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平野 愛

平野 愛/写真家

その日の記憶を文字だけでなく写真と一緒に残せたらどれだけ素敵だろうか。 身の回りの「残像」を積み重ねていく楽しさを書きとめていきます。

第24回 収穫。できたり、
できなかったり

 一休みを終えて、秋が来た。
 息子が10歳になった。この連載が始まった時は3歳だった。あの頃は暮らしの写真も自由に撮れていた。コラムではその撮り方などを調子良く書かせていただいていた。グランフロント大阪の住ムフムラボでの写真講座でも、調子良くお話ししていた。あぁ、あの日の自分に言いたい。それ、意外にずっとは続かないよと。とほほ。

 最近はというと、息子にカメラを向けると0.05秒で気づいて変顔するとかカーテンの裏に隠れるとかでややこしい。そおっと後ろから向けても気づかれる。背中にセンサーでも付いてるんだろうか。赤ちゃんの時、抱っこして寝たと思って、ベッドに置いた途端に「フエ〜ン」と泣き出すあの感じに近い。敏感。多感。難しい。

夏の城崎にて
夏の城崎にて

 10歳男子。背も伸びて、声もちょっとずつ変わって、目つき顔つきあらゆるパーツがどんどん変化してめちゃくちゃ面白い。友と並んで歩こうものなら、ずっとフィルムを回していたいくらいの、謎の動きをしてくれる。

 めげている場合ではないなと最近強く思う。明らかに、暮らしの写真が減っている。隠れようが変顔だろうが、やっぱりもっと残していこうと思う。そのために、一度旅先で無くしてしまったコンパクトフィルムカメラをもう一度手に入れて(中古でも数倍の価格に跳ね上がっていた……)、気合いを入れなおしている今日この頃である。


 かたや仕事方面では、堰を切ったかのように、怒濤の収穫(撮影)シーズンにも入らせていただいている。今年は10月上旬でも30℃を超える日も多く、まだまだ本格的な秋ではないような暑さも残るが風は涼しい。だんだんと春と秋が無くなって来ている、なんて言葉も時折聞くようになっているが、そんなことはない。農作物の実りを前にすると、季節はちゃんと巡っている。まさに身体で実感するような毎日を山や畑で過ごしている。

 昨年から農家の暮らしのドキュメンタリーを撮ることも多くなって、やっと季節の移ろいや自然の変化に気づき始めた。日本の中を少し移動するだけでも、土も水も空気も違って、あっちやこっちで生きるものの種類が違うんだってこともほんの少しだけれど、感じられるようになってきた。

 食べられるものも少しずつだけれど、変わってきた。内陸育ちのせいか、生のものをあまり食べてこなかった。なるべく火の通っているものを、という家の方針もあってかな。単に自分の好みだったのかな。記憶が曖昧なのだけれど、刺身が食べられるようになったのは25歳くらいになってからだし、お肉はウェルダンでレアな赤みはなし。生卵は今もほとんど食べられない。故に、すき焼きは卵なしのそのまま派。先日、「生キクラゲ」の撮影に行ったのだけれど、それまで海藻的なものだと思っていた。キノコ類じゃないか! 恥ずかしい……。

 こんな状況の私でも、産地に入ると味覚が変わるのか、作っている人の顔が見えて安心するのか、あれよあれよという間にいろんなものが体の中を通過していっている。「生キクラゲ」も「生卵」も産地の方にその場その場で振る舞って頂くと、とても美味しくいただけた。那智勝浦の漁港で、一生分くらいの「マグロ」をいただいた時には、その後1週間は体が別物のようだった。あれは何だったんだろう。カッカしていた。

 身も心も全力にして収穫されているものを目の当たりにすると、有り難くて、思わず拝んでしまう。特に台風や豪雨の自然災害のことを考えると、どれだけの手がかかっているのかと。最近では千葉でも大変な被害が出ていると聞いている。農作物は、どんなだろうか……。
 昨年9月、近畿地方に上陸した台風21号で吹き飛ばされたビニールハウスが今年ようやく復旧できたという農家さんもいれば、19基(!)壊れてまだ復旧中という農家さんもおられた。風は大敵。ほんの一瞬でも倒れてしまう露地栽培の作物は特に。打撃を受けた作物には、風の形がそのまま現れるのだ。風の形。怖い。

 こんなふうに、山や畑で体感してきた気持ちや感覚を街に帰ってきてからも、どうにか維持したい。それが今の悩みどころでもある。せっかく海外留学して流暢な英語を話せるようになったのに、日本に帰った途端に薄れていくような。忘れていくような。産地でいただいてきた作物が冷蔵庫からなくなる頃には、ついつい楽に話せる言葉で暮らしてしまうように、手軽な食品、楽な外食で済ませてしまい出す。悔しい。

 だけど、不思議と生産者さんたちの顔はしょっちゅう思い出す。あの時あんな風に調理されていたな、とか。こんな風に土の上を歩かれていたな、とか。エプロンはこんなだったな、とか。写真としての残像なのか、記憶としての残像なのか。人の感触は、自然の感触よりも強いものがあるのだろうか。私の場合はちょっとそんなところがあるようだ。

 さてさて、いよいよお米の収穫が待っている。雨や風の皆さん、どうか今しばらく待ってください。

 どうか穏やかに、冬を迎えさせてください。

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