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仲野 徹

仲野 徹/大阪大学大学院医学系研究科教授

大阪が生んだ「世界一おもろい生命科学者」が、みんな知ってるようで意外に知らない「カラダと健康」についてフレンドリーな語り口で明らかにしていきます。

第9回 自分の「ゲノム」を知りたいですか

 ゲノムという言葉をご存じだろうか? そんなん聞いたことがない、という人は少ないだろう。しかし、いざ何かと聞かれて説明できる人は多くないだろう。そんなもん知っててなんぼのもんやねん、と思われるかもしれない。しかし、近いうちにそれではすまなくなる。

 もうすぐ、個人のゲノムを千ドル、たった10万円程度で調べることができるようになる。そして、膨大なゲノム情報が蓄積されていく。その結果、医療というものが根本的に変わる可能性がある。今回は、そのあたりを簡単に説明してみたい。

 ややこしくなるので、ヒトのゲノムにしぼりこんで話をしていく。いくつかの定義があるけれど、ゲノムとは、我々がもっている「全遺伝情報」と考えるといちばんわかりやすい。概念的にはそれでいいのだが、つっこんで理解するには、DNAとは何かを知らなければならない。

 DNAという言葉はCMなどでもよくでてくるし、ゲノム以上によく耳にする言葉だ。さて、その本名を知っておられるだろうか? デオキシリボ核酸、その英文名称deoxyribonucleic acidの略語だ。わ、ややこしそう、それはわからんと、ここであきらめてもらってはいけません。ちゃんと説明していきますから、しばしおつきあいを。


 遺伝というのは、いうまでもなく、親から子へといろいろな「形質」が伝わる現象である。その法則を見つけ出したのは、ご存じグレゴリー・メンデル。その遺伝を司る物質がDNAであるということは、1944年にオズワルド・エイブリーによって明らかにされた。

 いまでは、どの教科書にも、DNAが遺伝物質であることはエイブリーによって発見されたと書いてある。しかし、その画期的な論文はすんなり受け入れられた訳ではなかった。遺伝というのはものすごく複雑な現象だ。そのような現象を担う物質は、複雑な三次元構造をとるタンパク質に違いないと思われていたから、エイブリーの発見はなかなか受け入れられなかったのだ。

 タンパク質に比べると、DNAの構造は単純である。アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)という四つの塩基が、いろいろな順番で次々と鎖のように並んでいるだけ。生体内に存在するDNAは、一本の鎖ではなく、二本の鎖が対(つい)をなしている。その対、塩基対、にはルールがあって、Aの相方がT、Cの相方がGである。

 ジム・ワトソンとフランシス・クリックによって発見されたDNAの「二重らせん」というのは耳にされたことがあるだろうか。DNAは、その二本鎖がらせん構造をとっているのである。このようにDNAの構造は単純であるが、一個の細胞に含まれる塩基対の数は膨大だ。


 ここでようやくゲノムの話にもどる。さて、ヒトゲノム、すなわち、ヒトの細胞一個一個が持っているDNAの塩基対はどれくらいあると思われるだろうか。なんと、おおよそ60億もある。ようやく結論。60億ものACGTの並び方によってもたらされる遺伝「情報」こそが個人のヒトゲノムなのだ。

 ついでに言っておくと、細胞あたりのDNAの長さは2メートルにもおよぶ。そのDNAが46本の染色体に分かれて、直径数マイクロメートル(1ミリの数百分の一)程度の直径しかない細胞核に収納されているわけである。

 10年ちょっと前に、ヒトゲノム、その60億塩基対の並び方が、ホワイトハウスで高らかに発表された。その研究には、およそ3千億円が必要であったとされている。その後、文字通り革新的な技術開発があって、もうすぐ、たった10万円程度でできるようになるのである。

 さて、自分のゲノムを解析すれば何がわかるのだろうか。

 その前に、個人間でゲノムにどれくらいの違いがあるかについてふれておこう。チンパンジーとヒト、近縁とはいってもずいぶんと違う生き物だ。しかし、両者のゲノムの差異というのは、わずか2%でしかない。もちろん個人間での違いになるともっと小さくて、わずか0.1%ほどでしかない。しかし、その違いが、いろいろな影響をおよぼすのである。

 氏か育ちか、ではないけれど、人間の「形質」というのは、先天的な素因=遺伝的な要因と、後天的な素因=食物も含む環境的な要因、によってできあがっていくことは明らかだ。しかし、両者がどの程度ずつ影響しているのかを正確に見極めるのは難しい。たとえば、眼の色などは、ほぼ遺伝的な素因だけで決定されているのに対して、背丈や知能となると、遺伝的な素因もあるけれど、後天的な要因も大きい。


 ゲノム解析でいちばん興味のもたれているのが、ゲノムと病気との関連である。病気にも、遺伝が大きく影響するものもあれば、あまり影響しないものもある。一個の遺伝子の異常によって発症するような遺伝性疾患、たとえば、まれな疾患であるがハンチントン病などは、どちらかの親が発症すれば、50%の確率で子どもに遺伝して発症する。こういった疾患はわかりやすい。

 わかりにくいというか複雑なのは、遺伝的な影響もあるが、それだけでは説明できないような病気である。糖尿病、高血圧、アルツハイマー病、がん、動脈硬化、アレルギー疾患、自己免疫疾患、などなど、そのような病気の方が、ハンチントン病のようないわゆる遺伝性疾患よりもはるかに多い。

 ゲノムを調べれば、そのような病気の「なりやすさ」がわかるのである。おぉすばらしい、それなら知りたい、と思われるかもしれない。が、多くの疾患では、ゲノム情報による「なりやすさ」の予測値というのが微妙なのだ。

