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平尾 剛

平尾 剛/スポーツ教育学者

元日本代表ラガーマンが書き下ろす「スポーツは、だから面白いし飽きない」。 読めばもっと身体を動かしたくなる、面白いゲームが観たくなること必至。

第7回 「ためらい」をめぐるドラマ

 なでしこジャパンのワールドカップ決勝進出を見届けたばかりで、興奮冷めやらぬままに書き始めている。
 たった今、女子ワールドカップサッカーカナダ大会2015の準決勝で、日本がイングランドを2−1で破り2大会連続の決勝進出を決めたばかりだ。この原稿が掲載されるときには決勝も終わり優勝チームが確定しているので、ピント外れの内容になる恐れもあるが、今このときの興奮そのままに書いてみたい。大会を振り返ってこの試合にはどのような意味があったのか、その総括は読者に委ねることにする。

 互いにPKで1点を取り合い、引き分けで迎えた後半ロスタイムにドラマは待っていた。川澄選手が大儀見選手に合わせた絶妙なクロス。イングランドの選手は懸命にクリアを試みる。だが無情にもそのボールはゴールに吸い込まれた。
 オウンゴールでの劇的な幕切れに、改めてスポーツの面白さと勝負の非情さを感じている。
 後半のみならず試合全体を通してイングランドが押し気味に進めていたにもかかわらず、勝利の軍配はジャパンに上がった。それはつまり攻められながらも虎視眈々と好機を伺い、不意に訪れた一瞬の隙をジャパンが逃さなかったということだ。

「この最後の場面が決定機となった」
 そう一言で語ることはたやすい。だが、それが90分という試合の中である一場面のみを切り取っているにすぎないことだけは、忘れないでいたい。そこにつながるまでには幾つもの分岐点があり、その分岐点でプレーの選択や判断を誤らなかった結果があの場面を呼び込み、勝利したのだから。



「これはシミュレーションだろう!」
 イングランドにPKを与えることになった大儀見選手のファウルシーンを見て、咄嗟に僕が口にした言葉である。スロー再生を見る限りでは大儀見選手の脚は相手DFに触れてもいない。審判のホイッスルを尊重すべきなのは百も承知だが、そこはテレビの前の観戦者の特権だ。どこからどうみても反則ではないという確信がつい口をついた。
 それでも当の大儀見選手は審判に詰め寄って抗議することはしなかった。画面を見る限りでは表情を歪めてもいない。本人だけでなく他の選手もそうで、PKを決められたのちもただ黙々と、淡々とプレーを続けていた。動揺した様子はほとんど見られなかった。

 この時の振る舞いに象徴されているように、この日のジャパンは一試合を通じて平常心を保ち続けていた。
「気の抜けたプレー」がほとんどみられない。たとえばタッチラインを超えるかどうかわからないボールに対して「おそらくラインを割るだろう」と追いかけるのを途中でやめてしまうとか、いわゆる打算的なプレーが一切ない。確かにイングランドに比べればサッカー自体にダイナミックさは欠けるものの、ひとつ一つのプレーを、あれほど平常心を保ったまま着実にこなせるのは極度の集中状態にあったからだろうと思う。
 なでしこジャパンが持っている勝負強さの秘密はおそらくここにある。平常心を保ち、集中力がきれない。つまり、相手につけいるスキを与えない。


 
 思わず気が抜けたその瞬間に「魔物」は心に降り立つ。
 この「魔物」は「勝負を分かつ決定的な分岐点」そのものを作り出し、そして知らず知らずのうちに敗北の方へと背中を押す。だから「勝負を分かつ決定的な分岐点」になるべく立たないように、そのはるか手前でなんらかの手を打っておかねばならない。このシュートを決めなければ負ける、このパスをカットしなければ決められる、というような一か八かの判断を強いられる切迫した場面にならないように、一つ一つのプレーに集中する必要がある。つまりひとつのトラップ、ひとつのパス、ひとつのディフェンスに気を抜かないことが、「負けないため」にすべきことだ。

