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仲野 徹

仲野 徹/大阪大学大学院医学系研究科教授

大阪が生んだ「世界一おもろい生命科学者」が、みんな知ってるようで意外に知らない「カラダと健康」についてフレンドリーな語り口で明らかにしていきます。

第16回 黴菌との闘い(その3)

 大村智先生のノーベル賞受賞を記念して書き始めた「黴菌との闘い」シリーズですが、微生物やら抗生物質の説明ですでに2回を費やし、受賞発表から半年が過ぎてしまいました。スミマセン。

 しかし、まぁ、ものは考えようで、そろそろ受賞理由や、ひょっとしたら大村先生の名前すら忘れている人もおられるようなタイミングでしょうから、ちょうどええかもしれません。ハイ、もちろん言い訳ですけど……。

 おさらいいたしますと、大村先生の受賞理由は「寄生虫病に対する新しい治療法の発見」でありました。特に「イベルメクチン」の開発が大きいのであります。イベルメクチンというのは、ある種の放線菌が産生するエバーメクチンから作られた化学物質、すなわち、エバーメクチンの誘導体です。なんのこっちゃわからんかもしれませんので、もう少し詳しく説明してみましょう。

抗生物質をつくりだす放線菌の力

 放線菌というのは細菌の一種であり、「菌糸」という糸状の構造を作りながら放射状に伸びていくために、この名がつけられている。中には人に病気をひきおこすものもあるのだが、有用であること、すなわち、放線菌からいろいろな抗生物質が見つかっていることでよく知られている。
 結核の薬として有名なストレプトマイシンをご存じの方も多いだろう。この名前は、ストレプトマイセス属の放線菌が産生することから名付けられたものだ。

 前回にも書いたように、抗生物質というのは「かびや放線菌・細菌によって作られ、他の微生物を抑制し、または制癌作用を持つ物質」(広辞苑)である。 
 放線菌も細菌の一種なのだから、ちょっと不正確な気がしないでもないが、まぁまけといたる。ともかく、微生物によって作られる生理活性物質を持つものをいうのである。抗生物質のうちおよそ3分の2が放線菌から見つかっているというのだから、いかに放線菌がえらい、というか、有用性が高いかがわかるだろう。

 ちなみに、抗生物質(antibiotics)という言葉を作ったのは、ストレプトマイシンを発見したアメリカのワクスマン(1888〜1973)で、もともとの意味は、「微生物が産生し、微生物の増殖を抑制する性質を持つ物質」であった。いまでも、狭義にはこの意味で使われる。

 ワクスマンは「結核に効果のある初めての抗生物質であるストレプトマイシンの発見」でノーベル賞を受賞している。不治の病であった結核の特効薬の発見だから、当然だろう。ただ、その発見の先取権については、弟子であるシャッツから自分のものだと訴えられて、訴訟の末、共同発見者として認めている。
 しかし、ノーベル賞はワクスマンの単独受賞だった。このあたりは、なかなか微妙であるが、えらくそそられるお話である。

日本で発見された偉大な2つの薬剤

 味噌、醤油、納豆などの発酵食品がたくさんあって、微生物の利用に歴史がある日本ではこの分野に対する貢献が大きく、イベルメクチン以外にも、画期的な物質が微生物から見つけられている。そのひとつはタクロリムスあるいはFK506という薬剤だ。画期的と言われても聞いたことないぞ、という人がほとんどだろう。

 というのも、タクロリムスは、よくある病気に使われるお薬ではなくて、臓器移植における拒絶反応を抑制するお薬なのである。この免疫抑制剤が使われるようになって、臓器移植の成績が著しく向上した。タクロリムスは、藤沢薬品(現在は山之内製薬と合併してアステラス製薬)が、筑波山で採取した土から単離した放線菌、その名もストレプトマイセス・ツクバエンシスによってつくられる物質である。

