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仲野 徹

仲野 徹/大阪大学大学院医学系研究科教授

大阪が生んだ「世界一おもろい生命科学者」が、みんな知ってるようで意外に知らない「カラダと健康」についてフレンドリーな語り口で明らかにしていきます。

第27回 アルコールvsタバコ

 この連載『(あまり)病気をしない暮らし』(略して「あま病」、晶文社刊)が単行本になりました。一昨年に上梓した『こわいもの知らずの病理学講義』(同じく「こわ病」)が、予想もしていなかったのに、何と7万部を突破! 調子こいて二匹目のドジョウを狙ったのか、と思われるかもしれませんが、そのとおりです。

 すでにお買い上げいただいた方、誠にありがとうございます。すでにお読みいただいた方たちからは「こわ病」よりも「あま病」の方がわかりやすくて面白い、とのご好評をいただいております。かといって「こわ病」よりも売れ行きがいいかというと、そうでもないのが不思議です。

 毎回ネットで読んでるから買わんでもええわ、と思われるかもしれませんが、まとめて読むとまた違った味わいがあります。それに、以前に読んだ内容は忘れておられるはずです。書いた本人でさえ忘れてしまっていた内容がけっこうあるくらいですから、絶対にそうです。ということで、お買い求めのほど、何卒よろしくお願いいたします。

「あま病」の販売促進に、トークショーをしたり対談をしたりの営業活動を細々と続けております。そのうちの一回は、京都が誇る酒場ライター・バッキー井上さんとの対談でした。バッキーさんの『いっとかなあかん店 京都』(140B)という信じられないくらいおもろい酒場本とのコラボ企画対談でした。

 その本、タイトルを見たらガイドブックみたいですし、体裁もそうなんですが、お店のことがあまり解説されていない、という素晴らしい本です。そのかわり、バッキーさんの経験やら酒場哲学やらが、名文句とともに散りばめられてます。なんやその本は、と思われるかもしれませんけど、それがむちゃくちゃおもろいんですわ。これもまだの人はぜひ。

 バッキーさん、対談で聞いたところによると、毎日、日本酒換算で6~7合は飲まれるとのこと。それでも、依存症はもちろん、肝臓の異常もないらしい。ただ、安物の酒はからだにわるいから、飲まないらしいけど、それってあんまり関係ないんとちゃうんですか。

 う~ん、そんな人もおるんですなぁ。厚労省が推奨するアルコールの適量は、一日あたり1合で、毎日3合以上飲む人には多量飲酒者の称号があたえられてます。一日6合超えのバッキーさんは多量・多量飲酒者ですわ。


 酒は百薬の長とかいわれて、少量の酒はからだにいいという噂もあります。が、どうもその説は怪しそうです。昨年の8月、英国の超一流医学雑誌『ランセット』に掲載された論文によると、少量でも健康に悪くて、疾患リスクのいちばん低いアルコール量はゼロだというのです。どうやら、アルコールはどんな量でも基本的にはからだに悪いと考えた方がいいようです。

 そういえば、お酒は飲まないけれどタバコは吸うという「あま病」読者のお一人から、個人的にクレームがありました。あんたは、自分がお酒を飲んでタバコは吸わないから、お酒に甘くてタバコに厳しすぎるのではないか、と。
「あま病」では、お酒については長々と書いているのに、タバコについては「汝、タバコやめるに憚ることなかれ」と上から目線で、ひとことで切り捨てるのはけしからん、と。

 う~ん、確かにそうかもしれませぬ。しかし、アルコールとタバコ、どちらが悪いかを比べるのがなかなか難しそうです。けど、ユニバーサルな尺度がない訳ではありません。それはお金です。両者の経済損失がどれくらいか、ならば比較可能です。

 阪神タイガース優勝の経済効果が何百億円、とかいうのと同じで、どこまで正しいか、というのにやや疑問が残らない訳ではありません。が、たとえかなりの誤差はあるとしても、似たようなやり方で概算された結果を比較することは可能でしょう。

 こういう時に頼りになるのは、厚生労働省の統計です。厚労省の統計値、昨今はいろいろとモメとりますが、タバコとかアルコールによる損失を実際に計算するのは、本庁ではなくて、委託をうけた先生方ですから大丈夫(のはず)です。

 まず、タバコから。2015年度の総損失額は2兆500億円。すごい……。喫煙者の医療費が1兆2,600億円で、そのうちがんに対する医療費が5千億円以上というのは、まぁわかります。でも歯の治療費が1千億円っちゅうのはどういうこっちゃねん、と思いましたが、タバコを吸うと虫歯とか歯周病になりやすいそうです。

 また、受動喫煙による医療費が3,300億円と、これもばかになりません。あと、医療費以外が3,600億円。これには、介護費用とか、タバコが原因の火災の消防費用とか吸い殻処理の清掃費用とか、えらく芸のこまかいといころまで算入されてます。

 受動喫煙と肺がんを巡っては、国立がん研究センターとJTの間でちょっとしたバトルがありました。平成28年(2016)の夏に、国立がん研究センターが『受動喫煙による日本人の肺がんリスク約1.3倍-肺がんリスク評価「ほぼ確実」から「確実」へ』という報告をしました。

 しかし、「本研究結果だけをもって、受動喫煙と肺がんの関係が確実になったと結論づけることは、困難である」と考えたJTは黙っていません。間髪をいれずに、「受動喫煙と肺がんに関わる国立がん研究センター発表に対するJTコメント」を発表しています。