 ここで、また、用語説明をひとつ。一卵性双生児以外は、それぞれの個人でゲノムは異なっている。だから、標準的なヒトゲノムというものを考えると、各個人のゲノムは、それから少しずつ変異がある、ということになる。その変異は突然変異と言ってもいいのだが、その比率が、全体の人口のおよそ1%以上あるような場合には、突然変異とよばずに遺伝子多型という。で、ゲノムをしらべて「ある遺伝子多型があれば、この病気にこれだけなりやすくなる」という言い方がされる。

 なかには、アルツハイマー病のように、ある遺伝子多型を持つと発症する率が数倍になる、というものもある。しかし、これまでわかっている多型と疾患の関係でいうと、糖尿病や高血圧など多くの病気で、30~40%なりやすくなる、ということがわかる程度なのだ。30~40%の割合でこれらの病気になる、というのではない。その多型を持っていない人にくらべると3~4割なりやすくなる、というだけなのだ。

 ほかにもゲノムでわかることがある。背が高くなる素因があるとか、チャレンジングなことをやりたがる性格である可能性が高い、とか。でも、そんなもん、知ったところでたいした意味はない。身長や性格そのものが重要なのであって、わざわざゲノムを用いて説明してもらってもしかたない。

 もちろん、糖尿病になりやすい、とかがわかったら、より節制に励みやすいかもしれない。しかし、これとて、ゲノムを知るとか知らないとは関係なく、節制したほうがいいに決まっているのである。人によるだろうが、逆に、そういう素因がないから、ちょっとくらい不摂生してもええねん、と思ってしまう危険性もある。

 アルツハイマー病になりやすい、という多型を持っている場合はどうだろう。残念ながら、確実な予防法がないのだから、心配が増すだけだ。ちょっと物忘れをしたら、すわアルツハイマーか、と、気になってしかたなくはないだろうか。それってかえって不幸じゃないのか。


 もう一つ覚えておかなければならないのは、決して有利な情報ばかりではないことだ。多くの人は、自分は健康で正常、と思ってゲノムを調べるかもしれないが、予想もしなかった異常な遺伝子を持っている可能性は十分にある。

 すこし違った観点から考えてみよう。大人になってから、背が高くなりやすい、とか、挑戦しやすい、とかがわかってもたいした意味はない。しかし、子どもが生まれた時、その子にどんな特性があるか、知りたくならないだろうか。現状では夢物語だが、運動ができそう、とか、頭がよさそう、とかいうことがわかるようになるかもしれない。

 10万円くらいなら、出産祝いにゲノムをしらべて、その子のゲノム特性に沿った育て方をしてみたくなるかもしれないし、たしかに効率的なような気もする。しかし、ここにも問題がある。ゲノムというのは究極の個人情報である。自分の子どもだからと言って、ゲノム情報を得る権利が親にあるのかどうか。それに、ゲノム情報に沿って育てられた子どもが、大人になった時、自分のゲノムを知りたいと思うとは限らない。

 メリット、デメリットがあるとはいうものの、ゲノムを調べる人の数は増加の一途をたどるだろう。そうなると、ゲノムと疾患について、より詳細なことがわかってくる。医学の進歩としてまことに結構なことである。が、そうなると、また、違う問題が生じるのではないかと指摘されている。

 現時点では禁止されているが、ゲノム情報によって、保険の掛け金などがかわってくる可能性である。ゲノムを調べていない人コース、と、ゲノムを調べた人コース、ができるかもしれない。ゲノムを調べたからといって、保険料が安くなるとは限らない。ひょっとすると、ある病気になる率が高すぎるので、保険にはいれないようなことも生じかねない。


 さて、どうだろう。10万円でゲノムを調べるというのは、単に10万円でモノを買うというのとは、まったく違ったことだということがおわかりいただけただろう。ゲノムを知るというのは、自分の設計図を知るということではあるが、困ったことが設計図に潜んでいる可能性もあるのだから。

 このように、ゲノムを調べるかどうかには、かなりの知識と判断を必要とする。さて、あなたはゲノムを調べようと思うだろうか。ややこしいし、とりあえずパス、と、思われるかもしれない。しかし、いずれ、周りの人がどんどん調べだした時も、そのままでいられるだろうか。

 10万円払って自分のゲノムを調べたら、当然、元をとりたくなるだろう。医学部の学生には、いつも言っている。「君らが一人前になるころには、患者さんがUSBメモリーを持ってきて、『先生、私のゲノムこんなんですねん。どないしたらいちばんええか教えてぇや』と言ってくる患者さんがたくさん来るようになる」と。

 そんなことを聞かれても、どこから説明していいかわからないだろう。DNAやゲノムについて、診察室で一から説明してたらキリがない。そういう時代になるのがわかっているのだから、中学校くらいから、生命科学の基礎を教えなければならないのではないかと考えている。

 おおざっぱな言い方になるけれど、ゲノムを知るということは、自分の健康未来を、あくまでもある程度ではあるけれど、予想する、ということだ。ゲノムを知りたいと思うかどうか、というのは、偶然性にかけるか、未来を少し覗いてみたいか、と言い換えることもできる。ただ、覗いたところで、その未来が明るいとは限らないというのが問題なのである。

 さて、どうだろう、あなたは自分のゲノムを知りたいだろうか。どこにも正解はない。歳をとったり、家族が病気になったりしたら、考え方が変わるかもしれない。しかし、自分で理解して、自分の責任で考えなければならない時代はそこまできている。


※もっと知りたい方は、ぜひケヴィン・デイヴィーズ著『1000ドルゲノム:10万円でわかる自分の設計図』(創元社)をお読みください。かなり高度なことまでわかります。

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