住ムフムラボ住ムフムラボ

平尾 剛

平尾 剛/スポーツ教育学者

元日本代表ラガーマンが書き下ろす「スポーツは、だから面白いし飽きない」。 読めばもっと身体を動かしたくなる、面白いゲームが観たくなること必至。

第8回 40歳の秋に起こったこと〜「W杯3勝」とあたらしい景色

想像を超えた「ラグビー」の広がり

 ここ最近のラグビーブームが凄まじい。先のW杯で日本代表が南アフリカ代表に勝利を収めたことがきっかけとなり、巷ではラグビー熱が高まっている。今もまだそれは継続中だ。新聞紙面では記事の面積が大幅に増えたし、たまたまつけたテレビにラグビー選手が映っていることもしばしばある。職場では普段あまり話をしない職員さんから「夕べ、観ましたよ〜!」と声をかけられて話し込んだり、たまに行く居酒屋でも居合わせた客や店の人と話が弾む。
 ラグビーの話題が日常にあふれている。こんなふうになるなんて、ついこの前までは想像すらできなかった。話を振られるたびにコメントを求められるから気が抜けない。というのは、もちろんうれしい悲鳴である。

 各メディアからもいくつかの取材依頼があった。
 2戦目のスコットランド戦当日は「情報ライブミヤネ屋」に電話出演をした。当日連絡が入ってスタジオ出演を依頼されたのだが、仕事の都合でそれは叶わず。それなら電話でということで、放送時間に合わせて自宅に戻り、テレビの前に座って携帯電話を手に出番を待った。
 目の前の画面に映る人たちと電話で話をするというのはとても奇妙な体験であった。隔絶されているはずのテレビ画面を挟んでこちらとそちらがつながっている。家のリビングとスタジオで情報が行き来しているというのが不思議でたまらない。ここではない場所との回路が開かれている、しかもそこが今までつながるはずがないと思い込んでいた場所。うまくは言えないのだが、これまでに味わったことのない感覚だった。たぶん価値観が揺らいだからだろう。価値観とか常識とかは身近にあるちょっとしたことがきっかけに揺らぐものなのかもしれないと思った。

 ひとつだけ残念だったのは「僕が選んだこの試合の注目選手」としてテロップで紹介されたのが全然違う選手だったこと。「司会者から電話で質問されますから」と事前に聞いていたので密かに準備していたのだが、そうではなかった。きちんと真意を伝えられなかったのは心残りであり、申し訳なく思う。
 ちなみにその二人とは松島幸太郎選手と立川理道選手である。バックス出身なのであえてそこから選んでみました、という前振りから二人の卓越さを語るつもりだったのだが、まあここで訂正できたのでよしとするか。

 さらにスポーツ報知からは五郎丸歩選手のポーズを分析して欲しいという依頼があった。現役時代はヘタクソなダメキッカーだった僕が、あの五郎丸選手について分析を試みる。些かとんでもない依頼だなとは思ったが、あの独特なルーティンを身体論から捉えてみるのは確かにオモシロいぞと、その場で頭をひねって絞り出す。あえて不安定で窮屈な姿勢をとることによって正中線を整えているのではなどと分析したものの、後日新聞を読むと当の本人は「ポーズにはとくに意味はありません」とあっさりコメントしていた。

 分析したり解釈するのは研究者やジャーナリストの仕事だ。すべての動きやプレーに理由があるわけではなく、どうしても言葉で表現できないものもあるので、こうしたすれ違いは起こりうる。ポーズの意味よりもゴールキックの成功率。選手は既にそこで答えを出している。プレーなどのあれこれを言葉で象るのは専門家の仕事だから、これでいいのだと思う。
 この他にも数社から依頼があった。元ラグビー選手としてコメントを求められる。こんなうれしいことはない。競技経験や研究成果に基づく僕の話が、初心者を含めたラグビーファンに役立つのならうれしい。
 メディア対応に慣れていないだけに、ときにやや戸惑うこともあるのはここだけの話である。

「W杯3勝」という分水嶺

 それにしてもこのブームはこれからも続くのだろうか。2019年の日本開催に向けて一過性のものに終わらせないためにも、ここまでを少し振り返っておきたい。
 僕は南アフリカ戦の勝利を機に「世界が変わった」と感じている。続くスコットランド戦には負けたもののサモア、アメリカに危なげなく勝利した日本代表の戦いぶりは、ラグビー界の常識を覆し、日本社会だけでなく世界に大きな衝撃をもたらした。決勝トーナメントに出場できなかったことは残念だが、過去7大会で1勝しかしていないチームが今大会だけで3勝し、さらに格上も格上の南アから勝利をもぎとっただけで、僕としては大満足である。

