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仲野 徹

仲野 徹/大阪大学大学院医学系研究科教授

大阪が生んだ「世界一おもろい生命科学者」が、みんな知ってるようで意外に知らない「カラダと健康」についてフレンドリーな語り口で明らかにしていきます。

第12回 酒は呑んでも呑まれるな。

 ♪お酒呑むな酒呑むなの御意見なれど ヨイヨイ 酒呑みゃ酒呑まずに居られるものですか…♪

 半世紀以上前に流行った(らしい)「ヤットン節」の歌詞である。ある程度以上の酒飲みで、この歌詞に異論をはさむ人はおられるまい。

 かつてアルコール依存に苦しまれたコラムニスト・小田嶋隆氏に「ビールに適量はない。飲み足りないか、飲み過ぎるかのどちらかなのだ。」という名言がある。内田樹氏は、この文章について「酒について書かれた警句の中で私が最も納得したものの一つである。」と評している。

 完全に同意である。ビールだけではない。どんな酒を飲んでも、翌日、「おぉ、昨日の飲酒は実に適量であった」と思うようなことはめったにない。たいがいは、「もっと飲みたかったなぁ」か、「あっちゃ~、またやってしもたぁ」のどちらかなのである。

 この『(あまり)病気をしない暮らし』も十二回を数え、そろそろネタが尽き気味になってきた。愛読している(とウソでもいいから言ってくれている)知人たちに、なんかええネタないやろか、と尋ねたら、「センセ、まだお酒のこと書いたはらへんのとちがいます?」と言われた。

 おぉ、そうであった。
 なんでそんなことに思いいたらなかったのでありましょうか。お酒があまりに身近であるからから空気のようなものだからでありましょうか。それとも、誠実な市民として、酒は体に悪いと思いながら、あっちゃ~的飲み方をやめられないということに対する恥じらいからでありましょうか。

 さすがに歳をとってくると、酒の上での失敗というのは減ってきたような気がする。いや、ひょっとしたら、酒で失敗するということに慣れてきた、あるいは、失敗したことすら記憶に残らなくなってきたせいかもしれん。
 ということで、今回は、心からの反省をこめながら、アルコールについて書いてみようと思います。


 いわゆる酒酔いというのは、アルコールそのものの効果であって、脳の機能がちょっと低下し、抑制がとれて軽い興奮状態になる状態である。
 アルコールは主として胃や小腸の上部、すなわち、消化管の比較的入り口に近いところから吸収されるので、吸収は比較的速やかで、飲んでから1~2時間とされている。空腹時にお酒を飲むと一気に酔いがまわることからわかるように、アルコールの吸収速度は、食べ物の有無や種類によって影響される。

 比較的速やかといっても、飲んですぐに吸収されるわけではない。だから、アルコールの血中濃度があがる前に、どんどんとお酒を飲み進めることになる。 
 もちろん、飲んでしまったアルコールは吸収されるしかないのであるから、お、酒がまわってきたかな、と思う時にはすでに飲み過ぎ、あるいは、飲み過ぎたことすらわからなくなってしまっていたりする。トホホ、いろんなことが思い出されて、書いてて恥ずかしいわ。

 いつまでもアルコールが血中に留まるわけではない。アセトアルデヒドという物質に代謝される。このアセトアルデヒドというのがくせ者なのである。アルコールが気持ちよくさせてくれる効果であるのに対して、心拍数の増加、頭痛、吐き気、発汗、顔面紅潮といった、お酒による楽しくない作用のほとんど、さらには酒飲みの大敵である二日酔いもアセトアルデヒドのせいなのである。

 もちろんアセトアルデヒドも代謝される。アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)というありがたい酵素様のおかげをもって、酢酸へと分解されていくのだ。
 ちなみに、このあたりのアルコールに始まる代謝はおもに肝臓でおこなわれる。

 ALDHの活性には、GG、AG、AAと、遺伝的に決定された三つのタイプがある。GGタイプの人はアセトアルデヒドを速やかに代謝できるので、不快な思いをすることが少ない、いわばお酒に強いタイプである。それに対してAAタイプの人はアセトアルデヒドを分解する能力がほとんどなく、酒を飲むと苦しくなるので、下戸にならざるをえないタイプである。そして、AGタイプがその中間。

 西欧人はすべてGGタイプであるのに対して、日本人を含むモンゴロイドはAAが5%、AGが45%くらいとされている。お酒なんか飲まないに超したことはない、とは思うものの、遺伝的に全然飲めないというのはちょと悲しいような気がしてしまう。
 しかし、GGタイプだといいというものでもない。アルコール依存症になるには、大量のアルコールを摂取せねばならない。したがって、AAタイプの人はなりたくてもなれない。逆に、アルコール依存は明らかにGGタイプに多いのである。


 アルコール中毒、英語では『alcoholism』という。この『-ism』というのは、どうにもとらえどころがなくて、ピンとこない。広辞苑で『イズム』をひくと「主義、説」とある。『イズム』の一般的なイメージはそんなところだろう。マルキシズム(Marxism)はマルクス主義だし、ダーウィニズム(Darwinism)はダーウィン説だ。

