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橋爪節也

橋爪節也/美術史家

「あの人は、どんな絵と共に暮らしていたか」。 気になるお題を、美術史家が豊富な事例とエピソードを添えて解き明かす。暮らしのヒントも満載。

第8回 謹賀新年
なにが目出度いと言って、絵を飾れることが一番目出度い

 新年を迎えるにあたり、ここ数年、大阪の景気は低迷する一方で、企業は府外に出て行き、東京に本社移転するならまだしも隣の兵庫県に移転が多いという統計を見ると、政治家は何してるのとぼやきたくなるが、御託を並べても仕様が無いので、今回は、目出度い新年を迎える上での家の飾りをながめてみましょうか。

 とはいっても、現代の住居には畳の座敷などほとんどなく、本連載でとりあげている日本の生んだ「居」のための快適空間装置「床の間」があるお宅は少ない。そこでやむを得ず、過ぎ去りし時代を懐かしむように、半世紀ぐらい前の正月に、親に手を引かれて田舎の祖父母の家に帰った時のことを思い出してみよう。
 そんな正月休みに帰るような田舎はなかったという根っからの都会住まいの人も、ここは妄想の里帰りにつきあっていただく。

▲《繪口合種瓢》/筆者個人蔵
天保九年(1838)に松川半山が描いた幕末の大坂の正月風俗


 正月の祖父母の家の座敷。家族や親戚が集って挨拶をする。座敷机が何脚も並び、おせち料理の重箱がつらなっている。箸袋には銘々の名前が墨書されていた。大人たちは年賀の来客を迎えて一献酌み交わし、こどもたちはお年玉が楽しみだ。
 座敷には床の間があり、正月花が生けられたり、大きな伊勢エビに干し柿がのった鏡餅がドーンと置かれ、おめでたい季節感ある日本画の軸が吊られたりしている。

 そこに掛けられている日本画の図柄である。ともかくメデタイ、目出度くないといけない。松竹梅、初日の出、富士山、鶴亀、高砂の松に翁媼、七福神、獅子舞、伊勢海老など、吉祥的な図柄が必要だろう。和製のキッチュを極めた図柄のオンパレードである。

 むろん、こうした縁起の良い絵が、必ずしも近代的な意味での芸術性に富んだ絵画と無関係であることはいうまでもない。へたくそでもナンでもおめでたい画題であればよいのである。
 いくら歳末の劇場で名人上手の演技を見て感激したからと言っても、“To be or not to be, that is the question.”と勘亭流で書いた書軸や、近松の心中物の道行きの絵などを、正月早々、床の間に掛けるのは相当酔狂な御仁であろう。
 文楽の正月公演では、年始を言祝ぐ『寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)』が上演され、その歌詞に「〽とうとうたらりたらりら、たらりあがり、ららりどう」という摩訶不思議な歌詞があるが、こんな不思議な感じでよいのである。

 正月に限らず、縁起物と美術にちなんで大阪人の美術愛好に関しては、有名な逸話がある。
 そのひとつが《藻刈舟(もかりぶね)》だ。幕末明治の大阪に森一鳳(いっぽう/1798〜1872)という画人がいた。大阪を中心に活動した森派の画家の一人である。

▲森一鳳《藻刈舟》/大阪歴史博物館所蔵         ▲《藻刈舟》の部分拡大図

 この森派開祖の森狙仙(そせん/1747~1821)は、勝部如春斎について狩野派を学び、後に沈南蘋や円山応挙の影響から写実を重視して画風を変え、猿を描かせたら当代随一の名手と讃えられた。博物館・美術館でも作品がよく展示され、金刀比羅宮の博物館にある猿を描いた絵馬など力強く名品である。その狙仙を開祖に森徹山、森一鳳と画系はつづく。

 この一鳳が描く《藻刈舟》の絵が売れた。藻刈りとは、藻の繁殖によって川の流れが詰まったり水質が悪化するのを防ぐため、夏から秋に舟を出して藻を刈り取ることを言い、俳句では夏の季語である。
 一鳳が描く藻刈舟、つまり藻を刈る一鳳の絵は「もうかるいっぽう」であり、「儲かる一方」ということになる。大喜利ならば、“一鳳のもかり船、儲かる舟、もうかるいっぽう、ばぁんざーい! ばぁんざーい!”とでもなりますか。

 金を擦るの意味を嫌って「スルメ」を「アタリメ」と呼ぶとか、米相場に一喜一憂して、言葉に縁起を担ぐ堂島の旦那衆が登場する上方落語「米あげ笊」がごとき駄洒落である。
 逆に縁起が悪い画号もある。姓は知らず、梅村(ばいそん)と桜村(おうそん)という兄弟画家が来阪したという。『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』の梅王と桜丸みたいな日本らしい花のとりあわせの画号なのだが、いっこうに作品が売れない。絵が下手なわけではない。
 
 大阪人いわく「倍損に大損なんて商売人の床の間には掛けられまへん」とのこと。商売人には残念な名前となる。連続テレビ小説「あさが来た」の五代友厚公に売り込んで、“buy,soon”“Oh,soon”とイングリッシュで発音すれば、ペンギンならぬ野生のバイソンよろしく、“すぐ買う! オーッすぐに!”と猛進して、縁起がよくなったかもしれない。