 免疫を抑制する物質として発見されたタクロリムスであるが、最初、その作用機序はまったくわからなかった。しかし、後に、タクロリムスが結合するFK506結合タンパク(FKBP)が発見され、そのタンパクがリンパ球の機能に重要であることがわかり、大きく研究が進展した。
 このように、化学物質から生物の分子機能を調べるケミカル・バイオロジーと呼ばれる分野の嚆矢としてもタクロリムスは有名だ。

 もうひとつの有用な物質は、血中のコレステロールを下げるスタチンというお薬である。いまや多くの種類のお薬が知られているが、その最初のものであるコンパクチンは、当時、三共株式会社(現在は第一製薬と合併して第一三共)の研究者であった遠藤章(1933〜)が約6,000種の微生物をスクリーニングし、青カビから発見したものだ。
 コレステロールを低下させる薬剤をという発想自体が一般的ではなかった中、実際に発見したというのはすごいことだ。残念ながら、毒性などがあるという理由で、コンパクチンは開発が中止されてしまった。しかし、この発見を契機に多くのコレステロール合成阻害薬が開発され、いまや年間の売り上げが総額で3兆円にもなっているのだから、いかに大きな発見だったかがわかるだろう。

 学生時代の講義内容などすっかり忘れてしまっているのだけれど、このお薬が試験的に阪大医学部で使われたという話はよく覚えている。スライドで見せられた効果が劇的だった。毒性などの点から反対されるのがわかっていたので、この試験的使用は、会社には申請せずにおこなわれたという。いまなら絶対に倫理的に認められないだろうが、そんな時代もあったのだ。

 話が大きくずれてしまいました。スミマセン。しかし、これら二つの薬剤の発見は、イベルメクチンに勝るとも劣らないことがおわかりいただけたかと思います。では、いよいよイベルメクチンに戻ります。

イベルメクチンの標的=オコンセルカとは?

 イベルメクチンの元になるエバーメクチンは、大村先生が静岡県伊東市川奈のゴルフ場から分離された放線菌の産生物である。名門として知られる川奈ホテルゴルフコースらしいけれど、ほとんどの報道ではコースの固有名詞があげられていなかった。ひょっとしたら、土を取りに行く人がたくさん来たら困るから、という配慮があったのかもしれない。
 かつては、製薬メーカーの社員は、出張する時、小さな袋を持参して、いろんな土地の土を採取して、有用な物質を産生する菌の単離と天然化合物のスクリーニングをおこなっていたそうだ。なんとなくいい感じだが、現在では、化合物のライブラリーを用いた方法が進んで、そのようなことはおこなわれていないらしい。

 昨年のノーベル医学生理学賞発表の日、NHKテレビを見ていると、大村先生のご受賞がまったくの想定外であったことがひしひしと伝わってきた。写真も映像もなにも準備されていなかったのである。もちろん、イベルメクチンの名称を知っている人もほとんどいなかったはずだ。
 ノーベル賞が与えられるような業績なのに不思議なことなのだが、それは、このお薬が、主としてアフリカで使われていることによる。特に、オンコセルカという腸管糞線虫の感染症に用いられているのである。

 さて、イベルメクチンは、どのようにして寄生虫をやっつけるのだろう。ちょっと難しいかもしれないが、おつきあいいただこう。神経や筋肉の細胞を興奮させたり抑制したりするイオンチャネルというタンパクがある。このタンパクは、細胞膜にあって、何らかのイオンを通過させる。
 ややこしいので詳細は省くけれど、イベルメクチンは、グルタミン酸作動性Cl-チャネルという、塩素(Cl)の陰イオンのチャネルに選択的かつ強度に結合する物質である。そのために、イベルメクチンが投与されると、Cl-が神経細胞や筋細胞の中へどどっと流入してしまい、細胞の機能が抑制され、寄生虫が麻痺を起こして死んでしまうのだ。

