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かぞくのカタチ

劇的進行中~“夫婦の家”から“家族の家”へ

近藤雄生

近藤雄生(ライター)
子どもができると夫や妻は「親」になる。
海外で5年間、放浪の旅を続けて帰国した「遊牧夫婦」が、やがて「遊牧家族」に変わっていく日々を。

かぞくのカタチ

劇的進行中~“夫婦の家”から“家族の家”へ

第18回 習い事の記憶

 小2の長女が春から水泳を習い出した。
 習っている先は家の近くの老舗のスイミングスクールで、妻自身も幼少期に通っていたところである。
 仲良しの従姉弟たちが何年も前から通っていることもあって長女も以前から行きたいような素振りも見せていたが、若干引っ込み思案なところがある彼女は、なかなか決断ができずにいた。ところが、保育園時代の親友と一緒に、という話になると「それなら行きたい!」と急に前向きになって、この春から毎週土曜日の午前中に通うことになったのである。

 長女はすでに自転車にも慣れてきたので、スイミングスクールまでは自分で自転車をこいでいける。だが一人だとまだ危なっかしいので、妻かぼくのいずれかが同行する。そしてついていけば、約1時間の練習中は、他の親たちとともに見学スペースから長女たちの様子を眺めることになる。

 娘は、いつもとても楽しそうにプールでの時間を過ごしている。もともと体を動かすのが好きで比較的運動が得意な彼女は、順調に毎週何らかの技術を身につけているようにみえる。4月にはまだ「泳げる」という感じではなかったものの、7月に入るとすでに25メートルプールの半分をビート板を使って泳げるようになっていた。1年もしたら、自分とそんなに変わらないほど泳げるようになっているのかもしれないとも想像が膨らむ。そしてその様子を見ていると、子どもが何かを習得していく過程を見るのは嬉しいものだと感じるのである。

 にもかかわらず、じつをいえば自分は、子どもに幼少期から習い事をさせることにあまり積極的になれずにいる。泳ぎにしても何にしても、わざわざ習わせずとも自然の流れに任せればいいのではないかと思う気持ちが常にある。そう思うのはいったいなぜなのだろうと考えてみるのだが、結局は、自分自身が習い事においてそれほどポジティブな経験をしていないからであろうことに気づかされる。

 ぼくは幼稚園時代に体操教室に通っていた。どれだけ実際に体操的なことをやっていたのかはわからないけれど、母、ときに祖母に連れられて兄とともにその場所に行っていたことだけはおぼろげながら覚えている。当時一緒に習い、その後もずっと続けてきたという同学年の人と中学時代に再会すると、彼はハンドスプリング、バク転などを軽々とこなす体操選手のようになっていた。
 続けていたら自分もそうなっていた可能性もあったかもしれないと思うものの、幼稚園時代でやめてしまった自分は、逆上がりすら小5になって初めてできたという有様で、体操教室から何か恩恵を受けたという感覚は一切ないまま人生が折り返し地点まで来てしまった。

 また、小2か小3のころには一時ピアノも習っていたが、奇跡的に残っていた当時の発表会(といっても先生の自宅での身内だけの会)のビデオを見ると、ふざけた様子でニヤニヤしながら「ぶんぶんぶん、ハチが飛ぶ♬」と、だいぶ初歩的な曲を弾いていた。その上、早々に間違えて、「あれれ……?」などと言って笑っているではないか。やる気も技術も極めてお粗末な様子がしっかりと記録され、何も身についていないことは一目瞭然なのだった。当然いまも全く弾けない。そして同時期には、一時「公文式」もやっていたが、それもほとんど記憶に残っていないので、こちらもおそらくすぐにやめてしまったのだろう。

 この小2、小3のころ、ぼくは家族とともに海外にいて、その後小4で帰国した。そしてもともと住んでいた家に戻り、地元の公立小学校に転入したが、日本の勉強にまるでついていくことができなかった。成績は当然振るわず、加えて、周りには塾に通い出す子も増えていた。そのため、母親から塾に行ったらどうかと提案され、地元の塾に入ろうということになった。

 しかし入塾試験というものがあり、受けてみるとなんと算数が200点満点中9点しか取れない。当然ながら不合格となり、入塾することすらできなかった。そして翌年、小5で再度トライしてみたが、今度は200点満点で確か50点ほど。それなりに善戦したつもりではあったけれど、合格点には程遠く、再び不合格で門前払いをくらってしまったのである。

 小6になると、親もいよいよなんらかの塾に入れた方がいいと思ったのだろう。少し難易度の低い塾への入塾がようやく叶った。しかし今度はぼくが、行くのがいやでたまらず、塾に行く時間になると、庭で一人しくしく泣き出すという始末。その姿を見てさすがに哀れに思ったらしく、母親は、入塾一週間ながら「そんなにいやなら、もうやめていいわよ……」とさっさとやめさせてくれたのだった。