 この一連の活躍がきっかけで今のラグビーブームが巻き起こっているわけだが、ときどきふと我に返って「これは夢ではないのか」と思うときがある。W杯前の様子を振り返るほどにその落差の大きさが際立ち、混乱を来すのである。南ア戦を境にして常識や価値観が大きく様変わりしたことを、頭ではわかりつつも実感がついてこない。あまりに短時間での大きな変化に身体が追いついていない。そんな感じだ。

 南アフリカに勝つ「以前」と「以後」では大きく世界が変わってしまった。より丁寧に回顧しなければ両者が地続きであることに想像が及ばず、この今がわりと昔から続いているかのような錯覚を生んでしまう。
 大会3勝を予測する人はどれだけいただろう。決勝トーナメントへの出場が現実化し、勝ち点の計算をする必要が出ることは? バラエティなどのテレビ番組にこれだけの選手が出演することは? 「五郎丸ポーズ」をする人たちの出現は? ラグビースクールに子供が殺到することは? 国内のトップリーグで指定席のチケットが完売するなんて僕は夢にも思わなかった。
「以前」から「以後」へと劇的な変化を生み出した日本代表の功績を、僕はきちんと記憶しておきたいと思う。

「以前」−好ましくない二つの出来事

 私的にも「以前」には大きな出来事があった。
 7月半ばに新国立競技場の建設が白紙撤回された。そのせいで2019年のラグビーW杯開催に間に合わなくなった。莫大な建設資金が投入されることへの違和感を感じて僕は建設反対の意を表したのだが、元ラグビー選手としての立場からの発言が波紋を呼び、メディアからの取材依頼が殺到した。めまぐるしい取材攻勢には眩暈をするような日々を過ごしていたことが昨日のことのように思い出される。

 これに続いて8月には、日本テレビが公式サイトで公開したセクシーラグビールール解説の動画に不快感を覚え、遺憾の意を表した。発言してすぐは賛意を示す人たちが多かったが、動画が削除されたあとは憶測が憶測を呼んで、続々と誹謗、中傷が届けられた。なかには単純に動画が見られなくなったことへの不満をぶつけてくるのもあった。
 この動画のもとになったのはイギリスの男性化粧品会社が作成した映像である。もちろん事前にこのことは知っていた。どちらも女性のセクシーさを前面に押し出してラグビーのルールを説明する内容となっているが、それとこれとでは意味が違う。ぜんぜん違う。

 W杯のロゴを使用した公式メディアの公式サイトであの動画を公開している。当然のことながら許容することは困難である。たとえば深夜枠のバラエティでやる分には、内心は穏やかならずとも、わざわざ抗議することはしない。不愉快な気分にはなるものの抗議まではしない。一私企業の宣伝に使われるのもまた同様である。
 しかし、「公式」と謳っている以上は守られなければならないラインがある。それを明らかに踏み越える映像だと判断したがゆえの発言だった。
 もちろん賛否両論があった事実は真摯に受け止めている。

「以後」−は創っていくもの

 この二つの発言をきっかけに考えざるを得なかったことがある。それは「社会をみるときのパースペクティブ」である。
 自ら発した言葉が想像以上に遠くまで届いたこと。ときには思いもよらぬ方向へと一人歩きしたこと。新聞紙面に書かれた自分の名前、あるいはテレビ画面に映る自分の姿を見るたびに、自分が引き裂かれるような感じを覚えたものである。メディアへの露出には慣れているとはいえ、選手として注目されてのそれとはなにかが違う。紙面や画面に登場しているこいつは一体誰なのだろう。大げさに言えばそんな感じすら抱くこともあった。
 と同時に、こうした不安に伴うようにして自覚と責任が芽生えたのも事実である。それらが選手時代のそれとは異なる新種の意欲を生み出して、気持ちは奮った。このときの高揚感は、グラウンドでの80分一本勝負がもたらすそれとは異なる。瞬発的ではなく持久的で、たとえるなら強火で一気に加熱されるのではなく、弱火でじわりと温める感じというかなんというか。
 いずれにしてもこのときの僕は、期せずして新たなステージへと一歩を踏み出したことに「武者震い」をしていたように思う。不安と高揚が同居する僕にとって、唐突に開かれた「以後」の手触りは優しかった。意見を求められることが続き、今がまるで夢のように感じられたのは無理もない。
 今もまだその余韻は残っている。

 5月に40歳になってからこっちは激動の半年だった。これほどの乱気流は、これまで生きてきて初めての経験である。その中で社会をみる目が少しだけ豊かになった。少しだけ精密に社会をみることができるようになった。そう思う。
 このたびのラグビー日本代表の大活躍がそれをもたらしてくれた。彼らからもらったこの道しるべを頼りに、これからも発言をしていきたい。ラグビーの面白さとその奥深さを多くの人はまだ知らないはずだし、「以後」はこれから創られるのだから。

コラムニストから選ぶ

PAGETOPへ