少し警戒心が強い男の子です。徐々に人に慣れてきて抱っこもできるようになっていますが、環境が変わるとまた警戒心が強くなるかもしれません。アンドレの性格を受け入れてくれる飼い主さんを募集しています
 という文言が目に飛び込んできた。

 ちょっとした一目ぼれだったと思う。男の子だし、三毛じゃないし、すでにずいぶん大きく育っている。シャンコを亡くした時「三毛で肉球がピンクの女の子猫」に会えたら縁を結びたいと願ったにもかかわらず、である。肉球がピンク、お腹が白いところはかろうじてクリアしているが、今まで男の子の猫と暮らしたことはない。それでも、このアンドレと名づけられた子の顔が脳裏に焼きついて離れなくなってしまったのだ。

 シャンコを亡くして2カ月と少し。こんな短期間で次の子を迎えて良いのか? しかも全然条件の違う子を……。でも、恋とはそんなもの。人を盲目にする。口をへの字に曲げ、こちらを射るように見すえるアンドレの写真は、それほどインパクト大だった。

 数日、逡巡。それでも一度、息子と動物愛護センターに行ってみることに決め、電話を入れる。「もしかしたらアンドレ以外にも、シャンコに似た子がいるかもしれない」、その時にそんな邪な気持ちがなかったわけではないが、電話のやりとりはその可能性を限りなく低くした。

私「猫の飼い主募集のページを見たのですが」
担当の方「どの子かお目当てはありますか」(普通に事務的な話口調で)
私「アンドレって子が…」
 言い終わる前に
担当の方「アンドレですか!!」(私の印象では、漫画のように椅子から転げ落ちながら)
 急にテンションが上がった電話口の男性は
「いつ、来られますか?」
私「今日、行こうかと思うのですが、道が混んでいて、閉館まぎわになるかもなんですが、迷惑ですよね? 日を改め…」
 またも言い終わる前に
「アンドレのためなら、待ちます! 少しぐらい時間過ぎても大丈夫です!!」

 少し不思議に思いながらも、役所なのに何てフレンドリーな対応なのだろうと感激した私は、免許取りたてでチンタラ運転しかできない息子を急かし、閉館寸前に滑り込む。
 20代と思しき、いかにも動物好きで優しそうなお兄さんが笑顔で出迎えてくれた。今にして思えば、その時すでに私たちは、“アンドレを引き取りに来た親子”としてロックオンされていたのだろう。他にかわいい子がいたら……なんてことは口に出せないような雰囲気になっていた。

 その動物愛護センターは数年前に新築された、ドッグランなどを供えたピカピカの公共施設。犬や猫の譲渡だけでなく、啓もう活動なども行っており、日々多くのボランティアさんが活動しておられる。その一画、幼稚園か保育園みたいな明るいホールで手続きやルール、注意事項などを聞き、保護猫たちが収容されているスペースに向かう。

 そこは10畳ほどの部屋で、中庭に面した部分がガラス張りになっている。多くの猫はケージに入っているのだが、自由に歩いている猫も数匹いて、その様子は外からも窺えるようになっていた。

 アンドレはちょっとおもしろい顔をした雄猫と狭いケージに入っていた。お兄さんが私たちのために引き出そうにも、隅の方にへばりついている。「この子は本当に人見知りでして。愛想のいい子猫はすぐにもらい手が現れるのですが、この子はこんな性格なので、なかなか。もうずいぶん長くここにいるんですよ」とつぶやくように明かす。

 半ば無理矢理にケージから引きずり出し、アンドレを抱き抱えるお兄さんに、「このままずっと引き取り手が現れない場合はどうなるんですか?」と聞く。
「うーん。そういうことはないように………モゴモゴ」。その瞬間、私の腹は決まった。

「うちの子になる?」と言いながら、アンドレの背中にさわろうとした時、私の手の甲に後ろ脚の爪を刺し、思いっきり蹴ってアンドレはお兄さんの腕から脱走した。私の手からは血がタラ~リ。「僕たちにも爪は切らせてくれないんです」とお兄さんが苦笑する。
「これはなかなか手ごわそう」。その予感は的中することになる。             

 この凛々しい表情にノックアウトされました。

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かぞくのカタチ

小林明子
ライター

1962年京都市生まれ。同志社大学在学中からミニコミ誌の制作を始めて以降、ライター稼業まっしぐら。雑誌『あまから手帖』の連載ほか、『文藝春秋』『家庭画報』などに執筆。著書に、生家である白生地問屋での少女時代を綴った昭和の風景満載のコミックエッセイ『せやし だし巻 京そだち』(原作/140B)がある。

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