 そのまま小学校時代は塾に行かず、小6のころは、テストはカンニングをしながらなんとか平均点ぐらい、という状況が続いた。そこそこ大それたいたずらも繰り返し(給食時の放送で先生の悪口を全校に流したときは、激昂した担任にガチの平手でひっぱたかれた)、ぼくの座席は一時、教卓より前、黒板にくっついた場所にもなった(その黒板の反対側の同じ席には、後の「湘南乃風」の若旦那が座っていた)。そして個人面談のときに母親は、本気とも冗談ともつかない様子で担任にこう言われた。
「近藤君は、中卒でいいですね」
 その言葉は相当堪えたと母は言った。それでも母は、その後も特にプレッシャーをかけてくることもなく、ぼくが自発的に動くのを待ってくれたようだった。

 その後、自分なりに紆余曲折を経たが、中学2年のときに通い出した塾がとても合い、勉強が楽しくなって積極的に机に向かうようになった。そして、自分は数学や理科が好きな一方、国語は大の苦手で興味を持てないという情勢がこのころにはっきりし、将来の進路については理系以外の道を一瞬たりとも考えることなく大学に入った。
 しかし、大学を卒業するころには、あんなにも嫌いだった文章や本の世界に自ら飛び込むことになり、さらには想像もしていなかったような長旅をすることになった後、いまこうして文章を書くことを生業としているのである。

 そのように自分は、幼少期の習い事は一切身につくことはなく、小学校時代の塾不適応な状況もその後にほとんど影響はなく、当時は予想だしなかった方向に人生が進みいまに至っている。おそらくそんな自分の経験からぼくは、「習い事? 別にやらなくていいんじゃないか」という気持ちを持つようになったのだと思う。
 加えて親になってみて以来なんとなく、子どもの将来のために習い事をさせなければ、塾に通わせなければ、という世の強い圧力のようなものを感じていて、それに抗いたい気持ちがあるからか、まだ本人の意思があやふやな時期から習い事をさせることにどうも構えてしまっているところがあるのである。

 しかし、毎週楽しく泳いでいる娘を見ていると、いったい自分は何をそんなに難しくあれこれ考えているのだろうという気持ちが強まってくる。本人が好きで楽しくやっている上に、泳げるようになるのだから、言うことはないではないかと。
 いや、本当に言うことはないのである。

 むしろ自分みたいなタイプは、こんなことを言いながらも、何かきっかけがあれば逆に子どもの習い事に熱心になったりするのかもしれないとも思う。
 長女と同じスイミングスクールに通う小4の姪っ子は、ものすごく水泳にエネルギーを注いでいて、猛烈なビジネスマンのように連日長距離を泳ぎ、めきめき上達しているようなのだが、その様子をそばで見ていて、(もしかするとすごい選手になるのでは!がんばってくれ!)と勝手に妄想を膨らませ、冗談半分ながらつい、「東京オリンピックの次は間に合うのでは?」などと度々口走ったりしてしまっているからである。
 すなわち、自分の経験を重ね合わせて習い事に対して身構える気持ちと、逆に過剰に子どもに期待やプレッシャーをかけてしまいそうになる心情は、もしかすると、自分の思いを子どもにかぶせるという点で根は同じなのかもしれないと気づかされるのだ。
 危ないなと自分で思う。

 この夏もおそらく、家族で琵琶湖か海かに行く機会がある。そのとき長女は、きっと昨年とは違う楽しみ方ができるはずだ。その姿を、ああだこうだと理屈をこねず、また期待もせず、ただ喜んで見守れる、そんな親であれればと思う。

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かぞくのカタチ

近藤雄生
ライター

1976年東京生まれ。大学院修了後、結婚直後に妻とともに日本を発つ。世界各地 で取材・執筆活動をしながら5年半の海外「遊牧」生活を送る。2008年秋に帰国以来、妻の地元・京都市在住。著書に『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)、『遊牧夫婦』シリーズ3巻(ミシマ社)。最新刊は、先のシリーズ第1巻を大幅に書き改めて文庫化した『遊牧夫婦 はじまりの日々』(角川文庫、2017年3月刊)。雑誌『新潮45』に「吃音と生きる」、『考える人』に「ここがぼくらのホームタウン」をそれぞれ連載。ウェブ連載には、本連載のほかに「遊牧夫婦こぼれ話。」(みんなのミシマガジン)がある。2009年生まれの長女、2013年生まれの次女と4人家族。
http://www.yukikondo.jp/

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