住ムフムラボ住ムフムラボ

仲野 徹

仲野 徹/大阪大学大学院医学系研究科教授

大阪が生んだ「世界一おもろい生命科学者」が、みんな知ってるようで意外に知らない「カラダと健康」についてフレンドリーな語り口で明らかにしていきます。

第4回 「大きく息をはいてみよう」

 生物(なまもの、ではなくて、せいぶつ)、あるいは、「生きている」ということを定義するのは意外と難しい。
 細菌には嫌気性菌といって、酸素があると死んでしまうようなものもあるけれど、動物や植物では「生きている」ということと「呼吸をする」すなわち「酸素をとりこんで二酸化炭素をはきだす」ということには密接な関係がある。

「生きる」の語源のひとつに、「息をする」があるとされているほどだ。実際、人間、呼吸をしなければ死んでしまう。ふだん、起きていても寝ていても、意識することなく息をしつづけている。
 とはいうものの、呼吸というのは随意運動であるから、意識的に止めることができる。もちろん、それには限界がある。

 さて、はたして、人間はどれくらいの間、息を止めておくことができるのだろう?
 この秋に報道されたニュースを見ておどろいた。なんと、クロアチア人のダイバーが更新したという世界新記録は22分30秒。

 リュック・ベッソン監督の『グラン・ブルー』という映画をご存じの方も多いだろう。素潜りでどれだけ深く潜れるかというフリーダイビングをめぐる若者たちの映画である。
 かつて、生理学者は、50メートル以上の深さまで素潜りすると、肺がくしゃっとつぶれてしまうと主張していた。しかし、学者のいうことなどあてにはならない。
 その説が誤りであると勇気をもって示したのが、ジャック・マイヨールであった。そのジャック・マイヨールが、ジャン・レノ演じるエンゾ・モリーナと競いあうというセミ・フィクションがグラン・ブルーだ。

 フリーダイビングのいろいろな競技は、無呼吸を意味するアプネア=apneaという名前で総称されている。文字通り、息をせずに、どれだけの距離を泳げるか、どれだけ深く潜れるか、などを競うものだ。
 その競技をとりしきるAIDAという国際組織がある。
 AIDAの素潜り競技には、フィンをつけて潜るとか、重りを持って潜るとか、いろいろな種目がある。ノーリミッツという、乗り物を使って急速に潜降する競技では、水深214メートルが記録だというからすごい。
 それくらい深く潜ると、水圧で、ほんとにおなかと背中がくっついてしまうくらい、体がぺっしゃんこになってしまう。

 いろいろな競技のなかで、いちばん地味なのが、ただ水面にじっと浮かんで、どれだけ長く息を止められるかを競い合うスタティック・アプネアだ。

 AIDAのHPを見ると、その記録は先の世界記録のおおよそ半分、11分35秒となっている。AIDAの競技は、普通の空気でおこなわれるのに対して、先のクロアチア人の世界記録は純粋な酸素を吸ってのものなので、これだけの違いが生じている。

 いずれにせよ、素人にとっては想像を絶する長い時間だ。知ってのとおり、呼吸を止めつづけると、むずむずと息をしたくなってくる。
 さて、どれだけ息を止めていられるか、一度やってみてほしい。個人差はあるけれど、せいぜい1分といったところだろう。

 では、ハイパーベンチレーション、大きな深呼吸を早い目に何度か繰り返す、をやってみてほしい。
 10回ほど繰り返してみると、しばらくは息をしたくならないことに気づかれるだろう。その状態で、大きく息をすって止めてみると、2分やそこらは息をこらえることができるはずだ。

 どうしてこうなるかという鍵を握っているのは、炭酸ガス、二酸化炭素なのである。
 呼吸は肺でおこなわれるが、単に酸素を取り込むためだけのものではない。二酸化炭素を多く含む空気をはき出すためのものでもある。

 息を止めると、肺から二酸化炭素をはき出せなくなるので、血液中の二酸化炭素濃度が増加してくる。二酸化炭素のセンサーが大動脈などにある。血液中の二酸化炭素の濃度があがってくると、センサーが感知して呼吸中枢を刺激する。その結果、息がしたくなるのである。

 なんとなく、息が苦しくなるのは、酸素が足らなくなるから、というイメージだろう。しかし、実際には、酸素不足ではなく、二酸化炭素の増加がおもな刺激になっている。

 気管と肺の解剖学的な問題から、一回ふつうに息をはいても、二酸化炭素を多く含む空気は、肺の中にけっこうたくさん残ってしまう。しかし、ハイパーベンチレーションをおこなうことにより、肺の中の二酸化炭素を十分に追い出すことができる。
 そういう状態にしてやると、当然、それに平衡して、血液中の二酸化炭素濃度も低くなる。だから、息をしたいという気持ちがなくなったり、息を長く止められたりするようになるのである。

