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かぞくのカタチ

劇的進行中~“夫婦の家”から“家族の家”へ

近藤雄生

近藤雄生(ライター)
子どもができると夫や妻は「親」になる。
海外で5年間、放浪の旅を続けて帰国した「遊牧夫婦」が、やがて「遊牧家族」に変わっていく日々を。

かぞくのカタチ

劇的進行中~“夫婦の家”から“家族の家”へ

第21回 先の見えない素晴らしさ

 とても偶然な展開から、この4月、ニュージーランドに行き、家族で住むことができるかどうかを検討することになった。
 この原稿を書いているのが出発前日の4月1日で、掲載される4月中旬にはすでに帰国している予定である。1週間ほどのほんの短い滞在にすぎない。けれども、ある種新鮮な気持ちでいま、出発前の時間を過ごしている。

 日本以外の国で、家族で生活をしてみたいという思いは、2008年に長旅を終えて京都で生活を始めて以来、ぼんやりとながらずっと持ち続けてきた。
 この連載でも何度かそのことを書いてきた。しかし実際には、“ただ言ってるだけ”というレベルを出ず、日々の生活に絡め取られていく中で具体的な行動へと移すことはほとんどないまま10年近くが経ってしまった。ぼくにとっていつしかその話は、一つのネタのようなものにもなりつつあった。

 ただここ1〜2年、妻が徐々に前向きにそのことを考え出した。子どもたちもだいぶ大きくなり、ぼくらももう40代。現実的なことを考えるとこれから年々、条件は難しくなる。もし行くならいま動かないともう無理やで。そんな思いを時々彼女は口にする。そして、とりあえず行くとしたらどこがいいだろうか、どこが現実的だろうかという話をする機会は増えていき、その候補のトップにニュージーランドが挙がるようになっていった。

 とはいえ、それもただの想像上のシミュレーションにすぎない。生活やお金について具体的に考えるほどに、いまの日本の生活をいったん畳んで4人で拠点を異国に移すなどということはとても可能に思えない。やはりそんなことは無理なのかもなあ。そう思いつつ、何も進展のない状態で日々が過ぎていく状況は、つい最近まで変わりなかった。

 ところが、3月の初め、たまたま仕事で出会うことになった人から思わぬ誘いをいただいた。その方は、10年ほど前に子ども3人を連れて家族でニュージーランドに4年近く住んだ経験があるという。その期間が彼らの人生を少なからず変えた、と言うのを聞いて、ふと、自分たちもじつはこんなことをぼんやりとながら考えていて……と伝えると、その後、思わぬ言葉をかけてもらった。

「来月仕事でニュージーランドに行く予定で、家もあって泊まれますから、よかったら来てみませんか?」
 そんな内容のメールをもらったのだ。それを読み、「おお!」とテンションは上がったものの、さすがに急に来月家を空けることは難しそうだし……と躊躇して、ありがたいお誘いではあれ、まあ、断るしかないだろうとすぐに思った。 
 しかし、ふと妻に、「こんな誘いをもらったよ、いや、びっくりで縁を感じるけど、さすがにね」といった具合で話してみると、彼女は言った。
「行ってみたらいいやん。これ断ったら、もう誘ってはくれへんよな」

 予想外の返事であったと同時に、それは、心の奥底で自分が思っていたことと一致した。偶然にもこの春、これまで長年続けてきた仕事のいくつかがひと段落して、タイミング的にも願ってもない。こんなに何か縁を感じる誘いがあっても動けなければ、おそらく自分たちはもう一生腰を上げることはないだろう。

 もし今回、「さすがに来月というのは……」といった程度の理由で断ったら、今後どんな機会が訪れても、自分は常になんらかの理由を作って、行かないという選択肢を選ぶのではないか。ぼくはそのように感じていた。ここで動けるか否かは、自分たちの今後の生き方に少なからずかかわってくるような気がしたのだ。
 だから妻にそう言われたとき、すぐに思った。確かにそうだ。うん、とりあえず行ってみよう、と。
 日程は限られているものの、一週間であれば日本を離れることはできそうだった。そしてぼくはその日のうちに、台北、ブリスベン経由オークランド行きの航空券を予約した。

 言い換えると今回の件は、現地に縁のある方にただ「一度来てみませんか」と誘われたというだけの話でもある。別に仕事のあてが決まったとか、家と土地が転がりこんだとか、宝くじに当たって将来の金銭の心配がなくなったとか、そういうことは全くなく、一切が白紙の状態だ。テクニカルな面はこれまでと何一つ変わりはない。

 ただ、行くことを決めると、行くからには何か実りのある機会にしたいという気持ちが膨らんでいく。そしてここ数週間、人生初の就職活動的なことを手さぐりながらやってみた。家族でニュージーランドで暮らすためには、自分が現地でフルタイムの仕事を得て労働ビザを取得することがいろんな意味で不可欠であり、その可能性を探ることが最も大きな課題だからだ。

