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平尾 剛

平尾 剛/スポーツ教育学者

元日本代表ラガーマンが書き下ろす「スポーツは、だから面白いし飽きない」。 読めばもっと身体を動かしたくなる、面白いゲームが観たくなること必至。

第21回 スポーツバーで、観る

 ラグビーW杯日本大会の開幕が来月に迫るなか、7月27日(土)に神戸ハーバーランドで日本代表戦のパブリックビューイングが開催された(試合会場は釜石)。対戦相手のフィジー代表は南太平洋にある島国で、日本よりも世界ランキングが上位の強豪国である。ともにW杯に出場するフィジー代表と相まみえたこの試合は、毎年この時期に行われている「パシフィックネーションズカップ」という国際大会の開幕戦である。

 日本とフィジーに、サモア、アメリカ、カナダ、トンガを加えた各国が鎬を削るこの大会は、いわばW杯の前哨戦だ。またW杯出場を目指す選手にとっては生き残りをかけた最後のチャンスでもある。ポジションごとに繰り広げられる意地のぶつかり合いも見どころの一つだ。

 それに合わせて催されたトークイベントのゲストに呼ばれて話をしてきた。試合前は見どころとスコア予想、ハーフタイムには前半の戦いぶりと後半の展望、そしてノーサイド後は試合全体を振り返っての戦評を、もう一人のゲストである、神戸ファストジャイロという女子ラグビーチームのキャプテン岡田恵梨香さんとともに語り合った。

 控え室で出番を待つあいだに岡田さんとあれこれ話をしたのだが、二人ともフィジー優位の予想で一致していた。
 冒頭に述べたように、世界ランキング11位の日本に対して、フィジーはそれより上位の9位であること。そして昨年11月に強豪フランスに勝利し、来日直前にはマオリ・オールブラックス(ニュージーランドの原住民族マオリの血を引く者で構成された代表チーム。世界ランキング5位ほどの実力があるとみられている)から62年ぶりに勝利を収めていること。関係筋ではフィジー史上最強チームとの呼び声も高く、W杯本番でも台風の目になると予想されていることから、日本代表が苦戦するのは免れないと思っていた。

 だが、いざ蓋を開けてみれば日本代表の圧勝だった(5トライを挙げ34-21)。予想は見事に外れたものの、日本代表の強さが際立つ試合内容に、期待に胸を膨らませたのが正直なところである。
 パシフィックネーションズカップの優勝、およびW杯で史上初の決勝トーナメント進出も十分にあり得る。そう思わせるのに十分な内容だった。
 大型スクリーンに映る試合を200人ほどの観客と一緒に観戦して、あらためて思った。スポーツは、やはり大勢で、ときに声を上げながら観るのがオモシロいと。

 トライをすれば歓声を上げる、ミスをすれば落胆するなど、観客はそのときどきの感情を惜しげもなく露わにする。つい漏れ出る声を通じて表出された感情は他者とのつながりを生み、それがうねりとなって感情の集合体としての大きな渦を巻き起こす。パブリックビューイングだから、スタジアムでの観戦にくらべればこぢんまりとした渦ではあるものの、あの一体感は格別だ。

 現在行われている試合をリアルタイムで観るオモシロさももちろんあって、録画しておいた映像をあとから観るのとは雲泥の差である。たとえ結果を知らずに観たとしても、である。
 しかもこの日は、我が日本代表がまるで格上かのような「横綱相撲」で勝利を収めたのだから、言うことなしである。経験者として、それを予想できなったことは心残りではあるが。


 みんなで一緒にスポーツ観戦をする場としては、もうひとつ、スポーツバーがある。スタジアムやパブリックビューイングよりも少人数で、スポーツ愛好者同士が酒を飲みながら試合を楽しむバーでは、また違ったオモシロさがある。
 以前に小欄でも書いたのだが、2015年ラグビーW杯イングランド大会で日本代表が南アフリカ代表を破った試合を憶えている人は多いだろう。ラグビーのみならずスポーツ界における史上最大のアップセット(番狂わせ)として、世界中のラグビーファンを熱くした、あの試合である。ラグビーファンの誰もが、まさか日本代表が勝つとは夢にも思っていなかった。

 当然ながら私も試合前は負けを覚悟していた。30点差以内の負けならば意欲が挫かれずに次戦に臨める。そう予想していた。両国の実力差をいやというほど思い知っている身としては、逆立ちしたところで日本代表が南アフリカに勝つなんて予想できなかった。

