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平野 愛

平野 愛/写真家

その日の記憶を文字だけでなく写真と一緒に残せたらどれだけ素敵だろうか。 身の回りの「残像」を積み重ねていく楽しさを書きとめていきます。

第9回 街暮らしたち、山へ行く

 久しぶりに家族旅行らしい旅に出た。

 わたしは結婚を機に京都の御所南から、大阪西区の靱公園エリアへと拠点を移した。フリーランスから、会社を経営する立場になったが、カメラマンとして今も京阪神から東京まで、日々東奔西走している。
 そんな大阪の街暮らしも5年目に入ったころ、京都時代の名残であった車移動から、カメラと三脚を抱えながらの電車移動に切り替えた(近場は自転車で行く)。 
 主な撮影先は住居や団地、学校、といった誰かの暮らしにまつわる空間が多い。大きな荷物を持って、電車に乗って、見知らぬところへ行く。すなわちそれは旅であり、いつしか「世界を旅するように、誰かの家を旅している」という気持ちで仕事に出かけていくようになった。

 そんな訳で、いわゆる家族旅行とかひとり旅とかへの欲望が極端に少ない。
 誰かに引っ張り出してもらわないと出ていかないくらい、無頓着。

 そういう私のことを知ってか知らずか、同じマンションに暮らす保育園仲間の一家から「ちょっと丹波篠山で一緒にどお?」とお誘いを頂いた。
「キャンプ場なんだけど、“和室”があるからキャンプしなくても大丈夫よ。」と。あらま面白そう、な予感がしたので「行く」と即答した。

 旅の当日。大人6人・子ども3人、大きな車を借りて1泊半の荷物を積み込んで出発した。メンバーは子どもの保育園仲間たちで、親の職業も多種多様。某ガイドで星を獲得するほどの腕前を持つ料理人に、フランス語で仕事する会社員、通信機器会社のトップ営業マンに、グルメな経営コンサルタント。写真家の私と、最近仕事の内容が多岐にわたりすぎて何屋か分からなくなりつつある夫。なんだかバラバラすぎて、それが逆に心地よい面々。

 途中で赤松名物コロッケをかじりながら、無事に現地へ。
 そこはダム湖そばのキャンプ場。着くなり部屋に荷物を放り込んで、ダム湖へと続く長い階段を子どもたちと駆け上がる。振り返ってみると眼下にキャンプサイトと自分たちが泊まる民宿が見えた。
 お洒落なアイテムを駆使したキャンプ一家たちが楽しそうにたき火をしたり、夕ご飯の準備をしていたりする。凝れば凝るほど楽しそう。「いごこち」作りの観点からも一度はトライしてみたいかもと、一緒に登ってきた大人たちの息切れを聞きながらふと思った。

 翌日は朝からフィールドアスレチックに挑戦。標高400m近いほとんど山登りのようなコースを、みんな思い思いのスタイルで楽しんだ。私といえば、ほぼすべてのアスレチックにチャレンジし、子どもたちが落ちないように見守り、ときに力いっぱい引きずり上げてやり、イメージではターザンのごとく森を駆け回った。街で生まれて、街で育って、街で暮らす私に眠るこの野生感覚よ。
 そういえば、わたしの幼少期、両親が毎夏と冬には信州の山に連れて行ってくれていたのだった。ありきたりかもしれないが、ときにこうして、いつもと違う面々と、いつもと違う場所に行くと新たな自分を発見する。たまにはこういう「旅」もいいものだとつくづく思う。引っ張り出してくれた一家に改めて感謝。

 山を、川を探検する子どもたちを追いかけながら、そろそろ文明が恋しいかも、と思ったところに料理人から「石釜ピザでも食べに行こか?」との提案。さすが街暮らしたち。今回の旅はそんなふうに人とも街ともいい距離感が取れたことが嬉しくて、これならまた自然の中にわたしなりの居心地いい空間が作れるかも。旅行もいいもんだな……と、ブルーチーズと蜂蜜のピザをほおばりながら思ったのだった。

 実はこの旅、とほほなハプニングが多く、ほぼ全員何か一瞬なくしては大騒ぎしていた。眼鏡なくした! iPhoneの充電コードなくした! とみんなで大捜索後、それぞれかばんにしっかり直していることが発覚したとか。子どものおもちゃがない、となって再び大捜索するも、私がポケットに知らず知らず入れてしまっていたり…。さらに携帯なくした! となって山の中へ向かったが、草原に落ちていたり……。ETCカードを抜き忘れたり、レンタカーにおもちゃを置き忘れたまま返却したり、携帯を落として修理になったり……。
 そのあたりも、さすが街暮らしたちだ。

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