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平野 愛

平野 愛/写真家

その日の記憶を文字だけでなく写真と一緒に残せたらどれだけ素敵だろうか。 身の回りの「残像」を積み重ねていく楽しさを書きとめていきます。

第7回 カブトムシといごこちのカタチ

 カブトムシが2匹、我が家のベランダで羽化した。

 昨年の11月、家族で箕面の山に出かけた際に、たまたま出会ったのが「みのお山麓保全ファンド」のブース。話を聞くと、大阪府立園芸高校から提供された花の苗や花梨の実、そしてカブトムシの幼虫を募金と引き換えにもらえるシステムだった。 
 カブトムシなんて街育ちのわたしには遠い存在で、ましてやその幼虫なんて見た事もない。いやがる私をよそに息子が熱心に見つめる先には、白いゴムみたいなのがジワ~~ッと動く姿が。気持ち悪さを通り越して恐怖だった。

 5歳の息子には“今が旬”の存在そのもの。物語よりも図鑑が好きな彼。カブトムシというのは、キング・オブ・昆虫。昆虫の中の昆虫である。その場を通り過ぎるなんてできるわけなかった。

 小さくても命を扱うことになる。これが重い。
 白いゴムからどう変わるのか。約半年間も生きながらえさせることができるのか、考えただけで重かった。きっとできないだろう。
 と、譲っていただく瞬間にもどこかで思っていたのは否定できない。

 そしてもうひとつ、生まれた場所と違うところで育つのはよいことなのか。という疑問もあった。土が変わる、空気が変わる、水も変わるし、食べ物も変わる。
 そうだ、わたしがあの日、京都から大阪に引っ越しすることになったように、いろんなことが変化する。ストレスだろうな。いや、ストレスに違いない。とぐるぐると思い巡らしていた。

 でも出会ってしまった我ら。しばし時間を置いて考えた末、我が家に招き入れていっちょ面倒みてやるかと決めたのだった。

 市販のお味噌のカップくらいの器に土と幼虫が1匹ずつ。計2つのカップを抱きかかえ、ちゃんと生きているか、土がこぼれてないか、どこかにあたってないか、と帰り道は大騒ぎであった。

 さて、なんとか無事にこぼれず持ち帰った2つのカップ。早速、以前に買っていた『生きものつかまえたらどうする?』(文・秋山幸也 写真・松橋利光/偕成社 刊)を熟読。その人生がどんなものかを知る。そして、翌日息子と2人でホームセンターへ向かうことにした。

 ホームセンターというのはなんとも「飼育」に優しいラインナップなのだ、と驚いた。売り場に立って見ているだけで、カブトムシの飼育に必要なものすべてが分かるようになっていた。はしから順に揃えていけば、カブトムシの家完成。そんな感じである。
 そうか、これは「家」作りなのだ。そう気づくと急激に楽しくなってきた。

 プラケース、腐葉土、幼虫の間にえさとなる朽ち木(2時間ほど水に浸して土の中に埋める)を用意し、息子がしっかりと“白いゴム”をつかみ、優しく土の上に置いてやった。腐葉土を身体で感じたのか、もそもそと土の中に入っていく2匹。これで引っ越し完了となった。

 それからは時折、霧吹きで土の乾燥を防ぎ、糞などもチェックしたりしていた。 
 ところがだ。

 腐葉土に潜ったままの、あまりにも変化のない日々に、息子とわたしの心の中あったカブトムシたちの存在そのものが、毎日の出来事に埋もれて見えなくなってしまった。つまり、忘れかけていくのだ。
 直射日光のあたらない、風が通るベランダの隅に置いたせいもあったかもしれない(いや、それがベストポジションなのだが)。霧吹きで丁寧にやっていた水も、花や緑の水やりのついでにジョウロでビュっと水をやっていたこともしばしば。
 一週間に1回見るか見ないかぐらいの頻度となり、ほぼほったらかしの飼育となっていったのだった。

 あまりに変化のない空間、動き。それはつまり死んでしまっているかもしれない。という恐ろしさ。見たいけど見たくない。という気持ちになっていっていたようにも思う。そんな葛藤を抱えつつ、水を与え、心の横目でケースをちら見する7ケ月間だった。

 そうして、本当に「忘れかけていた頃」の6月のある朝。

 ベランダから夫と息子の歓声が聞こえてきたではないか。まさかまさかの、羽化だった。しかも見事に、 オスとメス1匹ずつ。
「うおおお、やるな~~!!」と思ったのが正直なところ。あれだけ家を放置されておきながらも、生きていたのかと。感動とともに、久しぶりに自分の「出産」のことまで思い出したではないか。息子の出産もちょうど6月の事だったから。

カブトムシが羽化した時の風景。スマホでバシバシと2人と2匹の姿を撮影していた

 ここからは再び、家作り熱が再燃。本を見ながら、床となる土を替え、止まり木を立て、えさを入れる木の器を入れ、えさには飼育用ゼリーと樹液なども設置。
土の乾燥防止には、霧吹きも毎日。朝と夕方、寝る前まで、見続けているという日々。  
 どうしたらカブトムシにとっていごこちがよいか、そればかり考えているといっても過言ではない。

 さてと、いまからケースの壁の掃除をしてこようかな。

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