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平川克美

平川克美/文筆家

人生の「後退期」もまた楽し。おもしろい話は家のまわりにいくらでも転がっている。 50歳を過ぎたあなたに届けたい達人の「住まい方」指南。

第12回 隣町通信①銭湯経済と微熱老人

 2014年の春、東京の南、五反田と蒲田を繋ぐローカル線(東急池上線)の沿線に、小さな喫茶店を開業した。場所は品川区の商店街の外れである。
 わたしが生まれ育ったのは、隣町の大田区。
 だから、[隣町珈琲]である。
 10人も入れば満席になってしまうような小さな店だが、1950〜60年代の音楽を流し、気軽に本が読め、窓いっぱいに雑誌がならんでいる。先日1周年を迎えたこの店には、毎日決まったお客さんが来てくれるようになっている。
 わたしは別に、ちいさな事業会社を経営しているが、その事務所も、喫茶店の2階に引っ越してきてしまった。狭いオフィスだが、喫茶店が会議室として使えるので、事務机が四つならべられれば仕事に大きな支障はない。
 毎日、朝、喫茶店で新聞を広げ、熱いコーヒーを飲んでから2階へ上がって仕事をすればよい。
 自宅は少しばかりはなれたところにあるが、書斎を同じ池上線沿線に借りてあり、ほとんどの日はその書斎に寝泊まりして[隣町珈琲]まで「出勤」してくる。
 最近では衰えてきた足腰を鍛え直すために、片道1時間ちょっと、歩いて出勤ということもしている。

 ところで、喫茶店から徒歩で3分のところに二つ銭湯がある。
 銭湯が近くにあるということは、わたしにとってかなり大事なことで、わたしはどこに引っ越してもまず銭湯を探す。
 仕事終わりに銭湯で汗をながし、喫茶店で冷たいものを飲んでから帰宅するという日課は、そりゃ誰が考えたって気持ちがいいものだろう。
 そういうことができるのなら、やってみたいものだと思っていたのだが、[隣町珈琲]で、それがすべて実現したかたちである。
 半径100メートルの生活。
 山手線に乗る必要がなくなった。

 昨年、ミシマ社から『消費をやめる』という本を出したが、出版間際のプロモーションでミシマ社のホームページに対談を掲載したことがあった。お相手はミシマ社社長の三島くんと担当編集者の星野さんである。
 そのときに、[隣町珈琲]での半径100メートルの生活の話をしたら、三島くんがえらく面白がって、それって「銭湯経済」ですね、と合いの手を入れてきた。出来あがってきた本を手に取ったら、タイトルは確かに「消費をやめる」だったが、そのタイトルの隣りに「銭湯経済のすすめ」という副題がついていた。
 三島くんはやることが大胆で、大雑把で、かつ素早い。
 わたしに似ていないこともない。

 昨年末、自由国民社から電話があって、「銭湯経済」という言葉を『現代用語の基礎知識』に掲載したいので取材したいといってきた。
 おいおい、マジですかと思ったのだが、面白がって銭湯経済とは何かについてひとしきり講義をしてしまった。
 現代のコモンプレイス(共有地)としての銭湯こそ、定常経済のための基地であると、わかったような、わからないような説明をした。いや、後付けだけど、確かに銭湯は、現代に残る唯一といっていい生活を共有する「場」であり、「わたしのものであって、わたしのものではない」ものであり、その「場」の中に入れば誰もが少し慎み深くなり、不快な隣人とも共生していかなくてはならないところでもある。
 2015年版、『現代用語の基礎知識』の巻頭特集ページの1頁全部を割いて、「銭湯経済」という「現代用語」が堂々と登場している。
 実際のところ、銭湯経済なんて言っているのは、わたしと三島くんだけなんだけど。


 さて、これからこの隣町珈琲を巡って、日々繰り広げられている「事件」について報告したいと思う。そんな報告聞きたかないよと言われるかもしれないが、「銭湯経済」が「現代用語の基礎知識」になってしまう時代である。
 実際に、何が起きるかわからない。
 それで、わたしも隣町珈琲のテーブルから見えてくる光景について、書き記しておきたいと思うのである。なぜなら、それが日本の未来を暗示しているかも知れないじゃないか。

 当たり前のことだが、お客さんのひとりひとりには、ひとつひとつの濃密な人生がある。カフェの店主と、お客の関係では仔細な詮索はご法度だが、それでも毎日顔を合わせていれば、そのひとの人品骨柄はもとより、歩んできた道の風景の一端が垣間見えることがある。

 Kさんは、75歳。この町で生まれ育ち、所帯をもって会社勤めをしていたが、年金生活になってつれ合いにも先立たれ、いまは独り暮らしをしている。楽しみは昼ののんびりとした時間の中での一杯のコーヒーと、毎晩のお酒である。
 その彼が、ある日を境に[隣町珈琲]に来なくなった。
 わたしも、店長の美奈ちゃんも、常連の栗田くんも、少し心配になった。
「ちょっと、様子を見てきましょうか」と栗田くんが言った。
「Kさんの家、知ってるの?」とわたし。
「いや、知らないんですけど」という返事が返ってきた。
 それじゃ、様子の見ようがないじゃないか。でも、皆がこうしてKさんのことを心配しているのである。

 ひと月ぐらいしてから、Kさんから突然店に電話がきた。
 電話をとったのは美奈ちゃんである。
 彼女によれば、Kさんは酔っ払って側溝に頭から転び、頭蓋骨骨折で、脳漿がこぼれてしまい、入院中であるとのことであった。
 誰か、お世話をしてくれるひとはいるのだろうか。
 わたしたちは、心配になって顔を見合わせた。
「何か欲しいものはないの」と電話口で美奈ちゃんが聞くと、「隣町珈琲のコーヒーが飲みたい」とうれしいことをいってくれたそうである。
 美奈ちゃんも、うれしくなり、早速、コーヒーを淹れて魔法瓶に詰めて、お見舞いに行った。

「どうだった」
「うん、だいぶまいっていたけど、いまはなんとか持ち直して、これからあとふた月、リハビリをすれば退院できるって」
 2カ月後、Kさんは酔っ払って、片足を棺桶に突っ込んで、運よく生還してきたのである。
「あのまま、死んじゃえばよかったよ」と軽口をたたいたが、案外正直な気持ちなのかもしれない。
 ぜい肉が落ちて、スリムになったKさんは、いまでも「塩」を摂る必要があるそうで、毎日何グラムかの「塩」を舐めて、コーヒーをすすっている。

 独り暮らしの老人が、身寄りもなく、歳を重ねていくと、先行きが心配になるのは当たり前のことだろう。
 ちょっと足を踏み外しただけで、この世とおさらばなんていうこともあるかもしれない。
 それ以上に、経済的に追い詰められていくということもある。
 社会的包摂なんていう言葉があるが、実際のところなかなか厳しい現実のなかで生きていかなくてはならない。
 隣町珈琲は、こうした老人を乗せた舟みたいなもので、どこの瀬に辿りつくのかは店主のわたしもよく分からない。遣る瀬のない世の中である。
 コーヒーをすすりながら、ぼんやりとこの「舟の遣る瀬」をかんがえているわたしの隣りで、Kさんは、舟を漕いでいる。
 居眠りをしているのである。

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