 スポーツに限らず、その分野を知り尽くしている専門家や経験者は、往々にして常識に引きずられる。これまでの歴史や昨今のチーム状況を熟知しているだけに、秘めたる可能性に目が向かず可能性の発露を信じられなくなっていることに、当人は気づかない。勝負はやってみなければわからないという原則も、つい見落としてしまう。賭け事に興じるときによく耳にする「ビギナーズラック」は、この盲点をついた言葉だろう。

 私はこの試合を神戸にあるラグビーバー[THIRD ROW]で観戦した。
 試合が行われた2015年9月19日(土)、私は大阪での仕事を終えて夕方ごろ帰宅した。南アフリカ戦が数時間後に迫るなか、ひとまず汗を流そうとシャワーを浴びた。いよいよ大会が開幕する。そのことに心を躍らせながらも、先に書いたようにこの試合の勝利を期待できずにいた私は、ひとり自宅でひっそり観ようと思っていた。部屋着に着替えてソファに腰をかけた途端、虫の知らせか、ここで観てはいけないとふと思った。もしかすると無意識的に劇的な勝利を予感していたのかもしれないが、それも今だからそう思い当たるだけで、ただ居ても立ってもいられなくなっただけだ。

 得体の知れない違和感に突き動かされるように、慌てて家を出て[THIRD ROW]に向かったのだった。

 店に着いたときには、キックオフまでまだ時間に余裕があった。店主の金村泰憲さんはかの平尾誠二さんと同世代のラグビー経験者で、ラグビー好きを絵に描いたような人物である。国内のトップリーグのみならず海外ラグビーにも精通している。世界で行われているほぼすべての試合を観る金村さんは、昨今のラグビー事情を知り尽くしている。コラムを書くうえで資料や映像から読み取れない情報を得ようと、私はことあるごとに店に足を運んで金村さんからレクチャーを受けているほどだ。

 この日も、試合が始まるまでにいろいろ話し込んだ。金村さんも南アフリカには勝てないと予想していた。「30点差以内の負けならよしとする」という点でも私たちの見立ては一致していた。

 試合開始が近づくにつれてぞろぞろと客が店に入ってきた。試合が始まる直前にはカウンター席とテーブル席すべてが埋まった。経験者やラグビー好きだけでなく、中にはラグビー観戦ができる店を探して辿り着いたラグビー初心者の人もいた。

 たとえ初対面であっても隣り合わせた人と自然に会話が生まれるのが、スポーツバーのいいところだ。たまたま居合わせた者同士が試合観戦を肴に酒を楽しむ。いや、酒を肴に試合観戦を楽しむ、になろうか。まあどちらでもよい。とにかく酒とスポーツは相性がいい。
 スポーツバーには、客同士の心の距離を縮める、独特の空気が流れている。

 いよいよキックオフ。戦いの火蓋が切って落とされた。
 予想を裏切るように、日本代表は序盤からミスの少ないゲーム運びでしぶとく食らいつく。トライを奪われてもすぐにまた取り返すから一向に点差が広がらない。時間が経過するにつれて、南アフリカの選手たちの顔には焦りの表情が広がっていった。
 後半15分ごろ、つまり試合終了まで残り25分の時間帯の、あるひとつのプレーが試合の流れを変えた。

 これまで強引にトライを狙いにきていた南アフリカが、日本代表の反則で得たペナルティでゴールキックを選択した。試合開始からリスクを恐れず一気に7点を奪う戦い方を続けてきたのに、ここにきて確実に3点を積み重ねる戦略に舵を切ったのである。ボクシングにたとえるなら、一発KOを狙うストレートを連打するのをやめて、確実にジャブを決めてポイントを稼ぐ戦い方に変えたということになろうか。

 負けることもありうるかもしれない。
 おそらく南アフリカの選手たちはそう思った。
 彼らの心にわずかなスキが生まれた瞬間だった。
 試合の大勢を見つめる観客はこうした瞬間を見逃さない。守りに入った南アフリカを目の当たりにして、バーカウンターは大いに盛り上がった。

 勝てるかもしれない。
 その期待に胸は躍った。そうなれば自ずと酒も進む。
 カウンターに腰掛ける観客それぞれの心に一縷の望みが芽生えた。それらが互いにシンクロして増幅する。

