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橋爪節也

橋爪節也/美術史家

「あの人は、どんな絵と共に暮らしていたか」。 気になるお題を、美術史家が豊富な事例とエピソードを添えて解き明かす。暮らしのヒントも満載。

第5回 都心ノ病院ニテ“絵画”ヲ見タルコト


 夏に糖尿病で2週間入院した。これで2回目である。

 不思議なことに入院したとたんに体調がみるみる良くなっていく。雑用から開放されたことで、血糖値は下がる、血圧も下がるといった調子で、みるみるうちの病状好転である。
 読みたかった本も読めるし、持ち込んだパソコンで映画のDVDも見ることができる。学生時代から気になっていた西脇順三郎の詩集『旅人かへらず』も、はじめてじっくり読んでしみじみした。夏目漱石原作を監督オムニバスで映画化した『ユメ十夜』も堪能した。鎌倉時代の仏師運慶が明治の御代まで存命していて、護国寺の仁王を彫る話が面白い。溜まりに溜まった原稿も少しだけ書くことができた。

 涼しい病院内に隔離され、夏の暑い時期かえって楽に過ごすことができたわけでもあるが、反対に言えば、私が任じられている大学博物館館長などという管理職が不規則で、いかに心身ともにストレスを抱えざるを得ないかの証左かもしれない。

 糖尿の入院なので、病気に対する講義を受講するとともに、主な治療は食事療法と運動療法である。運動療法のリハビリの苦闘は、FM COCOLOの『WHOLE EARTH MAGAZINE FM COCOLO』(ココロマガジン)の創刊3号(秋号)の「自転車こぎのボレロ」という駄文に記したので機会があればご笑覧ください。カロリー計算された夕食を食べた後の自由時間は、運動療法の一環として病院付近を散歩した。梅田に近い病院だったので、阪急古書の街にまで足を伸ばし、古書もたくさん購入した(退院時の荷物が大変でした)。

 私が生まれて最初に入院した記憶は、2歳の昭和35年(1960)12月、大阪市南区(現中央区)にあった長堀病院(大阪食料連合保険組合)に腸炎で入院したときである。
 最近、大阪上町台地を中心とした歴史を語る会が高津宮であって、ミナミや島之内、船場あたりに生活した人たちにも思い出の写真があったら提供して欲しいとの依頼があった。そこで古いアルバムを母から借り受けたら、この入院写真が出てきたのである。食事が重湯(おもゆ)で美味しくなかったことを覚えている。あらためて写真で見ると、冬の寒い時期だったので防寒帽子まで被って、病室は絵のない殺風景な空間であったことがわかる。

 それに比べて現代の病院は違う。館内そこら中の壁に絵画がかけられている。病室の壁には可愛らしい版画があるし、2週間も巨大な病院にいて検査や運動やらで館内を行き来したので、いろいろなフロアや通路を往来して、待合室や廊下にある絵を堪能した。病院に寄贈された作品が多く、寄贈者の名がプレートに記されてある。

 この病院に飾られている絵画だが、診察に通院しているだけのときはそう気にならないが、さすがに長期に入院していると、なぜ病院に絵画を飾るのか、どんな作品がふさわしいのかなどを考えてしまう。むろん検査やら診察で緊張を強いられる病院のことなので心を少しでも和まして欲しいという願いもあるだろうが、病状によっては生死の境界を漂いかねない状況もおこりうるわけで、もっと生命の本質に突っ込んで絵画の存在が院内で機能することもあるだろう。

 病院と絵画に関してすぐ念頭に浮かぶのが、知人の志野和男さんである。志野さんは版画家で、孔版画の技法の一種「ペーパースクリーン」で作品を制作する。「ペーパースクリーン」とは、メッシュを版に用いる「シルクスクリーン」と技法的に同じだが、版に和紙を用いる。本来は絹目を通して絵の具を転写した「シルクスクリーン」ではなく、和紙の細かい目を通して版画を刷るのである。その効果は、通常の「シルクスクリーン」よりも柔らかく、それでいて重厚な肌合いが生まれる。

 その志野さんの巨大な作品が、北区中之島にある住友病院1階ロビーを飾っている。大塚国際美術館(鳴門市)のミケランジェロの天井画・壁画の再現で知られる大塚オーミ陶業による陶板画で、同病院2階には志野さんによる原画も展示され、そこに次のように記されている。

光が舞い、風が奏で、生きる力を謳歌する。
草木が萌え、生命が目覚め、太古より受け継がれた自然の営みに呼吸する。
変わる事なく続く営みに同化するように。
快い風が吹き渡り、安らぎのある空間を演出できればとの思いで描いた。

志野和男

《生生−2000》 住友病院1階ロビー(大阪市北区中之島5丁目)

 大阪府済生会中津病院のホームページにある「なかつ美術館」を検索すると、ここにも個人の方から何点も寄贈され、館内に展示されている志野さんの作品の写真がアップされている。エレベーターの横にある《誕生譜X》など、柔らかい緑の芽キャベツのような楕円形に、まばゆく輝き、生命がはつらつと育つ新緑の季節のような印象である。志野さんご自身も飄々とした方だが、優しくも毅然とした色調やフォルムが、いかにも病院らしく清潔感に溢れて心地よい。

