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仲野 徹

仲野 徹/大阪大学大学院医学系研究科教授

大阪が生んだ「世界一おもろい生命科学者」が、みんな知ってるようで意外に知らない「カラダと健康」についてフレンドリーな語り口で明らかにしていきます。

第6回 ダイエット「入門」の達人:その1

「禁煙ほど簡単なことはない。何度も成功したのだから」という古典的ジョークがある。いうまでもないが、禁煙というのは始めるのはやさしいけれど、継続するのが難しい、ということがベースにある。

 禁煙を一度で成功させた人と、禁煙を何度も成功したことがある人、どちらを「禁煙の達人」と呼ぶべきだろう。達人というのは、「技芸・学問の奥義に達している人」を言うのである。たった1回しかやったことがないような者を達人というのは、いささかおかしい。何度も何度も挑戦して、ようやく永続的な禁煙生活にはいった人をこそ「禁煙の達人」の名にふさわしい。

 さて、今回のテーマ「ダイエット」である。ダイエットは、ある意味、禁煙よりも高度だ。禁煙グッズについては、古くはそのCMが一世を風靡した禁煙パイポからニコチン依存を治療するための医療用ニコチンパッチまでいろいろとあるものの、所詮、タバコを吸わないという一点に行為は集中する。それに比べると、方法論としてのダイエットのバラエティーはじつに幅広い。

 カミングアウトすると、わたしはダイエットが好き、いわばダイエットフェチなのである。話題のダイエット法を耳にすると、ついやってみたくなる。もちろんどんなダイエットにも手を出すわけではない。高い道具を買わなければならないようなダイエットには手を出さないし、怪しげなお薬を使うようなダイエットもやらない。

 それはあかんやろう、という、どう考えても科学的根拠に乏しいダイエットもやらない。たとえば、と言いたいけれど、いろいろと軋轢があるといかんので、実例はあげないでおきます。弱気ですみません。他に、たとえ痩せるとしても、栄養バランスが悪くて長く続けられそうにないもの、たとえば、単一の食物をひたすら食べ続ける、というようなダイエットもやらない。

 これまでに10種類ほどのダイエット法を試みてきたが、ほとんどは短期間でやめてしまっている。効果がなくてやめたものもあれば、効果はあるけれど、飽きたというか、いつの間にかやめてしまったものが多い。

 しかし、である。15年ほど前の最盛期は87~88キロあった体重が、いまは81キロ前後、20代の頃と同じくらいの体重で落ち着いている。一時は70キロ代まで減っていたので、すこしリバウンドしてはいるのだが、肥満の尺度として重視されるBMI値=体重(㎏)÷{身長(㍍)×身長(㍍)}が、ぎりぎり24ポイント台に保てているので、えらそうにダイエット成功者と自己評価している。

 ふっふっふ。そう、ダイエットの達人と自称してもいいかもしれない。が、それはさすがにおこがましい。むしろ、ダイエットそのものよりも、いろいろなダイエット法への入門を得意にしているので、「ダイエット“入門”の達人」という称号こそがふさわしい。ということで、ようやく本題にはいっていきます。

 といいながらも、またちょっと寄り道。よく思うのであるが、ダイエットと英語学習には共通点がないだろうか。だれもがやりたいと試みるが、なかなかうまくできない。そして、どちらにも王道がある。

 ダイエットの王道は食餌制限と運動によるカロリー消費。英語学習の王道は、単語と構文をきっちり覚えることと実地の修練。やればいいのはわかっているが、どちらも地道な努力であって、いささか難しい。だから、巷間、いろいろなダイエット法が編み出されるし、次々と英語教材も生み出されてくる。

 自然科学系の研究者にとって研究成果を国際学会で発表したり、論文を書いたりするのに英語は必須である。そのこともあって、英語学習にはたいがいなお金と労力をはらってきた。能力がないからだと言われればそれまでだが、多大なる時間とお金を使って、この程度しか英語ができないのかと思うと情けなくて涙がでることがある。

 あくまでも主観的には、であるが、両者には共通点があるというものの、ダイエットの方がまだしも許せる、というか、はらう努力に対する報酬としては大きいような気がする。では、うまくいったダイエットの秘訣を開陳しよう。残念ながら、それはやはり王道なのである。