 生涯無敗の雀士、「雀鬼」こと桜井章一は「勝利の99%は相手の自滅である」と言う。20年間無敗という、勝負の綾を知り尽くした人物の哲学を軽々に解釈することはできないが、ラグビーでの経験と照らし合わせる限りにおいては満腔の意を持って僕はこれに共感する。
 勝利をたぐり寄せるために特別なプレーを仕掛けても成功することはほぼない。競技レベルが上がるほどにこれは顕著で、ひたすら地道に攻撃を積み重ねることでしかディフェンス網は綻ばないのだ。平常心を保ったまま、細かなミスをすることなくひたむきに攻め続けていれば、やがて相手選手は根負けする。

 いついかなるときも平常心を保つ対戦相手がもっとも手強い。落胆するであろう場面でもいちいち落胆しない。疲れてくる時間帯でも苦しい表情を浮かべない。まさしく「木鶏」のような相手と対峙すれば、こちらの心には迷いや焦りや不安が生じる。これらネガティブな感情を持ちこたえられなくなった選手が、根負けしてついぞ「いつもと違うプレー」をしてしまう。ディフェンス網の結節点である一人の選手が隊列を乱し、穴ができる。この穴を効果的に攻めることができたチームが勝利に近づく。
 これが、自滅から勝利へのストーリーである。

 数々のシュートを防ぎ、劣勢なムードでも気を抜かずにプレーしたジャパンイレブンは、最後の最後、ロスタイムに入ってから相手の自滅を引き出した。
 川澄選手をフリーにしたこと、ひたむきに走り込んでいた大儀見選手と岩渕選手の飛び出し、そして絶妙なクロス。これら選手が嵩にかかってディフェンス網にできた穴に仕掛けた結果として、相手選手のクリアボールが偶発的にゴールに吸い込まれた。これをドラマと言わずになんと言おう。



 観戦後の、興奮冷めやらぬままに書いたのでいささか乱文になったかもしれない。ラグビーならまだしも麻雀での勝負哲学をサッカーに置き換えるのは、無理筋だと思う向きもあるだろう。だが、「勝負の本質」はたとえ種目が違っても決して変わらない。
 スポーツには勝負がつきものである。というより勝負そのものだ。その祭典であるオリンピックが2020年に東京で行われる。また、その前年にはラグビーワールドカップが日本で開催される。東京オリンピックに比べればほとんど世間に認知されていないのが残念至極である。これを読んだ皆様はぜひ記憶に留めておいていただきたい。2019年は日本でラグビーを観ることができる。
 勝負の厳しさと面白さが突きつけられる場面や試合をライブで観られるチャンスが訪れる。大観衆の期待を背にした真剣勝負がこの日本で行われるのである。気を抜けば襲われる魔物から逃れようと懸命に闘う姿、ひたむきなプレーが相手の自滅を誘う瞬間、互いに一歩も譲らない意地の張り合いなど、見応えのある場面を想像するだけで興奮する。

 もういちどあのシーンを振り返ってみる。
 劇的な幕切れだっただけに試合終了後はリプレイが何度も流された。それをみているときに気がついた。オウンゴールを決めたイングランドの選手がまさにクリアをするそのときの、一瞬のためらいに。
 足を出してもギリギリ届くか届かないかのところにボールが転がってきた。足を出したとしても確実にクリアできるとは限らない絶妙な軌跡をボールは辿っている。自分の左サイドにはこのクロスに合わせて走り込む日本選手の気配がうかがえる。このまま足を出さずにスルーすればみすみす相手に決定機を与えることになる。
 クリアせねば。でも、できるだろうか…。
 この一瞬のためらいが蹴ったボールの勢いを削ぎ、失速してクロスバーのわずか内側に当たってゴールラインを越えた。さらには味方キーパーにも待ちの姿勢を作らせた。そのせいで一歩が遅れた。ボールに届かなかった。ためらいはチームメイトにも伝播する。

 ほどなく試合終了のホイッスルが鳴らされると、この選手は泣き崩れた。彼女を慰めるために取り囲んだ何人ものチームメイトの姿が画面に映し出される。たまらない。
 わずか数秒のワンプレーでこうも揺れ動く心。責任を背負いこもうとする選手と、それを庇うチームメイト。これがスポーツの面白さだ。
 当たり前だが、常識外れの莫大な建設資金を投じた巨大競技場でなくともドラマは作られる。周辺事情ばかりが取りざたされる昨今のスポーツだが、僕が観たいのはスポーツそのもので、それはつまり真剣勝負が浮かび上がらせる喜怒哀楽である。
 つい拳に力が入る、その瞬間を楽しみたいから僕は今日もスポーツを観る。

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