住ムフムラボ住ムフムラボ

平川克美

平川克美/文筆家

人生の「後退期」もまた楽し。おもしろい話は家のまわりにいくらでも転がっている。 50歳を過ぎたあなたに届けたい達人の「住まい方」指南。

第4回 喫茶「まがり角」

この回の後編はこちらから

<前編>
「おれは絵描きになるよ」
 喫茶「まがり角」で、武谷くんは確かにそう言いました。
 あのとき武谷くんが読んでいた本は矢内原伊作の『ジャコメッティとともに』という本でした。
 筑摩書房から出版されていたその本は、今は絶版になっており、入手するのが難しいのですが、わたしは何とか手に入れたいと思っていました。三十年ぐらい前ですが、神田の古本屋で売られているのを、偶然に発見したときには思わず声を出してしまいましたが、五万円の値札が付いていて当時のわたしには手が出ませんでした。
 絶版になったということは、それほど売れなかったということであり、古本屋で高値で取引されているというのは一部にどうしてもその本を手に入れたい人がいると言うことだろうと思います。
 読者は多くはないけれど、一部の熱狂的な読者を獲得している本。
 いつの時代にもそういう本があります。それはいつの時代にも、風変わりな思想や、アイデアに夢中になってしまう人間がいるということでもあります。
 いや、ジャコメッティが風変わりというわけではないんですが。
 しかし、その本から溢れ出てくる芸術家のオブセッションには、確かに普通ではない、わたしたちが知り得なかった強度があったように思います。

 フランスを訪れていた哲学者の矢内原は、画家のアルベルト・ジャコメッティと知り合い、そのモデルになることを約束します。
 帰国までの数日でジャコメッティが描き終わるだろうと考えていた矢内原は、それがとんでもない思い違いであることを思い知らされます。
 描いては描き直す日々が、来る日も来る日も延々と続き、矢内原は何度も日本行きの予約航空チケットを無駄にします。最終的には、このモデルの仕事は二百日を超えてしまうことになるのです。
 ひとつの作品ができあがるまでに、画家はどれほどの執念を燃やし続けなくてはならないのか。ジャコメッティにとって、絵画とは何なのか。そういったことを考えさせてくれる名著です。

 それまで、物理学者を目指していた武谷くんは、あの本を読んで自らの人生のすべてを、画家になるという夢に賭けようと思い至ったのでしょうか。
 ふつうは、そんなことは考えませんよね。でも、あの頃、つまりわたしの「工場のアジト」に集ってきた青年たちは、一様に肥大化した自我と自分の現実の卑小さとのあいだで身悶えていたのです。
 なんとか、その不安な日々から抜け出すために、どんなものでもいい、何かきっかけが欲しかったということでしょう。そのきっかけは、何か常軌を逸した強度を持った精神でなければなりませんでした。

 武谷くんが出会ったジャコメッティの本は、戦後民主主義が生み出した中産階級的なファミリーの二男坊というかれの「卑小な現実」から抜け出すためのきっかけになるには、十分でした。いや、十分過ぎるものだったということです。
 中産階級的な卑小さといいましたが、それが卑下するようなものではなく、様々な労苦の末の、あやういバランスの上で成り立っていた平安であったことがわかるのは、自分たちが家庭を持ち、老いを知る年頃になってからのことです。
 そこにある凡庸でささやかな日常というものこそ、大切な何かであると今なら納得できるのですが、当時は凡庸であることは、ほとんど侮蔑の対象であり、耐えられない苦痛でもあったのです。