 ちょっと調べてみると、「状態」をさすこともある、ということなので、アルコホリズムはその範疇と思えばええのかもしれない。でも、それを直訳したら、アルコール状態、って、こわすぎるがな……。医学的には異常な状態をさして「症」と訳されることもある。「アルコール症」は悪くないかも。

 医学書をひもとくと、アルコホリズム=アルコール中毒には急性と慢性がある、とされている。急性アルコール中毒というのは、ご存じのように、アルコールを短時間に大量に摂取したため意識レベルが低下し、脳幹部まで麻痺がおよんで呼吸や心機能が停止してしまいかねない恐ろしい状態だ。

 命にかかわる危険性もあるので、一気飲みなどもってのほかだ。いまはなくなっているはずなのに、時々新聞に載ったりすることもある。かつては大学に入ったら飲酒するのは当然という風潮があったけれど、今は違う。
 学生の飲み会などに行くと、とりあえず、未成年は飲むなという挨拶をしなければならん時代なのである。教授が、未成年と知りながら学生にアルコールを勧めて事故になったりしたら、首が飛びかねない。


 さて、お次は、慢性アルコール中毒。と言いたいところであるが、いまでは、正式名称は慢性アル中ではなく、アルコール依存症である。中毒を、これまた広辞苑でひくと「飲食物または内用・外用の薬物などの毒性によって生体の組織や機能が障害されること」とある。
 急性アルコール中毒は、定義からいっても中毒である。が、確かに、「慢性アルコール中毒」というのは、アルコールそのものの直接的な作用ではないから、中毒というのはおかしい。

 それに、アルコール依存症というのは、意思が弱くてアルコールをやめられないためになるのではなくて、薬物依存の一種ととらえられるようになってきている。ということで、アル中などという差別的な用語は使ってはいけいない時代になっておることを、皆さん正しく認識しておきましょう。

 亡き夫・鴨志田穣が強烈なアルコール依存であったため“日本で一番有名なアル中の家族”として苦労した漫画家・西原理恵子は、アルコール依存などというマイルドな言葉ではなくて、やはり「アル中」という言葉がふさわしいと主張している。
 その西原が、アルコール依存症を正しく世間に知らしめるために著した本、鬱病と仕事のストレスからアルコール依存になった“日本で一番有名な生きてるアル中漫画家”吾妻ひでおとの対談、『実録! アルコール白書』(徳間書店)は一読に値する。

 この本を読むまでは、アルコール依存症というのは、ずるずるとお酒を辞められない病気だと思っていた。たぶん、多くの人はそういう認識だろう。しかし、西原の説明は違う。大量の飲酒をしているうちに、「ある日、その人にだけ、お酒が覚醒剤になる病気」なのだそうだ。

 覚醒剤はやったことないけど、なんとなくわかったような気がする。アルコール依存症というのは、いわば、コンビニで200円も出せば覚醒剤が手に入るといったような恐ろしい状況になるのである。いったん断酒できても、ふらふらっとお酒を手に入れてふたたび飲酒すれば、その状態が戻ってきてしまうという。恐ろしすぎる。

 相当飲むけど、アルコール依存症なんか関係ないわ、と思っている人がほとんどだろう。しかし、厚労省研究班の推計では、アルコール依存症者と予備軍が300万人近くいるとされている。ホンマにそんなに多いんですか? う~む。 
 念のため「アルコール依存症チェック」でネット検索して、チェックして見ていたら、私なんかまったくそんなことないはずやのに“要注意”。ひぇ~。心当たりの皆さんもぜひお試しください。


「酒は百薬の長」とか言われるけど、酒飲みの戯言に違いないと思う。すごい長寿のじいちゃんが、長生きの秘訣は毎日飲むお酒、とか言うたりしてた、という反論もあるかもしれませんが、却下。そんな特殊例でモノ言うたらあかん。 
 それに、うんと長生きできるような人だから、毎日飲んでても死ななかっただけかもしれんし。

 適量のお酒は寿命を延ばす、という説もあるようだが、最初に書いたように、適量のお酒で我慢できるような人はごく少数のはずだ。
 それに、そんないけすかん輩は、きっと意思が強いはずだ。だから、お酒以外でも、無理をしないとか、節制に努めるとか、体にいいことばっかりしてるに違いない。そんなライフスタイルやから長生きしとるだけで、アルコールの量と関係ないんちゃうんかっ!といいたくなる。

 ある研究によると、アルコールによる事故や病気、労働損失などによる社会的損失は年間4兆円以上に達するという。またもや、ホンマかいなの数字である。
 ま、やめようと思ってもやめられるわけでなし、こんなこと気にして飲んでもおもろないし、今日もぱ~っといてこましたろか。と、いうようなことはせずに、今日だけは断酒してみてはどうでしょう。

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