 世界規模の仕事探し用SNSであるLinkedInにページをつくり(自分の希望や経験に沿って世界各地で仕事が探せて驚くほど便利)、働ける可能性がありそうな会社へ履歴書を送って連絡を取った。また、今回訪ねるオークランドやハミルトンという町にある大学に連絡を取って状況を伝え、滞在中に会って話だけでもさせてもらえませんかと、書いて送った。また、知り合いのつてをたどって相談に乗ってもらえそうな現地の人にも連絡した。 

 ところが実際に動いてみると、現実の厳しさをすぐ突きつけられた。返事はもらえたとしてもどこも「現在、募集はありません」などと素っ気ない。とりあえず会いましょうとはなかなかならない。考えてみれば、現状日本に住んでいて滞在資格も持ってなく、かつ、何ができるかもわからないままただちょっと様子を見にくる外国人に、わざわざ時間を割いて会ってくれることを期待する方が虫が良すぎるというものだと思い直した。

 結局、誘ってくれた方の助けによって、ある大学の担当者と会う約束が1件決まった以外は何も決まらないままでの渡航となる。現地に行ったらきっと思わぬ出会いと進展があるはず、という淡い期待を抱いてはいるものの、そんなにうまく事は運ばず、やはり難しいという思いを強くして帰国する可能性も高いだろうと感じている。

 しかし、たとえ結果はそうなったとしても、ここ1カ月ほど、ニュージーランドを意識して動きだしてから、とても清々しい気持ちになっている。先が見えないというのはいいなと、改めて感じているのだ。
2003年~08年まで、長い旅をしていたときは、たとえ2〜3年前のことであっても「200○年×月△日」という日付だけあれば、どこで何をしていたかを鮮明に思い出して風景を思い浮かべることができた。それは自分でも驚くべきことだったが、それだけ一日一日が違ったということである。そしていつも、明日のことも来月のこともわからないという毎日だった。

 ところが最近は、1週間がまるで10年前の1日のような速さで過ぎ去っていく。毎週決まって「え、もうまた週末!?」という気持ちになり、1年前と2年前の区別すらつかなくなることも少なくない。そして、数ヵ月後の生活もかなりの確度で想像ができ、ああ、また年末で正月か、という感情ばかりが先立ってしまうような日々に、このままでいいんだろうか、40代をこのまま過ごしてしまっていいのだろうか、と思う気持ちを強く持つようになった。

 何か生活を変えられないか。旅していたころのような感覚を取り戻したい。そんなこと思う日々の中でふと、ニュージーランドという未知の世界を少しだけ現実的に考えられる機会が目の前に現れた。その機会を、何も具体的な見込みも計画もないままに思わずぱっと手でつかみ、するっと手から滑り落ちそうな状態ながら、さてどうすればいいのか、と必死に捉まえながら考えている……というような状況にいまいるのだ。

 繰り返しになるが、これまでと状況は一切変わっていないし、何かが進展する可能性も決して大きくはないと思う。また、小学3年になった長女に「ニュージーランドに住むとしたらどう?」と聞いてみると、「絶対にいややし」と言われているのも無視できない。
 それでも、ただ目の前に未知の世界が広がっていて、そこでの新たな人生を模索するだけでこんなにも気持ちが新鮮になるのか、ということをいま感じている。

 先が見えないというのは、やはり素晴らしい。長旅中に持っていたその気持ちが久々に自分の中に感情として蘇った。
 もちろんそこにはいろんな条件や制約があるけれど、いい意味でこれからも、先が見えない人生を送りたい。
 そんな気持ちを新たにしつつ、人生の白紙部分をより広げるべく、一歩を踏み出そうと思っている。

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かぞくのカタチ

近藤雄生
ライター

1976年東京生まれ。大学院修了後、結婚直後に妻とともに日本を発つ。世界各地 で取材・執筆活動をしながら5年半の海外「遊牧」生活を送る。2008年秋に帰国以来、妻の地元・京都市在住。著書に『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)、『遊牧夫婦』シリーズ3巻(ミシマ社)。最新刊は、先のシリーズ第1巻を大幅に書き改めて文庫化した『遊牧夫婦 はじまりの日々』(角川文庫、2017年3月刊)。雑誌『新潮45』に「吃音と生きる」、『考える人』に「ここがぼくらのホームタウン」をそれぞれ連載。ウェブ連載には、本連載のほかに「遊牧夫婦こぼれ話。」(みんなのミシマガジン)がある。2009年生まれの長女、2013年生まれの次女と4人家族。
http://www.yukikondo.jp/

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