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平野 愛

平野 愛/写真家

その日の記憶を文字だけでなく写真と一緒に残せたらどれだけ素敵だろうか。 身の回りの「残像」を積み重ねていく楽しさを書きとめていきます。

第10回 さよなら撮影と3つの机

 別れだらけの3月はとっても憂鬱。保育園のクラスが上がるたびに担任の先生との別れで涙して、転勤や引っ越しで友人や仕事先の方たちとの別れに涙して……毎年心身ともにぐったりだ。今年はそれに輪をかけて、6年通った保育園の卒園ときた。この1か月はそんな大きな別れをどう乗り切るかが暮らしの中心だった。

 わたしが「別れ」際にいつも大騒ぎするのは家族の中で有名なこと。3年前、我が家の引っ越しではたった一町隣に移動するだけというのに、部屋との別れが寂しすぎて、3歳のこどもをかかえながら大泣きしていた。
 手伝いに来てくれていた母はあきれながら「しっかりしー!」と笑い、妹はそんなわたしを尻目にさっさと先に新しい寝室で呑気に寝ていた。そうそう、夫はひたすら働いていたっけ。

 そんなふうに環境の変化に弱いわたしなので、こどもも同じに違いないと思い、当時は事前に子育て相談所でアドバイスを受けに行っておいたりもした。
 そこで教えてもらったポイントは「おもちゃはこどもの世界の大事な一部」「勝手に捨てない」「引っ越し先では一番におもちゃコーナーを作る」「以前と同じ配列で」。引っ越し当日は何より先にそれを再現した。
 こどもの方がすんなりと新しい空間に慣れて機嫌良く遊んでいたし、センチメンタルに明け暮れているわたしを見てむしろそれが心配そうなくらいだったが、このやり方は正解だったと思う。

 そして、今年。
 この波を乗り切るために、一つ一つを溜め込まないで写真に気持ちを“移し”てみることにした。それを「さよなら撮影」と名付けて。もう着られなくなったこども服、いま暮らしている家の風景を撮影するところからはじめた。
 保育園では先生にお願いして、6年間過ごした各部屋、玄関の靴箱、おもちゃや道具、公園、自転車置き場、そして通った道もフィルムに“移し”た。

 サプライズは、卒園式にやってきた。保護者会の役員を勤めていたこともあり、式の後での集合写真も撮ることに。関係者90名を前にカメラをセットし、タイマーで自分もそこに入って撮った。
 出来上がった写真は、たった一回のシャッターで誰1人目をつむることなくこっちを向いていた。思わずため息が出るような、完璧な1枚だった。
 そんなふうに、「さよなら撮影」を続けていくうちに、心身ともに整っていくのが分かった。自分のためでもあるし、誰かのために撮っている感覚もあった。
 時にはこどもにもシャッターを押させるし、それがブレていてもよかった。押すことで整っていく。そんな感じだったから。



 3月は別れの季節だが、新しい世界に入っていく時期でもある。こどもの学習机の導入にあわせて思い切って住まい方も新しくすることにした。ちょうどわたしも家で仕事をすることも多くなってきていたため、小さくても拠点がほしいと思っていた。
 知り合いの編集者宅では食卓机で3人のこどもたちと自分も作業していると聞いていたし、家族3人分の机をダイニングに置くことにしたのだ。もちろん以前の風景への“さよなら撮影”も経て、こどもも手伝いながら楽しんで設置してくれた。 
 出た梱包材は早速おもちゃとなって、カブトムシのフィギュアたちの家が出来上がっていた。3つ机を並べるという、わたしのふとした思いつきは新たな風景となって馴染んでいった。

 食事をするテーブルはサイズを小さくして手前に配置し、椅子は必要に応じて行ったり来たりしている。席順はこどもの希望により、夫・こども・わたしという並びになった。
 さっそくわたしは自分の小さな仕事場を作って、このコラムも新しくできたこの場所で書いている。夫もこどももそれぞれの使い方を始め、すこしずつにぎやかになってきた。

 思ってもみなかったことだが、こどもがよく絵を描くようになったことが嬉しい。いつも同じ場所にA4の紙と色鉛筆があるというこの拠点が気に入ったようで、両サイドで両親が書き物をしたり仕事をしたりしている間でひたすら描いている。
「ねえねえ見て見て」と誇らしげに見せてくれたりもする。なぜかだいたい「かまゆでじごく」(写真の中の右)「はりせんぼんじごく」「ひあぶりじごく」「しょくぶつのたたかい」(中央)「おばけのいえ」(左)という、何ともおどろおどろしいものばかりなのだが。

 3月は、そんな風にいままでになく、涙少なめに穏やかで機嫌良く乗り切れたように思う。写真の力を借りて、わたしも少しだけお別れがうまくなったのかもしれない。

 そして入学式を迎え、わたしたちの新しい時間がはじまった。

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