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仲野 徹

仲野 徹/大阪大学大学院医学系研究科教授

大阪が生んだ「世界一おもろい生命科学者」が、みんな知ってるようで意外に知らない「カラダと健康」についてフレンドリーな語り口で明らかにしていきます。

第30回 『養生訓』を読んでみた
:その2

 さて、今回は「『養生訓』を読んでみた」の第2回目であります。前回は第一巻と二巻の総論でありました。その根底には儒教の精神があって、基本的には、いろんなことを我慢しましょう、そうしたら長生きできますよ、といった内容でした。

 今回からが各論。第三巻が飲食(上)、第四巻が飲食(下)、飲酒、飲茶、色慾を慎む、第五巻が五官、大小便、洗浴、と続きます。『養生訓』といえば、巷間よく知られているのは、「腹八分目」と「接して漏らさず」という二つのキーワードです。はて、実際にはどんなことが書かれているのでしょう。


「人生、日々に飲食せざる事なし。常につつしみて慾をこらえざれば過ぎやすくして病を生ず。」
 飲食、飲酒といった大項目の下に、小項目としていろいろなことが綴られているというのが『養生訓』のスタイルです。その項目数でいくと、飲食:117、飲酒:17、飲茶:7、色慾を慎む:10、となっています。それぞれ長い短いがあるので一概にはいえませんが、圧倒的に多くが飲食にあてられているのがわかります。

「珍美の食に対すとも八、九分にてやむべし。十分に飽き満るは後の禍あり。少しの間慾をこらゆれば後の禍 なし。」
「酒食・茶湯ともによきほどと思うよりもひかえて、七、八分にてなお不足と思う時、早くやむべし。」

 意外なことに、「腹八分目」という言葉は出てきません。ただ、食べ過ぎはよくない、ということは繰り返し繰り返し書かれています。なにしろお腹いっぱいはいかんということです。そんな中、珍美の食は九分までお許しいただけそうなのがうれしい。

 江戸時代の日本人は小さかったことが知られています。男性の平均が155センチ程度でしたから、いまと比べるとずいぶんと小柄でした。うんと昔から小さかったかというとそのようなことはなくて、縄文時代は158センチ、古墳時代は163センチでした。
 古墳時代に大きくなったのは渡来人がやってきたからではないかとされていますが、ホンマですかね。そんなにたくさんの渡来人が来て、たくさん子どもを作ったんかいなという気はするんですが、それはおいておきましょう。どうして江戸時代が小さかったかというと、まさか鎖国で外国から人がやってこなかったせいではなくて、やはり栄養でしょう。

「飲食のうち、飯は飽かざれば飢を助けず。……中略…… 肉はあかずして不足なし。少しくらって食をすすめ気を養うべし。」
 益軒先生、飢えをしのぐのはご飯、肉はいっぱい食べなくてもいい、との主張です。質か量かというのは難しいところですが、米食がメインになりすぎて肉類が少なかったのが小さかった原因、という解釈は正しそうですね。

 好物は少なめに。消化の悪いものは食べてはいけない。夜食はいけない。食後は軽く運動しなさい、でも、運動しすぎはいけません。などなど、事細かな内容は当たり前すぎるけれど、納得せざるをえないといったところです。自分の意見とことわって、食事はお百姓さんや雇ってくれている人に感謝していただくべきだと書いてあるのが、益軒先生の人柄をしのばせてくれます。

「鰻と梅干し」「天ぷらと水瓜」。昔、一緒に食べてはいかんと、おばあちゃんに戒められた食い合わせです。『養生訓』には40種類ほどが載っています。やたらと多い。なんらかの理由があって言われ始めたんでしょうけれど、どう考えても迷信です。

 豚肉とショウガも食い合わせらしい。ブタ生姜焼き、好きなんですけど、あかんのですか。でも、食べても困ったことないし。「酒後に茶を飲むべからず」とか、米を貯える器にいれた松茸をたべてはいけない、とかになると、ほとんど言いがかりみたいな気がしてきます。橙・橘とカワウソもあかんらしいが、こういうことが書かれる程度にカワウソも食べてたことにビックリです。

 結局のところは、お腹いっぱいに食べてはいけません、以外は、あんまり現在に通じることはなさそうです。そらまぁ、食生活も変化したから、そんなもんでしょうな。食欲のエッセンスはやはり「腹八分目、ただしおいしい物は九分目まで許す」ということで。


 酒に関しては、ちょっと飲むのはいいけれど、飲み過ぎは健康に悪いし、人を害することもある、と、現在言われていることとほとんど変わりません。ただし、最近の研究から、どうも少量でもからだに悪い、という悲しい結論になっていきそうな雰囲気なのは、「第27回 アルコール vs タバコ」で書いたとおりであります。

