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橘 真

橘 真/甲南醸造所倭文土井農園経営

淡路島で農業に従事するかつての名ソムリエが、 日々自然を相手に時間をかけて農作物を育てることの楽しさ困難さ、喜怒哀楽をコラムにのせて。

第9回 墓と死者

「人間はいつからどのようにして、人間になったのか?」
 今回は、このような大上段の文化人類学的問いから出発します。

 もちろん「人間は、いつから、どのようにして、人間に、なったのか?」
というような「大上段の文化人類学的問い」に、僕が(ただのそのへんのおっさんが)、応えられるわけはありませんが、例えば山沿いの田畑で、ほとんど誰とも会話することなく延々と農業をしているというのは、それはつまるところ、
「人間とは何か?」という問いに隣接し、応答するという事とほぼ同義であると思われます。

 それはたぶん、おそらく武道の稽古の「自由な反復」に似ている。
 というわけで、一介の修行者から、という形で、今回も通信したいと思います。

 少々迂回しますが、前々回に書いた「贈与の返礼」の「最初のボタンの掛け違い」について、もう少し解説せよという読者のみなさまからの声に、その部分の再録抜粋から。

 農業における「生産」とは、「自然からの贈与」を意味している。
 我々の「食べ物」とは本来、無料である。
 例えば鶏は再生産するので、前回の「鶏を飼う」で書いたように、飼料にする植物の種をとって翌年また蒔けば、肉や卵は永遠に無料である。
 そのような「自然からの贈与」に対して、我々は「無償の労働」で返礼する。
 農業について考えるとき、ここで錯誤してはならないのは、労働は農産物を生産するためではなく、「贈与の返礼」の形をとらなければならない、ということである。おそらくここが岐路であろう。


 たとえば通常の野菜の生産は、営農としての生産計画があり、投下する労働力があり、面積当たりの収量や経費や品種の市場性、等で組み立てられたものとして語られる。
 そこには「贈与の返礼」は、ぜんぜん出てこない。

 生産計画が最初にあって、一般的な時系列として全体を語る態度にそもそも「贈与」や「返礼」というワードは出てこない。
 それはおそらく、原因と結果が取り違えられているからであろう。

「労働は農産物を生産するためではなく、「贈与の返礼」の形をとらなければならない」というのは、「種蒔き」からではなく、「収穫から始まる」という事である。

 再提示。「人間はいつからどのようにして、人間になったのか?」
 あるいは言い方を変えれば「人間が人間でなくなるのは、どういう時か?」

「収穫から始まる」という話でいえば、「最初に死者がいる」。
 そして、死者より前に「最初に墓がある」。

 定義。「人間だけが墓を作る」。
 僕はかつて小学生の頃、かわいがっていた「キリギリス」や「雷魚」や「十姉妹」が死ぬと、空き地に埋め、墓を作っていました。
 僕は「生物好き」の小学生であったので、しばらくすると、僕の近所の空き地は墓だらけになってしまいました(かなり怖いですが)。
 そして今思えば、その累々とした一群の墓が形作っているエリアが、僕の生活の領域だったと思われます。

 定義その2。「生活圏の境界に墓がある」。
 やがて僕は中学生になり、その頃ずっと飼っていた、ある「カメ」の死をきっかけに、家で生物を飼うのをきっぱりとやめてしまいました。
 なぜ、やめてしまったのかというと、その後ずっと、当事者としての有責感から、と自分では思っていました。
 それも、もちろんあると思います。

 ですが今、倭文(しとおり)の土井谷で暮らすようになって、土地の人に丁寧に手入れされた「墓」を見ているうちに(土井谷に限らずですが、古くからある中山間地は、個々の農家生活圏付近の、最も良い環境の境界に「墓」があるように思えます)、僕が「死」と(あるいは「墓」と)、具体的な係わりを避けるようになったのは、中学生になった僕の生活圏が、今後さらに想像を超えて無作為に拡大し、それにともなって「生物の世話ができなくなる」のではなく(一見、そう見えますが)、実は、丁寧にその「死」に立会い、「墓」を作り、適切に弔えなくなる、いわば、「人間でなくなる」のを、当時として畏れたからではないだろうか?

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