 また、近代大阪画壇の牽引車として著名な画家に、南画家の矢野橋村(1890~1965)がいる。大正13年(1924)に大阪美術学校を開校するなど、後進の育成にも尽力した画家だが、この人の画号は、生まれ故郷の愛媛県今治市波止浜(はしはま)にちなんでつけられた。
「きょうそん」では縁起を担がれて困ることもあったのではないかと想像してしまう。後に「知道人」の号を用いるようになった。逆に、夏目漱石『吾輩は猫である』の挿絵で知られる洋画家で書家でもあった中村不折(ふせつ/1866~1943)は、画号が「折れず」という意味なので好まれたという。

 なお、画号でも悩んでいた日本画家たちの新年だが、師匠のお宅に弟子達が集い、描き初めとして年始めの試筆の揮毫をおこなう。必ずそこで描かれるのは、丸い円をグリッと巻いた宝珠であり、一門で集まって描いた寄せ描きが数多く残されている。
 絵としてはまったく面白くも何ともないが、これも新年の縁起物である。

 こうした新年を祝う絵画や吉祥図案のヴァリエーションは、中国にも多く、いわゆる春節(旧暦の正月)などに、新しい年の慶祝と邪気払いを祈念して門や扉、室内に貼られる「年画」が知られる。
 庶民信仰に支えられたもので、原色に彩られた安価な民間版画だが、画題には、門神や財神、竈神、天地全神、子孫繁栄の蓮笙貴子、麒麟送子ほか様々な種類がある。

 図版は、宝剣をふるう勇猛な武将の秦叔宝(しん・しゅくほう/生年不詳〜638)を描いた清時代の年画。魑魅魍魎(ちみもうりょう)を追い払うために家の入口に貼られた。

▲『中国蘇州年画展−息づく民衆の祈りと喜び、民俗版画の400年−』図録より

 爆買いの観光客で溢れる二月の春節になったら、中国人観光客が多い心斎橋筋や道頓堀では、最新の店舗デザインを誇るショップにも、土俗的でカラフルな年画がベタベタと貼り出されるかもしれない。
 


 ところで、正月で私がこだわるのが玄関の注連(しめ)飾りである。十年ほど前に飛騨高山で新年を迎えたことがあるが、大晦日も市内は観光客で賑わい、注連縄盛りを売る店も出ていた。そこに並んだ注連縄のデザインが大阪とは違って面白く思った。上の方がクルクル何重かの輪になっており、その下にまっすぐ箒の先のように藁が広がった注連縄であった。
 
 買って帰ればよかったが、旅先の荷物になるのを恐れて買わずに、帰宅して新年早々、後悔した訳である。
 その後、所用があって年末に伊勢神宮に参拝した折、そこでも地域色の濃い独特の注連縄を売っていたので、飛騨の仇を伊勢で討つとばかりに迷うことなく購入した。

 この注連縄の特色は、「門」という文字の間に「蘇民将来子孫家門、七難即滅、七福即生」と墨書された木札が付けられていることである。南勢・志摩によくある形とされ、神話の国らしい由来がある。

 旅に出たスサノオノミコトがある村で一夜の宿を求めたが、裕福な弟の巨旦(こたん)将来は宿泊を断り、兄の貧しい蘇民将来が親切に泊めた。スサノオノは喜び、悪い疫病が流行ったときには、蘇民将来の子孫であると言えば災いを免れると告げたという故事を踏まえたものという。シンプルなデザインだが、木札の文字の面白さが際立っている。

 そのほか正月飾りに門松があるが、最近は、個人の家ではあまり見かけなくなった。現代人の趣味で門松復興プロジェクトを企画するならば、松葉の柄でボディを埋め尽くした仮称パイン・ガンダムと三番叟のなりをした「ザク」でも門の両脇に立たせておけば、中国年画の門神みたいでよいかもしれない。
 ちなみに、2015年秋に万博記念公園にオープンしたエキスポシティにガンダム専門店があるが、それと並んだ海遊館の別館[ニフレル (NIFREL) ]には、私のいる大阪大学総合学術博物館の至宝マチカネワニ化石の上半身がリアルに再現されている。因幡の白ウサギの「和邇(鰐)」と絡めて一種の縁起物と見なし、ひとつよろしく宣伝しておこう。

 厳しい条件下にある日本の住宅事情では、新年の住まいを、古き時代のように美術で飾るなどなかなかに難しい。
 「うちはマンションで床の間はないけれど、玄関の下駄箱の上が空いているので床の間に見立て、新年の干支(今回は申、サル)を書いた色紙や置物なんかをおいてまっせぇ」とおっしゃる方は善人ナル哉。標準的な都会住まいで出来るのは、そんなところかもしれない。
 今回は正月らしい華やいだ図版が寂しいので、下駄箱の上に色紙を飾る意気やよし、以前紹介した版画家・前田藤四郎先生より、むかし申年にわが家に頂戴した色紙(約28㎝角)を拡大して積水ハウスのモデルルームの床の間いっぱいに貼り付けてみた。いかがかな。



 しかしまた住居の事情があるにしても、なにが目出度いと言って、新年のあらたまった空気のなか、家に絵を飾れることが一番目出度いには違いない。

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