 ダイエットには食餌制限、というのは常識化しているし、正しい。けれど、意外なことに、食餌で何を制限すればいいのかについて完全にわかっている訳ではない。一般的にはカロリーを制限することが重要とされている。しかし、それに対して、カロリー制限よりも炭水化物が悪い、という説もある。

 そんなこともわかっていないのかと思われるかもしれないが、これを厳密にしらべる研究というのはかなり難しい。研究のアイデア自体は単純だが、いざ実行するのがたやすくない。被験者には、数ヶ月にわたって、カロリーや炭水化物をきちんとコントロールして食べてもらわなければならない。それに、個人個人でライフスタイルや運動の量が違うので、そういったことが標準化されたデータをとるには、かなりたくさんの人に参加してもらうことが必要になる。

 もうひとつの常識として、運動すれば痩せる、というのがある。しかし、これとて必ずしも正しくない。驚くなかれ、きちんとした医学雑誌に、運動する方が運動しないよりも太る、という論文が出ているのだ。この逆説的な論文を知ったときは、ちょっとした衝撃をうけた。

 間違えてもらってはいけないのであるが、運動してカロリー消費をあげるだけならば、ダイエットにしっかり役立つ。しかし、自らのことを思い出していただきたい。運動した後に、つい自分を甘やかしたりしないだろうか。運動して汗をかいたからビールを飲もう、とか、ちょっとカロリーとばしたから甘い物を多めにいただこう、とか。

 もちろん、そういうことなく、聖人君子のごとく、運動をした後でも、運動をしなかった日と同じように飲み食いするのなら痩せていく。が、悲しいかな、ふつうの人間はそのようにはできていない。

 体重60キロの男性が、時速10キロで1時間走る、あるいは、しないと思うけど2時間ラジオ体操をしても、消費カロリーはたかだか550キロカロリーほどである。一方、ビール大瓶1本は250キロカロリー。そこへピーナッツを50グラム食べたら300キロカロリー。少々運動しても、食べ物のカロリーは恐ろしい。あっという間に元の木阿弥なのである。

 わたしもそうだった。まずは、体重を減らそうとジムに通い始めた。太りはしなかったのであるが、痩せもしなかった。医学論文など読まなくても、自分でわかった。運動の後に飲むビールと食事の量が明らかに増えていた。で、それをすこしがまんした。そうしたら、体重が減り始めた。しかし、ほんとうにわずかであった。

 そこで科学者として考えた。というほどたいそうなことではない。なぜそれまでそんな単純なことがわからなかったかと言われそうだが、ビールが悪いということに、はたと気がついたのである。

 もうひとつカミングアウトすると(というほどのことはないが)、ビールが大好きなのである。どれくらい好きかというと、ドイツに留学時代、同僚から、プロフェッショナル・ビア・ドリンカー、と誉められてというか、呆れられていたほどなのである。

 26〜27歳のころから、ジム通いを始めたころまでずっと、ビールを飲まない日はなかった。毎晩、すくなくとも大瓶を1本。平均したら2~3本は飲んでいた。減らそうと思ってもなかなか減らせなかった。

 科学的思考の基本のひとつは、いろいろなことを分析的に考えることである。ビールの何が好きかを考えてみた。

 苦み? ちがう。泡のない苦い茶色い液体を飲もうとは思わない。
 泡? それも違う。泡だけ味わってもむなしすぎる。
 のどごし? たぶんそれ。そう、ビールの成分のうち、炭酸が好きであると気づいたのだ。

 毎晩の飲み物をビールから炭酸水に変えた。みるみるうちに体重が減っていった。ビールだけで1日500キロカロリーの減。それに、ビールを減らすと食べる量も減った。そのうえ、ビールは何日かに1回飲む方が美味しいこともわかるというおまけまであった。

 ちょいと特殊なケースかもしれないが、日課的晩酌ビール肥満の人にはおすすめである。できそうにない、と思われるかもしれないが、冷蔵庫にビールを入れず、かわりにソーダを入れるようにすればいいだけである。ビールよりもソーダの方が安いというメリットもある。

 もうひとつ。そのころから続けているのは、毎朝体重を測って記録することである。これは体調管理にも抜群なので、みなさんにオススメしたい。

 とりあえず、王道をあゆんだダイエット成功体験を書いたところで、紙幅(ネット上でも紙幅というんでしょうか…)が尽きてしまいました。次回は、うまくいかなかったダイエットを中心に紹介するつもりです。うまくいった話よりも失敗の方がおもしろいからお楽しみに!

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