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平尾 剛

平尾 剛/スポーツ教育学者

元日本代表ラガーマンが書き下ろす「スポーツは、だから面白いし飽きない」。 読めばもっと身体を動かしたくなる、面白いゲームが観たくなること必至。

第9回 未到達の屈託と、大志

「以後」のラグビー人気は続いている。どこにいってもその話題でもちきり、というのは明らかに言い過ぎだが、会話の端々に「ラグビー」や「五郎丸」といったワードが飛び交っているのは事実だ。いまや五郎丸歩選手はラグビーのシンボルとなった。なかには「五郎丸及びそのポーズ」を通じてラグビーを知る人もいることだろう。両手を胸の前で合わせる独特のそのポーズは、お笑い芸人のネタになるほど一人歩きしている。

 アマチュアリズムを頑なに守っていた時代にラグビーと出会った僕からすれば、この「本末転倒」にいささか複雑な想いを抱いてはいるが、ここはグッと我慢だ。踏み越えてはいけない限度を超えたと判断すれば遠慮なく物申すつもりだけれど、今のところ「OBの小言」は胸の内にしまっておく。OBは「金は出しても口出すな」である。

 救いは、現役選手たちがラグビー人気を拡大するためにあえてバラエティ番組への出演を決め込んでいるところだ。
 聞くところによれば、五郎丸選手はテレビをはじめとする仕事のオファーを、選り分けることなくすべて引き受けたのだという。シーズン中にもかかわらずテレビへの出演、書籍の出版、雑誌への掲載などをこなしたというから、そのバイタリティには驚かされる。とくに意識せずとも彼の端正な顔や立ち姿が目に飛び込んでくるのは、なるほどこういうことだったのか。それもこれもラグビー人気を一過性のブームにしないという決意の表れか。いやはや頭が下がる。

 また堀江翔太選手は、フランスなど複数の海外クラブチームからのオファーを断って、世界最高峰とも謳われるスーパーリーグに今年から初参戦するサンウルブズに身を捧げる覚悟を決めた。監督の選考やメンバー構成などの準備の遅れによって、今年度のサンウルブズは苦戦が予想されている。チームで全体練習を始めたのが2月に入ってから。たった3週間ではチームがまとまるわけがない。不安要素が渦巻くチームをわざわざ選んだのは、若い世代が活躍する場を作るためだという。世界に伍して戦う実力を備えた魅力的なチームが日本にあれば、国内でプレーする選手はそれを目標にできる。それを見越しての決断だった。

 堀江選手は30歳。引退の足音が聞こえる年齢だ。ラグビー人生の集大成として、強豪クラブに移籍して自分の力を試したい気持ちは、強くあっただろう。それなのに、言語や生活習慣が異なる海外に行かずとも世界と渡り合える、そうした環境を若い選手のために整えることを優先した。後進に道を譲るという選択は、そうやすやすとできるものではない。

 彼らのこうした言動にはとてつもない重みがある。
 思い起こせば選手のこうした意識改革は、田中史朗選手が単身スーパーリーグに挑戦した2013年から始まっていたのだろう。

 今でこそスーパーリーグは身近になったが、当時は雲の上の存在だった。ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ共和国という強豪国に拠点を置くクラブチームで構成されたこのリーグで、まさか日本人がプレーできる日が来るなんて僕には想像できなかった。それなりにラグビーをしてきた人のなかには共感していただけるはずだ。彼の挑戦が現実になったとき、すかさず行きつけのラグビーバーに足を運び、店主とともに杯を傾けたものである。

 固く閉ざされた扉をこじ開けたのが、スクラムハーフでもとりわけ小柄な田中選手だった。野球界で大リーグへの道筋をつけた野茂英雄の役割を、ラグビー界では田中史朗が担ったのである。どの世界でもパイオニアになるのは難しく、その功績は計り知れない。人懐っこく愛くるしい笑顔の裡には、大きな志があるにちがいない。 

 彼ら日本代表選手は日本ラグビーの土台を築こうと努力している。2019年のW杯日本開催の成功に向けてグラウンド内外で身を投げ打つ彼らの意志には大義がある。



 彼らのおかげでOBの僕は実際に多大な恩恵に与っている。初対面の方に自己紹介するときには「昔、ラグビーやってました」と、胸を張って言えるのがそうだ。この一言を添えるだけで、その後の話は切れ目なく続く。そうして言葉を交すうちにタイミングを見計らって「実は日本代表やったんです」と伝えれば、話はどんどんふくらんでいく。なんともありがたいことである。

 実をいうと、僕は「元日本代表」という肩書きに二律背反の想いをずっと抱き続けてけた。日本代表になったとはいえレギュラーになれなかったからである。W杯で試合に出場できたのは同じポジションの選手が怪我をしたからで、あくまでもバックアップメンバーとしての出場だった。ほかには代表に選ばれながらテストマッチ(国同士の試合)に出場できなかった選手もいるから、運がよかったというほかない(ちなみにテストマッチに出場した回数を「キャップ」で示す。実際に「帽子」が授与される)。

 つまり、団体競技であるラグビーには「元日本代表」がたくさんいて、個々の実力差には明確な濃淡がある。キャップ数がその濃淡を示し、11キャップの僕は多数のキャップホルダーで形成される集団の一端を担っているにすぎないのだ。

 いうまでもなく日本代表としてのプライドは持ち合わせている。ただ負けず嫌いの僕にとって、日本代表経験はどちらかといえばなにかが足りなかった「挫折」として、深く心に刻まれているのだ。

 誠に情けない限りだが、選手だったころは彼らのように日本を背負って立つという意識を持つまでには至らなかった。日本ラグビーをどうこうしようという志もなく、自分自身のパフォーマンスを高めることだけを考えていたように思う。大志を抱く現日本代表選手に比べればなんともちっぽけで、ただただうなだれるしかないのだが、これが本音である。

 しかしそんなことは、もうどうでもよくなった。彼らの大志にふれてなにかがはじけたような気がする。少なくともプライドと挫折のはざまで揺れていた過去への執着はなくなった。

 彼らをOBとして支えなければ、と思う。強く思う。
 余計なお世話かもしれないが、知らず知らずのうちにその恩恵に与っている僕らOBにできることは、重箱の隅をつつくように細かいことを論(あげつら)うのではなく、未来を見晴らしながら各世代をつなぐ風通しのよい物語を紡ぐことだと思う。過去に執着するあまり揚げ足をとるような語りは、間違っても避けなければならないはずだ。



 半ば以上自戒を込めた宣言になったが、負けず嫌いが集まるラグビーだからこその落とし穴を期せずして示すことになったという気もする。もしかするとスポーツ、とくに団体競技全般において妥当するのではないだろうか。
 極私的なこの告白が、レギュラーに届かなかったという「主観的な挫折」に悩める元選手に届くことを望む次第である。

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