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仲野 徹

仲野 徹/大阪大学大学院医学系研究科教授

大阪が生んだ「世界一おもろい生命科学者」が、みんな知ってるようで意外に知らない「カラダと健康」についてフレンドリーな語り口で明らかにしていきます。

第18回 研究者のいごこち

 ノーベル生理学・医学賞の受賞者が大隅良典先生に決定した。昨年の大村智先生につづいて日本人の受賞は2年連続である。それも今回は単独受賞だ。まことにめでたい。研究分野がさほど近くはないが、大隅先生とは何度かお目にかかったことがある。なんとなく、酔っ払っておられるところの記憶しかないのだけれど、それは決して大隅先生のせいではなくて、私の気のせいだろう。慶事なので、一応そういうことにしておきます。

 去年は、大村智先生のご受賞をきっかけに、「黴菌との闘い」のお話を始めたのだが、今年は「いごこちのかたち」の一環として「研究者のいごこち」について書いてみたい。我々にとっては、あまりに日常的すぎることなので、はたして読んでもらって面白いかどうかわからないのだけれど、とりあえずおつきあいいただければ幸いでございます。


日本に研究従事者は100万人以上
 まず、研究者とは何か、である。なにごとにも定義を欲しがるのは研究者や科学者の悪いところなのは重々承知しているけれど、これをちゃんとしておかないと、どうにもそれこそ居心地が悪い。とはいうものの、考えてみると、意外と難しかったりする。こういうことは文科省にお伺いをたてたらよかろう、というのは、長い年月を大学で過ごし飼い慣らされた者の悪い癖なのだが、ネットで検索してみた。
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa200601/002/002/0101.htm

 残念なことに、文科省も「国により対象の取り方、調査方法に差異」がある、と、いきなり弱腰だ。それでも、「各国における研究開発支出及び研究開発・従事者に関する統計」のためのフラスカティ・マニュアルなるものが存在していて、そこでは、研究者が「新しい知識、製品、製法、方法及びシステムの考案又は創造及びそれらの業務のマネージメントに従事している専門家」と定義づけられているそうな。

 う~ん、ようわからん。そんな状況ではあるが、総務省統計局が研究従事者数を発表している。平成27年度の統計では、国がお墨付きを与えている研究者の数は86万6千人、研究補助者等が21万2400人にものぼる。両者を合わせると百万人ちょっと、すなわち、国民の100人に1人近くが研究関係の仕事に従事していることになる。ホンマですか? そんなに多いんですか。

 ここで使われている研究者の定義は「大学(短期大学を除く)の課程を修了した者(又はこれと同等以上の専門的知識を有する者)で、特定のテーマをもって研究を行っている者をいいます。大学院博士課程の在籍者も含んでいます」だそうであります。
 博士号というのは、一応、あくまでも一応であるけれど、一人前の研究者としての免許みたいなものである。なので、それを取得する前の大学院生を含んでいるようなとこはちょっと定義としてゆるいような気がするけど、まぁ、まけといたります。

 企業では、修士課程修了でバリバリと研究しておられる方もたくさんおられるが、大学での研究者となると、ほぼ全員が博士号取得者といっていい。
 では、どのようにして、そのキャリアを築いていくのか。通常は、大学を卒業して修士課程が2年間、博士課程が3年間(医学博士は4年間)の計5年間でめでたく博士号の修得となる。順調に進学していても、博士号をとるのは27歳になる。

 その間、当然、学費がかかる。国立大学で年間54万円、私学だとそれ以上のところが多い。お金のある研究室では、博士課程の大学院生をリサーチアソシエイトという身分で雇用しているところもあるが、せいぜい年間100万円程度。特に優秀な博士課程の学生は日本学術振興会に特別研究生として採用されて「月額20万円」が支給されるが、かなり例外的である。