 さらに、これに対して、がん研究センターは「受動喫煙と肺がんに関するJTコメントへの見解」という反論を出しています。すこし専門的なところもありますが、読んでみたらけっこう面白い。

 こういった議論がなされるのは、とても健全なことだと思います。どちらが正しいと判断するかは個人や企業、あるいは国や地方自治体ということになるのでしょう。とはいえ、この報告以来、いくつもの自治体で受動喫煙防止の条例が検討されています。JTはそれらに対して逐一コメントを発表したはります。
ここまでくると、なんだか多勢に無勢みたいで、気の毒な感じすらします。


 話がちょっとそれました。お次はアルコールです。社会的損失の計算に用いられているのは、医療費、死亡による賃金損失、受診による労働損失、そして、自動車事故による損失や裁判費用であります。少し古くて2008年の推計ですが、なんと4兆1,500億円になるとのこと。ホンマですか、タバコより多いんですか。

 両者がまったく同じように算出されているのではなさそうなので、直接比較は難しいかもしれません。けど、タバコもアルコールも何兆円という単位で、それほど大きな違いがない、ということは間違いなさそうです。いやぁ、しかし、すごい金額ですよね。

 こう見てみると、我々の社会は、タバコにはえらく厳しくて、アルコールには優しいような気がしてきます。どうしてなのでありましょう。参考になるかと、お次は喫煙率と飲酒率の年次推移を調べてみました。最近は、こういうこともネットですぐに調べられるから便利です。

 1965年の喫煙率、男性はなんと82.3%です。ほとんどの人が吸ってたというのは、今から思うとウソみたいです。町中にたばこ屋さんがいっぱいあったのも頷けます。むちゃくちゃ社会に溶け込んでたわけです。それが、ほぼ右肩下がりで、いまや約3分の1の27.8%。女性は15.7%から8.7%と、男性にくらべたらたいしたことないとはいえ、それでも半分に減ってます。

 飲酒率に関しては、1988年の調査で男性が70.7%だったのが、2017年には53.8%に減少。逆に女性は31.6%から32.9%へと微増です。それ以前の飲酒率はわかりませんが、男性では飲酒者より喫煙者の方が多かったことはまちがいないでしょう。

 なるほどねぇ。アルコールも金額ベースでいけばタバコと同じようなダメージを社会に与えているのに、飲酒は攻撃されず、飲酒率がそれほど低下しないのは不思議な感じがします。喫煙率の低下は、やはり、その健康被害が広く認識されたことが大きいのでしょうね。

 禁酒令がしかれた国はいくつもありますが、ほとんどの国ではあまり長続きはしませんでした。米国の禁酒法時代のように、違法な酒場がたくさんできて、ギャングの収入源になったところもあります。はて、もしタバコが禁止されたらどうなるんでしょう。べらぼうに高価な違法タバコとかが出回るんでしょうか


 酔っ払いに対する態度もふくめて、日本はアルコールに対する許容度が高いといわれています。これまで行ったことがある国では、カナダがけっこう厳しかったのを記憶しています。アルコール類は、州のライセンスを持ったリカーストアでしか買うことができません。それに、公園などの公的な場所での飲酒は不可で、飲食店か自宅でしか飲んではいけません。日本では、時々通勤電車で飲んでる人までいますが、カナダ的には言語道断ですな。

 しかし、なんといっても厳しいのはイスラム諸国でしょう。イランでは、アルコールは完全に御法度です。が、闇アルコールはけっこうあるようです。国際学会に呼ばれて一度行ったことがあるのですが、日本に住んでいたことがあるというイラン人の兄ちゃんがパーティー会場で「リスクとってアルコール飲む?」と聞いてきました。イランなんかで逮捕されたらどうなるかわからへんので、もちろん即座に断りましたけど。

 世の中には変わった人がいるもので、ノンフィクション作家の高野秀行さんは、わざわざイスラム圏内でアルコールを供する店を探して飲み歩き、『イスラム飲酒紀行』(講談社文庫)という本を出しておられます。むちゃくちゃ面白い本ですが、小心者の私からみたら命知らずです。

 アルコールなしのパーティーは座持ちが悪そうです。そのせいか、イランではちょっと違うシステムがとられていました。パーティーが始まると、まず、お茶とお菓子なのです。なかなか食事が出てきません。仕方ないので、延々とおしゃべりをします。

 2時間近くたって、ようやく食事が出てきます。すでに、みんなお腹がすいてるので、すごいスピードで食べて終わり。なんなんですか、それは。これが一般的なのかどうかわかりませんが、出席したパーティーが3回ともそんな感じでしたから、単に料理が遅れたのではないでしょう。こんなことするなら、アルコールがなくとも、お茶でゆっくり食べたらええのにと思いますけど、あかんのですかね。
 
 アルコールもタバコも損失額は似たようなもの。あるいは、アルコールの方が多額。周りに対してはというと、アルコールはタバコのような健康被害は与えないとはいえ、酔っ払いのかける迷惑はかなりなような気がします。念のためにいうときますが、個人的には酔っ払って迷惑をかけた記憶はほとんどありません。ただ、これは、記憶がないだけで、迷惑をかけたことがない、というのとは違います。

 だから、損害額からの理屈でいくと、アルコールもタバコと同じくらい規制すべきような気がします。でも、そんなことをしたら、飲食店がバタバタ倒産したりして、社会が混乱しそうです。個人的結論としては、タバコはそんなことないけど、社会は基本的にアルコールに依存して構築されてるから、アルコールに許容度が高いのはいたしかたなし。

 やっぱりアルコールにあまいですかね、わたし。

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