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平尾 剛

平尾 剛/スポーツ教育学者

元日本代表ラガーマンが書き下ろす「スポーツは、だから面白いし飽きない」。 読めばもっと身体を動かしたくなる、面白いゲームが観たくなること必至。

第1回 石ころ蹴り遊び     

 小学生のある時期、石ころを蹴りながら下校するのが僕の日課だった。
 友だち同士でする日もあれば、ひとりの日もある。蹴りごろの石ころを探し出し、「溝に落とさないように家まで蹴りつづけることができたら天才」という、まるで子どもじみたルールを作って(子どもだから仕方がないけど)、誰が天才になれるかを競い合った日々が懐かしい。

 サッカーのように細かくドリブルをするというよりは、ゴルフのように1回の蹴りである程度の距離を稼ぐようにゲームは進行する。
 「交差点の手前、止まれの標識の辺り」というように標的を定めてヒョイと蹴る。ゴツゴツとした石は当然のように右に左にバウンドする。危うく溝に落ちそうになれば冷や冷やするのは当たり前。だが、溝から遠ざかるように道路の中心側に跳ねても同じように冷や冷やする。なぜなら通りかかる車のタイヤに弾かれて溝に落ちてしまうことがあるからだ。
 住宅街だったので学校から自宅までの道は歩道と車道の区別もなく、信号もない。だから交通量は少なく、たまにしか車は走ってこないが、そのたまたま通りかかった車に弾かれるほど理不尽なことはない。自分の未熟さで溝に落とすならまだしも、偶然の出来事が結果に関与するのはどう考えても割に合わない(と、子どもは考える)。道路の真ん中で居たたまれないように佇む石ころまで小走りで駆け寄り、周囲を確認して端の方へ蹴り寄せる。当然のことながら力加減が強すぎれば溝に落ちる。このあたりが腕の見せどころとなる。

 溝に落ちないように、且つ、道路の中央も避ける必要がある。つまりは溝と中央部のあいだを縫うようなラインで石ころをキープし続けないことには、家まで辿り着くことができないのである。
 このイレギュラーな石ころの動きに一喜一憂することが何よりの楽しみであった。
 天才になれるかどうかという問題は幼い子どもの自尊心をくすぐるには十分で、偶然性が伴う石ころの制御と人間の天才性のあいだにはなんの因果関係があるはずもないことは薄々わかっていながらも、溝に落ちたときの落胆ぶりは計り知れないものがあった。
 だから惜しくも落としてしまった友だちに向かって「残念でしたー」と、なんのためらいもなく囃し立てることができたのである。すべてはフィクション。そこにいじめなど起こるはずもない。

 ひとりで下校するときも石ころを蹴っていたし、それなりに楽しくもあったのだけれど、どちらかといえば寂しさをやり過ごすための時間つぶしに過ぎなかった。か、どうかは定かではないが、少なくとも今になって振り返ってみればそう感じる。
 蹴った石ころの行方を目で追いかけながら、その転がり方を心の中で実況中継することで(たまに独り言が口をつくことはあったけれど)寂しさは雲散霧消し、半ば強引にではあるがテンションは高まった。が、やはり一抹の空しさだけは拭えなかったように思う。うつむき加減でただ一直線に帰ることに比べれば雲泥の差ではあったのだが。

 溝に落ちたにも関わらず何食わぬ顔で石ころを拾い上げ、ゲームを継続させたことはここだけの内緒である。汚水にまみれた石に触れるリスクを経てもなお天才になる道を諦めないその向上心は立派だが、端的にそれはズルである。ズルをするような子どもは天才になることなどできないぞと、あの時の自分にそっと告げてやりたい。誰も見ていないときにこそ真摯な態度をとりなさい。

 どきり。
 と、この言葉はブーメランのようにそっくりそのまま今の自分に返ってくるではないか。あれやこれや思い当たることがあって、僕はあのころと比べて少ししか成長していないことを痛感。
 とほほ、である。

 それはさておき。
 そういえば最近は道で遊ぶ子どもたちを見かけなくなった。近所の公園ではキャッチボールをする親子や、はしゃぎ回る子どもたちの姿を見かけることはあっても、いわゆる「道」で遊ぶ風景にはあまりお目にかかれない。石ころを蹴りながら下校する小学生も見たことがない。僕が見かけないだけであってどこかにいると信じたいものだが。

 僕たちのころはまだ「道」も立派な遊び場だったと思う。親父とのキャッチボールも「ろくむし」といった遊びも、すべて「道」でのことだったし、行き止まりになる路地もわずかながらまだ残っていた。

 環境建築家として子どもの遊び環境を研究する仙田満氏は、「『道』は、子どもたちの出会いの空間であり、いろいろな遊びの拠点を連係するネットワークのあそび空間である」としている。

 視線の俯角の違いにより、おとながそれほど広いと感じない「道」でも子どもの目には広大なスペースとして映る。かつての子どもたちは舗装されていない道で、なるべく平らで砂利や石の少ない場所を選び、ベーゴマやメンコをして遊んだ。アスファルトに比べると倒されても怪我をする心配が少ないので、相撲だってできた。
 さらに塀や垣根は生け垣や木の塀だったから、ところどころ穴が開いていて潜り込むこともできた。入り組んだ路地は行き止まりを作り、こうしたごちゃごちゃした空間としての「道」を最大限に利用して鬼ごっこや缶けりで遊んでいたのだという。
 昭和のはじめから40年ごろまでの原風景だというから、もちろん僕が生まれる遥か昔のことである。

 横断歩道の白い部分だけを踏んで渡ろうとしたり、階段を一段飛ばしで登ったり。時代は変わっても生活空間で遊ぼう遊ぼうとする子どもの心性は、そう大きく変化することはないのだろう。
 子どもたちにとって「隙間」や「段差」や「溝」や「穴」は格好の遊具となりうるもの。おとなにとってはただ通り過ぎるだけの「道」すらも遊び場になるというのだから、街全体はさながらアスレチックだと考えて差し支えない。広大な遊び場を創り出す子どもの想像力はやはり素晴らしい。

 ずっと蹴り続けてたら不思議なものでちょっとしたコツが身についてくる。あくまでも感覚的にだが、その転がり方にも予測が働く。蹴った瞬間に「あかん、強過ぎた」と感じて、慌てて石ころの行く末を案じたりもできるようになるのだから、身体は相当にかしこい。それを子どもは知っているし、微塵の疑いも抱かず信じているからこそ、道ばたの石ころさえ輝いて見えるのだろうと思う。

 だから僕は「石ころを蹴る」という何気ない行為も広義にはスポーツの一つだと断言したい。身体を使うことの悦びを味わうのがスポーツなのだから。

 蹴りごろの石ころがみつからない帰り道を想像するだけで僕は息苦しくなってくる。果たして今の街の子どもたちは、深く呼吸できているのだろうか。

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