 平泳ぎや背泳ぎで潜水泳法が禁止されているのも、これと同じような理由による。
 通常、酸素を十分とりこむために、ハイパーベンチレーションをしてから潜水を始める。すなわち、肺の二酸化炭素が十分に追い出された状態から泳ぎ始めることになる。そのため、血液中の二酸化炭素濃度はなかなかあがってこない。

 しかし、泳ぎはじめると、血液中の酸素はどんどん減っていく。すなわち、ハイパーベンチレーションの後に潜水で泳ぐと、血液中の酸素濃度が低下していくのに、二酸化炭素濃度がなかなか上昇してこない。その結果、酸欠なのに息が苦しくならない、という状態になる。そして、最悪の場合、脳への酸素供給が途絶えて、突然、意識消失におちいってしまう。
 水泳の上手下手に関係なく、溺れ死んでしまう危険性があるから、潜水泳法は禁じられているのである。

 長距離走や登山では、息を吸うのではなくて、吐くことを意識するとよい。あまり吐かない浅い呼吸だと、息苦しさがつのってきてしまう。
 思いっきり息を吐けば、自然と大きく吸うことになるので、吸うという行為を意識する必要はない。

 キリマンジャロ(標高5,895メートル)に登った時のリーダーは、「下界で経験するイヤなことを思い出して、ため息をつくようなイメージで」、大きく息を吐くように指導し続けてくれた。

 なんでこんな雄大な景色を見ながら、そんなことを思いださなあかんねん、とか、ぼやきながらも、ため息をつきながら歩いて行った。しかし、そのおかげでか、全員が登頂に成功した。

 標高5千メートルにもなると、酸素の量は平地の半分くらいになる。そのリーダー、そんな中でタバコを吸うのである。「息苦しくなりませんか」と尋ねたら、「酸欠で気を失うような感じがたまらなくいい」とのこと。息のはきかたの指導といい、なかなかユニークなリーダーであった。

 呼吸という言葉は、英語では、respiration。語源的には、spirit=精神と同じである。中国語では、日本語と同じで呼吸といい、『呼』というのは、息を吐くことを意味するらしい。『吸呼』、「すってはく」ではなくて、『呼吸』、「はいてすう」という順序になっているのは、吐くほうが大事、という古人の智恵なのかもしれない。

 呼吸法というのは、健康法のひとつとして、ちょっとしたジャンルをなしている。『呼吸法』をアマゾンで検索すると、ベストセラー『美木良介のロングブレスダイエット』をはじめ600以上もヒットしてくる。

 かくいう私も、一度、呼吸法のセミナーに行ったことがある。いろいろなことをイメージしながら、お腹をつかって呼吸をする、というのが基本であった。

「からだのすみずみまで空気をいきわたらせて」とか指導されても、なんのこっちゃようわからんかったけれど、終わったあと、なんとなく、すっきりした気分になれた。

 生命に必要な他の生理的なことがら、心臓を動かすとか、消化する、とかは、意識したとてどうこうできるものではない。
 しかし、呼吸だけは随意運動なので、限界があるとはいえ調節することが可能である。
 なんとなく、自分の意思で自分の体をコントロールできるような気がする、というのが、呼吸法に多くの人がひきつけられる理由だろう。

 アマゾンのHPで呼吸法に関する本の概略をながめてみると、いろいろなことが書かれていて、多くの流儀があるようだ。
 はたして、それらの呼吸法がどれだけ心身に良い影響をおよぼすのかは、正直なところ、よくわからない。

 しかし、こういうお金のかからない健康法、というのは、とりあえずやってみることにしている。
 そのセミナーで買った本の付録CDを聴きながら呼吸法をおこなうと、確かに気分がよくなる。ただし、そのやり方は1セットで40分もかかるので毎日するのが難しいのが困りものだ。

 基本的には、心しずかに、姿勢を良くして、お腹の筋肉をつかって大きく息を吐く、ということでいいのだろうという気がしている。
 こういうことを思いついたときにちょっとやってみる、というのは、けっして悪いことではない。
 健康の増進や寿命の延長につながるかどうかは別として、仕事の合間、しばしの気分転換になることは間違いないのだから。

 さて、思いっきり息をはいてみてください。今日あったいちばんイヤなできごとを思い浮かべながら…

コラムニストから選ぶ

PAGETOPへ