《誕生譜X》 大阪府済生会中津病院3階エレベーターホール(大阪市北区芝田2丁目)

 志野さんは春陽会版画部で活躍するほか、大阪で版画を中心に扱うギャラリー・プチフォルム(大阪市中央区平野町)で毎年のように個展を開いている。プチフォルムの看板や包装紙は、佐野繁次郎のイラストを使っていて格好いいが、その話はまた別の機会にしよう。


 ところで、病院ならばどんな絵画でもよいかというとそうではない。

 以前、いまは独立開業している私の知人が大阪の大きな病院に勤務医で在籍し、病院が殺風景なので絵画をどなたか寄贈してくれないだろうかという相談をもちかけられた。そこで知り合いを通じて枚方市在住の画家さんたちに話をつなぎ、何点もの寄贈が実現することになった。そのとき病院から出された条件が、専門的職業にはそれぞれ独自の視点があるものだと私には新鮮でおもしろかった。

 病院からの注意事項はこうである。患者はそれぞれの症状によって繊細な状況にあり、ある種の病気にとっては、なんでもない海景を描いたものでも波打つ岩礁が人の顔に見えたりすることがあるというのだ。むろん別物なのだが、一度、本人が執着している何かにそれが見えだしたら、それが症状を悪化させるストレスになるので十分に配慮して欲しいとのことであった。アーチストによっては、自分の追求する芸術が尖端的で、現代の不安を描いて人の心理を不安にさせることを意図した作品もあるだろう。この条件に「それなら僕の作品は病院には無理だなあ」と思った画家もいたかもしれない。
 私なども普通に通りを歩いていて、なんでもない建物の窓や壁の染み、コンクリートのブロックが人の顔に見えたりすることがあるなんて言うと、オッとそれは何でも心霊写真に見える原理か、はたまたお疲れがひどいのでしょうか、ということになりますかな。

 翻って言えば、そうした条件が出ると言うことは、それほど美術は人の精神に食い込む力を持つということを証明するものだろう。いや、むしろ美術作品が人を励まし、心を癒やすことは多い。いろいろ人生の悩みを抱えた人間が美術館で名作を鑑賞し、勇気づけられたという話もよく聞く。

 東洋の話では、唐代の張彦遠(ちょう げんえん)の著作『歴代名画記』に登場し、山水画最初期の画家とも目される宗炳(そう へい/375〜443)の逸話も、病のために意気消沈した人間を絵画が励ました一例と解釈できるかもしれない。宗炳は一国の宰相にもなった人物だが、書画や琴をよくし、山水を好んで数々の名山に登った。
 しかし、病気のために国に帰らざるを得なくなり、「噫、老と病と俱に至る。名山、恐らくは遍く遊び難し。唯だ当に懐を澄まし道を観じ、臥して以ってこれに遊ぶべきのみ」と嘆じて「凡そ遊歴するところは皆な壁に図し、坐臥これに向か」ったという(長廣敏雄訳注の東洋文庫参照)。晩年に病を得たために、自室の壁に思い出の山の姿を描いて自らを慰めたという。床に寝そべりながら心は山水に遊ぶ、いわゆる“臥遊山水”である。

いわゆる“臥遊山水”のイメージはこんな感じですかね

 日本人が好きな『フランダースの犬』も、絵画と人の心の癒やしの問題に触れた物語ではないだろうか。アントワープ郊外に住む少年ネロは、祖父と忠実な老犬パトラッシュと暮らしていた。家は貧しくて、巨匠ルーベンスが描く大聖堂の祭壇画も観覧料が払えずに見ることが出来なかったが、ネロは将来、画家になることを夢見ていた。しかし祖父が亡くなり、クリスマスの前日に家賃滞納で小屋から追い出されてしまう。
 翌日、絵画コンクールで才能を認めた画家がネロを引き取ろうと訪れてくるが、時すでに遅く、雪が降りしきる寒い夜にパトラッシュを抱きしめて死んでいたという悲劇である。死の直前に一瞬だけ月光でルーベンスの祭壇画を見ることができたのが唯一の救いであり、悲壮感を高めている。

 私は長らくこのストーリーを誤解していて、死の直前のネロは大聖堂に入れずに、夢想の中でルーベンスを見て息絶えたと信じていたのだが、原作では堂内に入って実物を見たことになっていた。死の直前の絵画というと日本では浄土教系の「阿弥陀来迎図」など一連の宗教画があって、これはこれで人類がいかに死を認識し、畏怖し、克服しようとしたかの一つのケースとして興味深い。ネロの話にも、洋の東西をこえてどこか「阿弥陀来迎図」を前に終焉を迎えたに近い印象があって、それで『フランダースの犬』は日本人になじみやすいのかなどとも思ってしまう。また、極めて現実的な話として、終末期ケアを行うホスピスなどにかけられる絵画もいろいろ難しいだろうなと想像する。