 一方、欧米では基本的に、大学院生には食べていける程度のスカラーシップが支払われる。日本も科学立国を目指すならそのようにすべきだという意見が強い。確かにそうだ。ただ、全員にとなると、問題がない訳ではない。大学院生を見ていると、必ずしもすべてが研究者に向いているとは思えないのである。なかには、就職先が見つからなかったから博士課程へ進学するというのもいる。そのあたりをどう見極めて、バラマキにならないようにするのかは、なかなか難しい問題だ。


「ポスドク過剰時代」に入っている?
 昔は、大学院生の数が少なかったし、比較的大学のポストに余裕があったので、博士課程を修了してすぐに助手(現在でいうところの助教)というケースも結構あったが、いまごろはほぼ望むべくもない。なので、ふつうはまずポスドクになる。
「ポスドク」というのは聞き慣れない言葉かもしれないが、博士研究員、すなわち、博士号(ドクター)をとった後の研究員、ポストドクトラルフェローの略である。通常は年限付きの非常勤で、年収はまちまちだけれど、平均すると300~400万円といったところだろう。そして、このような不安定なポスドクが何年続くか、というのはまったくのケースバイケースなのだ。

 どう思われるだろう? 27歳まで学費を払って専門的な知識を身につけて、この条件である。博士課程へ進む学生の減少が問題になっているが、これを読んだら当然という気がされないだろうか。自分の子どもが博士課程へ行きたいと言ったとき、はたしてどう判断されるだろう。

 そこへもってきて、ご存じの通り、国立大学は、どこもお金がなくて困っている。削るとなると人件費、というのは民間企業と同じである。常勤で定年まで勤めることのできるポストは減り続けている。さらに少子化がこの傾向に拍車をかける。簡単な足し算と引き算だ。博士課程を卒業して企業で研究に従事する人も増えてきている。特に、目先の利く子ほど大学に愛想を尽かすような傾向がある。大学の状況がこんなであるから、いたしかたないという気がしてしまう。

 かつては、海外でポスドクになるというのが、当然のキャリアパスであった。しかし、近年は海外へ行きたがる若者が減ってきている。理由のひとつには、日本での研究環境、雇用などじゃなくて研究費とか研究機器といった面での環境、がよくなったことがあげられる。
 そして、おそらくもう一つのより重要な理由は、海外でポスドクをしても、その先、日本で就職できるかどうかがわからない、という不安感がある。研究者のガラパゴス化だ。長期的には非常に大きな問題になっていくだろう。

 もともと日本にはポスドク制度がほとんどなかった。その時代には、博士号をとっても職がなく、アルバイトなどで食いつなぐオーバードクターがたくさんいた。それでは国際的競争力がないということで、平成8年度からの5年計画として「ポストドクター等1万人支援計画」というのが第一期科学技術基本計画に定められた。

 この発想自体は悪くない。しかし、現場では策定当時から将来を不安視する声が強かった。当たり前だろう。ポスドクを支援しても、その後のキャリアパス、ひらたくいえば職が用意されていなければ、行き詰まるに決まっている。案の定、なかなか定職につけないシニアポスドクの増加が問題になっているのだ。

 世紀の変わり目あたりは、生命科学の分野においてバラ色の未来が描かれた時代であった。どの大学もバイオ系の学部や学科を増やし、当然、学生数も増えた。そこへもってきてのポスドク1万人計画。一時的にはいいように見えたが、いまや大問題になっている。他の分野に比べて、生命系のポスドク過剰問題は実に深刻なのである。学生たちは、すぐ上の世代をよく見ている。シニアポスドクがたくさんいるシーンを見て、大学の将来を楽観的にとらえるのは難しかろう。

 これはまったくよろしくないことなのだが、欧米のように学生にお金を払うということがないので、日本では、大学院生を労働力と見なしてきたようなところがあった。そんなこともあるので、博士課程への進学を勧める教授が多いのも事実である。