 ものすごく都合がいいのは、このグルタミン酸作動性Cl-チャネルというのは、無脊椎動物には存在するが、ヒトを含む脊椎動物には存在しないことである。だから、イベルメクチンを投与しても、ヒトの神経細胞や筋細胞には影響を与えない、すなわち、大きな副作用をもたらさずに糞線虫などをやっつけてくれるのである。

 イベルメクチンが優れているのは、ヒトの細胞に悪さをしないということだけではない。オンコセルカ症の予防・治療に、年に2回の服用で十分ということである。これは、服薬コンプライアンス−ちゃんと規定どおりに服薬してもらえるかどうか−において、非常に重要なことだ。
 発展途上国での状況では、毎日確実にとか、長期間にとかの服薬になると、どうしても難しくなる。したがって、年に2回の服用で十分というのはとても意義あることなのだ。ただし、これは、イベルメクチンが偉いというよりは、主たる治療対象であるオンコセルカのライフサイクルによるものだ。

 オンコセルカは、熱帯の河川で繁殖するメスのブユによって広がる病気である。オンコセルカに感染している人を刺したブユは、ミクロフィラリアというオンコセルカの前期幼虫に感染する。
 そして、ミクロフィラリアはブユの中で幼虫へと育ち、さらに、そのブユが人を刺すと、刺された人の皮膚の中で幼虫が成長して、12~18カ月かかって成虫になる。メスの成虫が卵を産むと、それがミクロフィラリアになって放出され、皮膚や眼の組織内を移動して、病気を引き起こすのである。
 このように、成虫になるのに長い期間がかかるので、年に2回服用するだけで、ミクロフィラリアを激減させることができるのだ。

2億人の命を救う大プロジェクト

 メルクマニュアルには「約1,800万人がオンコセルカ症にかかります。そのうち27万人が失明し、50万人が視覚障害となります。」とある。ものすごい数だ。元読売新聞論説委員の馬場錬成さんが書かれた大村先生の伝記『大村智−2億人を病魔から守った化学者』のサブタイトルにある2億人という数は、累積を考えると、けっして誇張した数ではないのである。

 馬場さんにおうかがいしたところ、大村先生のご業績を知り、化学賞か生理学医学賞を受賞されるに違いないと確信して、この本をお書きになられたということだ。この伝記は、大村先生のすごさを余すところなく伝えている超オススメの一冊だ。伝記読みのプロ(?)を自認する私が言うから間違いない。騙されたと思ってぜひお読みいただきたい。

 一部では、ノーベル平和賞でもよかったのではないかとも言われている。ものすごい数の失明発症による経済損失を防いだのであるから、十分に納得できる。それだけではない。これもメルクマニュアルによると、特効薬ができるまでは、河川で繁殖するブユを避けるために、河川の近くで住んだり働いたりするのを避ける傾向があったそうだ。そうすると、農作にまで影響を与えていたというのだ。なるほど、ほんとに平和賞でもいいような気がしてくる話である。

 製造販売元のメルク社はオンコセルカ症の撲滅をめざし、イベルメクチンの無償供与をおこなっている。2020年をめどにしたこのビッグプロジェクトでのイベルメクチンの製造原価は3,750億円。太っ腹やなぁ。もしこれが実現すれば、天然痘についで二つ目の感染症撲滅になるかもしれない。



 大村先生の伝記も面白いけれど、イベルメクチンについても、調べれば調べるほどおもしろいことばかりでした。皆さんも同じように、わくわくと面白がってもらえていたらうれしいところです。
「黴菌との闘い」と名付けたものの、イベルメクチンは寄生虫との闘いの話でありました。そして、これも黴菌ではないのですが、ウイルスに対する薬のお話にまでは至りませんでした。抗ウイルス薬の開発は、抗がん剤の開発とならんで、近年の医学の大きな勝利のひとつであることは間違いありません。
 
 次回はそのお話をして「黴菌との闘い」4回のシリーズの締めといたしとう存じます。

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