 そんなことから20年ほど前に“癒やし”の美術館を考えた。現代のようになんでもかんでも“癒やし”という言葉がはやる以前の話である。当時、公立美術館で高価な美術作品を購入すると、税金の無駄遣いなどの批判がさも当然のように新聞などを賑わしたことに対して、高価な美術作品が人命にかかわる医療器具であったとすればどうなのか、といった妄想を抱いて思いついたものである。

 問題の妄想の「美術館」に入ると、まずは診察室に入る。白衣を着た医者のような学芸員がいて「最近の調子はどうですか?」と問診がはじまる。来館者は「胃の調子がどうも…」とか「眠りが浅くて…」とか「動悸がします…」とか「元気がなくなりまして、やる気がおこりません」とか答えるのだが、診断の結果、「それではあなたは、何番と何番の展示室に入って、何番と何番の作品を見て下さい」という処方箋をもらい、指示の通りに館内を進む。

「やる気がおこりません」というような来館者(来患者?)には、恐らく「戦後美術Ⅰ」といったような名前の部屋の作品の番号が処方され、おそるおそる室内に足を踏み込むと、「芸術は爆発だ!」で有名な岡本太郎の作品や、大阪の「具体美術協会」の作品が並んでいる。
「なんだかわからない」が戦後日本のアヴァンギャルドな芸術爆発の時代の熱気にあてられ、次第に体内の血流が沸騰し、目はランランと光を帯び、気分も高揚してギンギンの調子になるのである。

「食欲がなくて」という人が処方された展示室に入ると、世界各国の美食、珍味、酒など、美味しそうな料理を描いた絵がずらりと並んでいて、チーズとワインだとか、牛丼に味噌汁とか、知らす知らず涎は垂れる、胃は胃酸にあふれる。いかにもうまそうな揚げ物といった丸々とした彫刻もある。「ああ、たまらん」と腹の虫がグーッと鳴いたところで全てが「絵に描いた餅」であることに気づき、慌てて美術館のレストランに駆け込むといった算段である。
 実際、ポップアートのアンディ・ウォーホール(1928〜87)にはキャンベルスープの缶やコカコーラを描いた作品があるし、オルデンバーグ(1929〜)には巨大なハンバーガーとかチーズバーガーの立体作品がある。

 さらに館内案内の地図を詳細に見ると、【劇薬注意】の表示がある展示室がある…。「入れば死にます」の表示アリ。ブラックな話だが、さあ、あなたならこの部屋にどんな作品があると思いますか。想像してドキドキするのも面白い。
 入ったら真っ白の部屋で、アートのない退屈な生活が一番の“劇薬”だったという落ちは平凡でつまらないか。無茶苦茶に高額作品ばかりを集めた部屋で、この部屋に展示されている作品だけで総額1兆円などと称したら、価格だけで興奮して笑いが止まらなくなる幸せな人もいるかもしれない。
 逆に美術品の鑑識眼を鍛えるには、幼少からほんものの名品ばかりを見せて目を肥やすことが大事なので、そんなに名品を見たら、そのあとで骨董狂いになって身を滅ぼすの意味での【劇薬注意】かもしれない。さらにひねくれたことを言えば、薬としての効用も薄く、人畜無害な健康ドリンクのような美術品もあるということである。


 アートと病院といえば、大げさに言えば“前世紀末”の話になるのだが1998年のこと、中之島の大阪市中央公会堂の改修工事の前に、現代美術家の森村泰昌さんのプロデュースで、「テクノテラピー ~こころとからだの美術浴~」が開催された。
「美術の技(テクネ)で作品と触れた人を癒して(セラピー)いこうというコンセプトをそのまま造語にしてしまったのが、『テクノテラピー』のネーミングの由来」で、森村はじめ何人ものアーチストが公会堂のなかを展示室に変えて、ユニークなインスタレーションやパフォーマンスを展開した。
 会場で案内役をつとめるスタッフも「テラピーメイト」と呼ばれ、医者や看護士の白衣に身を包んでいた。館内に入ると最初は、公会堂北西の業務用エレベーターに地階から乗って3階にまで運ばれる。エレベーターの照明が暗くてまか不思議な感じである。すでにここでセラピーははじまっていたのであった。このときの記録はUfer! Art DocumentaryよりDVDとして刊行されている。

「The Image of Techno Therapy」より
©Ufer! Art Documentary



 糖尿から血糖値を改善し、体調もだいぶ回復して退院したのだが、最近は、またまた調子が悪い。漱石曰く「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通とおせば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」。
 日々の仕事とストレスが、精神のマグマだまりに再結集しだして体調も蝕んでいるようであり、またまた入院してのんびり漱石を乱読してみようか、なんて不埒なことを思いもするが、いやいやそんな消極的なことではだめだ、健康回復のリハビリのための世界名画巡りに行かせてほしいと真剣に思ったりする。

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