 千鳥町駅前のカフェ「まがり角」で、「俺は画家になる」と宣言した直後、かれは本当に曲がり角を曲がって、夜の闇の中に消えていきました。おそらくは凡庸な日常から逃れて。
 結局それからの数年、かれは一枚の絵も描くことはありませんでした。
 ひとは、一枚の絵も描かなくとも画家になることができる。
 このとき、わたしはそれが何か発見でもあるかのように自分で納得したものでした。
 画家とは、商売ではなくて、生き方そのものだからだということなのですね。でも、いったい武谷くんは何を描きたかったのでしょうか。
 大井の三業地をふらふらしていたのは、何かを求めていたということだろうと思います。
 しかし、それが何であるのかは、かれが死んでしまったいま、本人に確かめることはできません。
 それでも、わたしには、このことがずっと引っかかっていました。いや、あれから四十年後の今日でも、ときどきそのことを思い出すほどです。
 だから、結局のところ武谷くんが何を描きたかったのかは、わからずじまいです。それでも、当時わたしは何とかそれを理解しようと思っていました。

 武谷くんの死を知ったのは、実はわたしの母からでした。
 かれの母親とわたしの母親は、何度か同じ町内会で顔を合わせていたようで、何かの会合のときに、何も事情を知らないわたしの母親が「そういえば最近遊びに来ないけれどお元気なのかしら」と聞いたらしいのです。
 それで、武谷くんが病院で死んだということを知らされて、びっくりしてそれをわたしに伝えたのです。
 びっくりしたのはわたしの方でした。

 わたしは武谷くんの死を知らされて、すぐに駅前の「まがり角」に向かいました。それは、かれの変化のすべての始まりが、「まがり角」にあったからです。
 わたしはその起点に引き戻されるように、そこに向かったのです。
 回転ドアを開けると、振り向いたちぐさちゃんと目があいました。
「こんにちは」と彼女はわたしに笑いかけました。
 わたしは、思わず目をそらし、うつむいたままテーブル席に座りました。
 ちぐさちゃんが注文をとりにきたときに、わたしは思い切って切り出しました。
「武谷が死んだよ」
 ちぐさちゃんは、ちょっと驚いた様子で、わたしを凝視していました。
 わたしはコーヒーを注文して、しばらく呆然としていましたが、ちぐさちゃんが再び近づいてきて思わぬことを言ったのです。
「知っていたわ。あれから、何度かかれに会ったから」
 それはどういう意味なのか、咄嗟にはわかりませんでした。この店でジャコメッティの本を読んでいるのを見てから、武谷くんはひと月ほど姿をくらましていた。
 再びわたしの前に姿を現したときは、殴られて顔を腫らしていました。あのときも、わたしはこの店に来て、ちぐさちゃんから、武谷くんの空白の一か月の話を聞いたのです。
 そしてわたしから金を借りるとまたどこかへ姿をくらましてしまい、わたしの工場のアジトには近づかなくなりました。

 浪人生のわたしは受験が近づいていて、さすがに遊んではいられなくなり、図書館に通い始めていました。それで、武谷くんとはなんとなく疎遠になっていったんだと思います。
 その後、二年ぐらいたってからでしょうか、なんでも精神に異常をきたして入院したという噂話は聞こえてきたのですが、わたしのほうからは特にそれを確かめようとはしなかったのです。
 しかし、その間、武谷くんはちぐさちゃんと時々会っていたらしい。
 わたしは、ちぐさちゃんの顔を見たくて、ほとんど毎日この店に来ていましたが、武谷くんとこの店で顔を合わせることはありませんでした。だから、店で会っていたといいうことではないようです。
「会っていた? それってどういうことなの」
「ねぇ、ちょっと出ない?」
 そう言うと、店の奥に消えていきました。