 そして迎えたロスタイム。かの有名な、劇的にもほどがある逆転トライが生まれた。引き分けを狙って監督から出されたペナルティゴール選択の指示を無視し、ピッチに立つ選手たち自らが判断して果敢にトライを狙いにいったことも、さらに興奮をかき立てた。

 ノーサイドの瞬間は各々がよろこびを爆発させた。店内にいるほとんどの人とハイタッチをした。酒の入ったグラスを合わせた。初対面でその人のことをほとんど知らないにもかかわらず、昔から顔見知りだったかのような錯覚を覚えた。文字通りの歴史的な瞬間を、ともに目の当たりにしたという共感はたまらない。
 一人で観なくてよかった。あのとき家を出て本当によかった。

 試合が終わったのは日付が変わろうとしている時間帯だった。当然その日は朝方まで飲み明かした。家に帰りたくない。一緒に試合を観た人たちとこの余韻に浸っていたい。高揚する気持ちのままに酒を飲んだが、何杯飲んだかは記憶にない。
 試合終了後すぐ、その余韻が残るなかで、間延びすることなく酒と試合結果に酔い続けられる。これがスポーツバーの醍醐味だと思う。
 その日の私はずっとご機嫌だった。


 そういえばウェールズでもスポーツバーに行った。
 1999年のW杯に日本代表選手として参加したときだ。首都カーディフに滞在中、夕食後にチームメイトと街に繰り出し、たまたまみつけたパブに入った。店内は、立ち飲み客で足の踏み場もないほどごった返しており、皆が皆、大いに盛り上がっていた。人混みをかき分けて店の奥へと向かっているとき、突然DJブースから「日本代表選手が来店してくれました!」というアナウンスが流れた。僕たちのことだ。拍手が起きた。ジャージを着ていたわけでもなく、自己紹介をしたわけでもないのに僕たちの顔を知ってくれていた。驚きを隠せなかった。

 驚いたのもつかの間に、顔を赤らめた陽気な人たちにあっという間に囲まれた。次々にビールが手渡される。紙コップに注がれた、ちょっとぬるめのビールだった。持ちきれないほどのコップを持ちながら、僕たちは片言の英語で会話を楽しんだ。
 さすが本場のイギリスだ。この街にはラグビーが根付いている。

 酒が進んでだんだん会話が弾んでくると、ある一人の男性からこっちへ来いと促された。奥まった場所にあるソファ席へと場所を移し、ぬるいビールをたくさん飲んだからか、やや膨満感を感じながらも、それでも飲み続けた。
 いつしか僕たちは彼らと肩を組んでいた。

 ほどよく酔いが回ってきたころだった。目がとろんとして、いい具合に酔っ払っているひとりの男性がおもむろに「俺たちでイングランドを倒そう!」と口にした。一瞬、英語力に乏しい僕の解釈が間違っているのかと思ったが、どうやらそうではない。
 この男性は、紛れもなく僕とチームメイトを含めて「俺たち」と言っている。
 とても不思議な感じがした。
 パブを後にしてホテルに帰る道すがらに、チームメイトと、あの言葉はどういう意味だったのだろうと言葉を交わした。

 過去の歴史が生んだ遺恨がまだまだ人々の心に残っているんやろうなあ。イングランドへの敵視は、はるか遠くの島国から来た僕たちすら味方に思えるほど、大きいんやな。白人と黄色人種で、明らかに見た目が違うのにね。
 いや、そもそもウェールズ国民にとってラグビーは特別なもので、どの国であってもそれをプレーする選手への敬意があるから身近に感じてくれたのかもなあ。

 いやいや、それはいささか考えすぎで、ホスト国としての単なるリップサービスだったかもしれへんぞ。格下の日本に対するおもてなし、というかなんというか。
 ま、でも酒の力って大きいよな。同じ時間を共有しながらともに酒を飲むことで、さまざまな垣根を越えられるのかもな。


 懐かしい思い出である。
 ちなみに海外のラグビーファンはとてつもなくビールを飲む。その量はサッカーファンの6倍で、2015年にイングランドで行われたW杯ではスタジアムとファンゾーンだけで190万リットル(ビール大瓶なら300万本以上!)が飲み尽くされたという。これにスポーツバーでの飲酒を加えると莫大な量になることは間違いない。それでいてファン同士が乱闘になったりしないところが実にラグビーらしい。

 酒とラグビーと男と女。私たちを熱狂させるものが、ラグビーにはある。
 チケットが手元にないみなさんは、ぜひスポーツバーでの観戦をお楽しみください!

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