 お酒は、各人に適量があるから気をつけましょう、とか、勧めすぎないようにしましょう、というのも、昔も今も変わりません。なかなかできないのがつらいところではありますが。酒は人肌がよくて、冷酒も熱燗もよくないとされていますが、そんなもんどっちでもええやろと言いたくなってしまいます。オンザロックとか冷蔵庫で冷やしてとかは絶対にアウトでしょうね。昔はそんなもんなかったけど。

「焼酒は大毒あり。多く飲むべからず。火を付けてもえやすきを見て大熱なる事を知るべし。……中略…… 薩摩のあわもり、肥前の火の酒、なお辛熱甚だし。異国より来る酒、のむべからず。性しれず、いぶかし。」
 などというのは、ほとんど言いがかりですわなぁ。焼酎を飲んで、よほど痛い目にあったことがあるんかもしれんですね。こういう暴論も含めて、いちばん驚いたというか、うけたのはこれ。

「およそ酒は、ただ朝夕の飯後にのむべし。昼と夜と空腹に飲むべからず。」

 ち、朝食後はええんですか……!? たまぁに、外国のホテルで朝食バイキングにシャンパンがあると、こっそりとオレンジジュースと割って朝シャンを楽しむことはありますが、なんとも背徳的な気分になってええ感じです。益軒先生的にはオッケーなんや。朝酒って、江戸時代には習慣やったんですかね。

 意外とお酒に関する記述が少ないのは、お酒に対する許容度が高かったからかもと思いながら読んでいると、タバコについての記述はもっと少ない。しかし、バッサリ止めなさいという内容です。
「煙草は性毒あり。煙をふくみて眩い倒るる事あり。習えば大なる害なく少しは益ありといえども損多し。病をなす事あり。……中略…… 初めよりふくまざるにしかず。」

 益軒先生、もしかすると、わたしといっしょで飲酒はすれど喫煙はせずで、お酒には甘くてタバコには厳しかったのかも。


 さて、いよいよ―何がいよいよかわかりませんが―『色慾を慎む』であります。

「飲食・男女は人の大慾なり。恣(ほしいまま)になりやすきゆえ、この二事、尤もかたく慎むべし。」
 とありますから、広く伝わっている「腹八分目」と「接して漏らさず」は、益軒先生が重視していた二大重点項目だったようです。ただ、「腹八分目」と同じく、ここにも「接して漏らさず」という有名な文言は見当たりません。ただ、次の言葉があります。

「四十以上の人は、交接のみしばしばにして精気をば泄(もら)すべからず。」
 縮めたら「交接して泄すべからず。」なので、かなり「接して漏らさず」に近い。人間や動物では性交、交尾で、交接という言葉はあまり使いません。江戸時代は「交接」って普通にいうたんでしょうか。それとも学術用語(?)として使われたんでしょうか。

「この法を行えば泄さずして情慾はとげやすし。しかれば、これ、気をめぐらし精気をたもつ良法なるべし。」
 というように続きます。いちゃいちゃして挿入するのは元気がでるけど、射精したら体力を失うっちゅう戒めなんでしょうかね。「気」や「精気」と、精液や射精がどういうふうに関係しているかが書かれてませんから、なんとなく言葉だけが先走りで、具体的にはなんやらようわからん、というのが正直なところであります。


 ふう、ちょっと疲れましたかね。残るは五官、大小便、洗浴です。

「耳・目・口・鼻・形(形は頭身手足なり)、この五つは、きくと、見ると、かぐと、物いい物くうと、動くと、各その事をつかさどる職分あるゆえに五官という。」
 とありますから、ほぼ今でいうところの「五感」ですね。基本的には清潔にしましょう、という内容で、按摩とか指圧とかをえらく薦めているのが印象的です。当時のことですから、それくらいしか癒やしようがなかったんでしょう。

「うえては坐して小便し、飽いては立ちて小便すべし。」
 大小便で気になるのはこれです。う~ん、空腹時には座って―といっても和便器ですから、しゃがんで―小便して、満腹時には立って小便をする。なんとなくおまじないみたいです。なんか理由があるんですかね。

 お風呂に関してはちょっとびっくりです。
「暑月の外、五日に一度沐(かみあら)い、十日に一度浴す。これ古法なり。夏月に非ずしてしばしば浴すべからず。気快といえども、気へる。」

 お風呂にはいったら気持ちいいけど気が減るから、夏以外は10日に一回にしましょう、との教えです。実際にはもっとよく入ってたからこういう教えになったんでしょうけど、今ほど入浴は頻繁じゃなかったんでしょうね。電気、ガスはおろか、水道もなかったから、当然かもしれません。


『養生訓』、読んでみるとなかなかおもろいです。西洋医学の概念がなくて、東洋医学の「気」が重点項目であったりするので、なんのこっちゃわからんことも多いですけれど、庶民の暮らしや健康法もわかってきますし。

 まぁ、いまと同じで、腹八分目とか、お酒はほどほどとか、タバコは最初からやめておけ、とか、どれくらい守られてたかわかりませんけどね。もちろん「接して漏らさず」も。

原文は「貝原益軒; 貝原守一. 養生訓Kindle 版」より

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