 暫くすると、カーディガンを羽織ったちぐさちゃんが店の主人であるお兄さんに何か告げてわたしに目で合図しました。
 わたしたちは、まるで恋人同士が喫茶店で待ち合わせて、これからデートに行くといった様子で、店を出て多摩川方面に向けて歩きはじめました。
 もともと、年上ですが、グラマーで色白なちぐさちゃんには憧れというか、密かな欲望を抱いていましたので、なんだかうれしいような、後ろめたいような気持がしました。
 十一月もあと数日で終わるという時期でしたが、青空が高く澄み渡った、あたたかい午後でした。
 心地よい風がちぐさちゃんの長い黒髪を揺らしていました。
 わたしは何だか陶然とした気持ちになっていたのですが、次の一言で一気に現実に引き戻されてしまいました。
「会っていたのよ。それもほとんど毎日」
「えっ。それってどういうことなの」
「かれが顔を腫らして帰って来た日のこと覚えているでしょう」
「うん、あのとき、ぼくの工場のアジトに現れて、ぼくから三万円借りて帰って行った」
「武谷くんを殴ったのは、わたしの兄だったのよ」
「わたしの兄? だってあれは大井町のその筋の店にいる女の連れだと教えてくれたのはちぐさちゃんじゃないか」
「そう、その筋の店の女って、わたしのことなのよ」
 わたしは、絶句しました。
 どういうことなのかを理解するまでには時間が必要でした。

<後編>
 わたしたちは、多摩川の土手の上を歩いていました。
 その間、犬の散歩をしている人たち数人がわたしたちを不思議そうに見ながら通り過ぎて行きました。
 年上の女から別れ話を切り出されて困っている男に見えたのかもしれませんね。
 確かにわたしは整理しきれない気持ちのやり場に困っていいたのです。
 多摩川の空き地では少年たちが野球をしており、打球音や、掛け声が風に運ばれて聞こえてきました。
 彼女の説明では、昼間は「まがり角」で働いていたのだが、夜は大井の歓楽街の店でアルバイトをしていたということでした。「まがり角」の店主である彼女の兄は、店で競馬のノミ屋もやっていたのですが、客から金を集めて、実際には馬券を買わずに、客に配当を渡していました。ほとんどの場合、配当はわずかであり馬券代のほうが大きかったのでいい稼ぎになっていたようなのです。
 通常は、大穴馬券の申し込みがあったときは、念のために実際に馬券を買っておいたのですが、このときは何かの都合で、そういうリスクヘッジをしないままになっていました。

 ところが、本命馬と有力馬がレース中に触れあってもつれ、ゴール前で有力馬が失速してしまい、とんでもない大穴が出てしまったのです。
 その馬券をマスターから買っていたのが、大井町のその筋の男でした。
 マスターは追い込まれ、窮地に立たされることになりました。
 そんな事情があって、ちぐさちゃんは、その男が関係している歓楽街の店で働いて、その上がりを、たったひとりの肉親でもある兄に渡していたのです。
 いや、本当かどうか、わかりません。
 こんな絵に描いたような話があることがわたしには俄かには信じることができませんでしたが、ちぐさちゃんは確かにそういう説明をしてくれたのです。そして、ある日ちぐさちゃんが働いている店に、武谷くんがやってきました。客としてではなく、従業員として雇ってくれないかと店主に懇願したそうです。
 何故かはわかりませんが、武谷くんは、他ではどこも自分を雇ってくれない。この店以外に行くところはない。住み込みで働かせてほしいと言っていたようです。

