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平野 愛

平野 愛/写真家

その日の記憶を文字だけでなく写真と一緒に残せたらどれだけ素敵だろうか。 身の回りの「残像」を積み重ねていく楽しさを書きとめていきます。

第3回 第二の地元を暮らす

 やわらかな光の入る土佐堀川のほとり。
 ここは、写真の現像所とスタジオとオフィスを一体化したわたしたちの仕事場。
 わが家からは歩いて10分ほどの距離に位置する。
 自然光が入る空間を求めて、公園の前か川の前がいいねと仲間とともに探し歩いて見つけた場所だ。

 物件を探して歩きまわっていると、公園の前は開放的で気持ちがいいけれど、生い茂る木々が緑の光を反射していることに気づいた。わたしたちは写真を撮る仕事をしているので、できるかぎり光は何かの色に偏らない方がいい。そこで川の方向へと足を向けて、中之島を囲むように流れている「堂島川」と「土佐堀川」を、西は天満橋から東は船津橋~湊橋あたりまでを歩くことにした。

 不動産屋さんを通さず、自らの足で探す我ら。その場に漂う空気や音、見えるものをひとつひとつ確認したかった。だけど、そんなにすぐには見つからないもので、くじけてしまいそうになっていたある日の夕暮れ。
「あの橋の上まで行って物件がなかったら今日は帰ろう」と目指した土佐堀川・常安橋たもとのビルの三階に、
『川の見える美しいオフィスです。TEL06-○○○○-○○○○』
 と書かれた張り紙を発見。カレンダーの裏紙に手書きの筆文字。北側と東側が全面窓ガラスのレトロビル。わたしたちの仕事場に出会った瞬間だった。何とも力強く美しかった手書きの文字が今でも鮮やかに脳裏に蘇ってくる。

 それから、ちょうど5年を迎える時のことだった。

 住まいも仕事場も、そして子供を預ける保育園も、全て大阪西区にあるわたしにとって、またとないチャンスが舞い込んできた。
 それは大阪市西区が発行する新しい地元情報誌『にっしー』のメインカメラマンの仕事だった。
 8ケ月間、全三号をかけて西区だけのことを全力で伝えるプロジェクトだ。第一号では「公園」、第二号では「ものづくり」、第三号では「子育て街育て」がテーマに据えられた。9名の編集部員たちとともに、街のあちこちを、そう、川沿いを探検していたあの頃のように、西区という空間を駆け巡ることになった。

 京都から“異国”の地「大阪」で暮らしてからは8年目。ようやく街と人に馴染みはじめた頃合いに入っていたわたしにとって、どのテーマを取ってもいま大切なものばかり。これは間違いなく、広く住民に必要とされる情報となるのでは、と、毎号新鮮な目で発見していくことの連続だった。

 わたしのような新住民には、街の小さな情報でも大きな安心に繋がったりもする。知らなかったお店、通り過ぎていた施設、気づかなかった道、初めて出会う緑に触れることで、ぽつぽつと点在していた自分の居場所が、線となってつながっていく。その線はさらに繋がりあって面となる。その面はすなわち街なのだ。その感覚がなにより面白かった。

 それと同時に、聞こえてきた街の声の数々に驚いた。
「こんなに公園があったんやね」
「いいね、西区」
「かっこいい区やね」
「まだまだ人が増えそう」
「にっしー、もっと続いたらいいのに」
 号を重ねるごとに街の人々が、自分の住む街に自信と愛着が湧いてきているように聞こえてきた。
 地元はいくつあってもいいよね。取材を通して、そんな風に思った。そんな感覚ははじめてだった。

 どこかヨソさん気分だった新住民に、「第二の地元」感がふんわり根付いてきたのかもしれない。『にっしー』の存在は街の人々の気分を少し変えたのかもしれない。
 そうだったらいいな。と思い返しながら、わたし自身がいま暮らしている街そのものが、いとしいわが家のように思えてきたのだった。

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