 これまで一人たりとも博士課程に進むよう勧めたことがない、というのが、20年以上になる教授生活での数少ない自慢のひとつである。ここまで書いてきたような状況なのである。修士課程を終えて、就職しようか博士課程に進もうかと迷っている学生に、就職なんかせずにぜひ博士課程に進むべきだ、と勧めたりするのは、良識ある大人のすることではありますまい。

 この方針は数年前、自分の娘が博士課程に進みたいなどとたわけたことを言った時に決定的となった。当然、そのようなことは辞めるようにと指導した。そうすると「うちの先生は、父親が研究者だから、娘が博士課程へ行くと言うと反対するはずはない、と思ったはる」という。むむっ、確かにそう言われればそうだ、しかし、世間の多くの教授はそうかもしれんが、私は違う。

 そこで「わかった。それでは親子とも立つ瀬がないから、亡くなった祖父が『博士課程には行くな』と遺言を残したので、と言いなさい」と指導した。まさか本当に言うとは思っていなかったが、そのまま、指導教授に伝えたらしい。そしたら、納得してくださったとか。まぁ、納得というよりは、あまりの内容に、この親子には何を言うてもあかん、と思われただけのような気がしないわけでもない。

 逆に、博士課程へ行きたいという学生に、能力的に難しいからやめておいたほうがいい、とアドバイスしたことは何度かある。何事にも向き不向きがある。最低限の能力がない子は見ればわかる。さらに、研究者としてやっていくには、能力だけではダメなのだ。
 19世紀から20世紀のはじめに活躍したドイツの天才生物学者パウル・エールリッヒは、研究において成功するために必要なものとして、「Geduld(忍耐)、Geschick(技術)、Glück(幸運)、Geld(金)」の4つのGをあげている。いちばん肝心な「能力」が抜けているのは不思議であるが、おそらく、能力というのはこの四つ以前の大前提だからだろう。


「芸術」より「研究」のほうが可能性はあるけれど
 どうにも明るい話ではない。研究にはかなりの時間の労働を伴うので、極端な言い方をすると、ブラック企業並みと言えなくもない。が、現実がそうなのだから仕方がない。大隅先生は、ノーベル賞の受賞そのものにはまったく興味をお持ちではなかったが、いまの応用ばかりが重視される傾向を少しでも変えることができるのなら、そして、若者に夢を与えることができるのなら、受賞したい、と考えておられたそうだ。受賞後のインタビューでも、若者が基礎科学に専念できるようにサポートできるシステムができないだろうか、とおっしゃっていた。現状を強く憂えておられることがよくわかる。

 ドイツ時代の師匠は、研究で身を立てるのはたやすいことではないけれど、芸術で食べていくことを思えばはるかに恵まれている、とよく言っていた。その師匠の概算では、研究者を目指して研究者として食べていける人の割合は、芸術家をめざして芸術家として食べていける人の割合よりも10倍から100倍高いはず、ということだった。確かにそのような気がする。それでも芸術を目指す人が数多くいるのは、そこに駆り立てる何かがあるからだろう。

「誰が一番乗りかを競うより、誰もやっていないことを見つけた喜びが研究者を支えると常々思っています」これも大隅先生のお言葉だ。そうなのである。 
 おそらく、芸術を目指す若者が、自分のオリジナリティーを表現するために生活を賭けるのと同じように、自由な発想に基づいて好奇心と知識を満たしながらオリジナルな発見をすることが、たとえ金銭的な「いごこち」に恵まれなくとも、若者たちを研究に駆り立てるドライビングフォースになるはずなのだ。

 う~ん、ノーベル賞受賞記念の割には、どうにも暗い話になってしまってスミマセン。しかし、現実がこうなのだから仕方ないのであります。では大学に勤めているお前も暗いのか、と言われると、申し訳ないことに、そうでもない。定年までの雇用約束された教授にとっては、大学というのは、決して居心地の悪い場所ではないのであります。
 かといって、楽しくてたまらないような場所でもないのでありますが、それについては、次回のお楽しみということで。

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