「それって、そこにちぐさちゃんがいることを知っていたから?」
「武谷くんは、わたしが店を上がって、大井の店に行くときにあとをつけてきたみたいなの。それで、わたしのいる店で働きたいと思ったそうよ」
 わたしは、ようやく納得しました。
 武谷くんは、あのとき、つまりジャコメッティの本に打ちのめされた日に、ほとんど同時にちぐさちゃんに恋しちゃったのです。
 なんなんでしょうかね。
 そこで、店を出たちぐさちゃんを尾行したのです。もちろん、ちぐさちゃんがどういう事情で大井の三業地に出入りするようになったかなんていう事情は知りません。ただ、一冊の本が、かれの性格のどこかを刺激して、かれに突飛な行動を起こさせたと言うことだろうと思います。それはまるで、ビリヤードの球が、次の球に当たり、それがまた次の球の行方を決めるような、不確かな偶然の重なりでした。
 武谷くんは、何とかその店に住み込みで働くことになったのですが、夜の世界でかれにできる仕事なんかありません。客引きのようなことをやらされていたのですが、まったく仕事にはならなかったようです。
 それでもかれは、ちぐさちゃんと同じ店で働くことができて幸せでした。ときおり、仕事終わりにちぐさちゃんと近所の呑み屋で話をするなんてこともあったようです。
 ちぐさちゃんは、武谷くんのことを不憫に思えて、何度も店をやめて家に戻るように説得していたようですが、武谷くんの方は、ちぐさちゃんに店をやめてどこかに逃げ出そうと言っていたそうです。逃げ出そうったって何処にも行けないし、どこか他所で生きていくような生活力があるわけでもありません。 
 武谷くんはいつか、絵を描いて生計を立てていくなんていう夢のようなことを言っていたようです。ある日、店の近くの呑み屋で、武谷くんが酔っ払って、ちぐさちゃんにもたれかかっていたところを、たまたま居合わせたちぐさちゃんの兄貴に見つかってしまいました。
 お前、何してるんだということで、もみ合いになったようです。

「ちぐさちゃんはお前のせいであんな店で働かなければならなくなったんだ」と武谷くんが言ったときに、マスターの方も逆上して、それで武谷くんになぐりかかったのです。
 そのときは、もう、何だか絶望的になっていたんですね。武谷くんは、マスターに借りていた三万円をたたきつけたかったのですが、悲しいかなそのときは一文無しでした。
 そのまま無言でマスターを睨み付けていましたが、ふっと店を飛び出してしまったということです。その後、どこをどう彷徨ったのか、町を歩いていたようですが、気がつくとわたしの工場のアジトの前にいました。
 わたしたちにとって、喫茶「まがり角」は、まさに人生の曲がり角のような危険な場所でした。店自体は、わたしたちの日常の延長に存在しており、誰でも容易にその回転ドアを開けて中に入ることができます。
 そして、コーヒーを飲んで、ひと時を過ごして、また店を出る。そういうことなら、そこにはどんな危険もありません。ただ、ある物質と、ある物質が混ざるときに、突然化学反応が起きて、大きなエネルギーが生まれるように、「まがり角」という場には、いくつかの偶発的な出来事を呼び寄せる磁力があったのです。
 武谷くんはその磁力に呼び寄せられるようにして、一冊の書物と出会い、それが引き金となって一人の女性に運命的なものを感じ、さらにそこから曲がり角を曲がって日常の裏側に出てしまったのです。
 ほんの一跨ぎ、武谷くんは踏み外し、本来かれがいるべきでない世界に足を踏み入れてしまったのです。
 しかし、その世界からなかなか抜け出すことはできませんでした。
 それは、やはりそこにちぐさちゃんがいたからです。
 それからも、同じようなことが何度かあったようですが、武谷くんは店を辞めて、何処にも行くところがなくなってしまったようです。家に戻ってからは、なんだか抜け殻のようになってしまい、そのうち、少しずつ様子がおかしくなっていったということです。


「おい、そろそろいくか」という声が聞えて、わたしは一瞬自分がどこにいるのかわかりませんでした。
 わたしと、K場、I坂は大井町から歩きはじめて、旧東海道の蕎麦屋で呑んでいたのでした。
 そして、わたしはちょっと飲み過ぎてそのまま眠ってしまったのでしょうか。そのときに、ゆめうつつで、武谷くんとちぐさちゃんの物語が頭の中を去来していたようです。
 錆色の町で起きた、錆色の記憶は苦々しいものでした。
 わたしは、頭を振って、その記憶を振り払うようにして、K場、I坂の後に従うようにして、蕎麦屋を出て歩きはじめました。

コラムニストから選ぶ

PAGETOPへ