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小林明子

小林明子/ライター

物心ついた時から家には動物がいて、ペットというより「家族」だった。 一緒に暮らすのは大変だけど、意外な発見の連続で離れられなくなる。

第7回 私はシャンコのお母ちゃん!?

 前回、「シャンコは私のことをきっとお母ちゃんと思っている。ハズ…」と書いたところ、「親子関係やったんですね。恋人なんだと思っていました」との声を頂いた。そこでハタと気がついた。そういえば、私はいつからシャンコのお母ちゃんになったのだろうかと…。

 そもそも、シャンコの親はわが家の長男がなる予定だった。

 事の始まりは十数年前。彼が通っていた保育園の壁に貼られた一枚の写真だった。担任してもらっていた保育士さんのマンション駐車場に、親猫とはぐれたらしい子猫が3匹。そのいたいけな様子をスナップしたもので「誰か飼ってくれませんか」の一文が添えられていた。

 毎朝毎晩、すべての園児が通らねばならないその通路に、よくもそんな一枚を貼りつける荒業に出てくれたものだと今にして思うが、多くの親たちは子どもにその愛くるしい一枚を見せまいと、あらぬ方向に注意を引くなどの努力をしていたように思う。が、アホというか、無防備な私は何の策も講じず、当時5歳だった我が息子の視界のど真ん中にその一枚を焼きつけてしまったのだ。

「可愛い!飼いたい!」。写真に釘付けになった我が息子。それからは朝晩、送り迎えの度、「飼いたい」攻撃にさらされることに。子どもからこの“飼いたい攻撃”をされたことがある多くの親たちが経験済みの、お決まりの宣言、「トイレも餌も、オレが全部面倒見るから!」を乱発。もちろんその言葉が完全な空手形に終わり、実行されずに日々が過ぎることは、簡単に予測がつくのだが…。
 けれども、私たちは根負けした。動物好きの家庭に育った私は無類の猫好きでもあったし、「ま、猫ならいいか」と思うようになり、保育士さんが3匹を連れて我が家に遊びに来てくれることになったのだ。

 キャリーバスケットの中で体を寄せ合っていた3匹。3匹も入っているのにバスケットにはゆとりがあるぐらい、彼と彼女たちは小さかった。

 寝ているところを起こされ、見知らぬ家の畳の上に置かれた3匹。1匹は、白の毛皮にところどころに黒いブチがあり、頭はまるで七三に分けられた髪が生えているように黒かった。「ムッシューって感じでしょ?」。保育士さんが指をさして笑う。男の子だけあって、体は一回り大きく、がっしりした印象だったが、気性は穏やかなようで、息子に抱っこされても平気で体を預ける大らかな子だった。
 もう1匹は細め、優雅な体つきが特徴の二毛猫だった。が、彼女はその優しげな雰囲気とは裏腹に気性が荒く、体を触ろうとすると「シャー」と歯をむき出して威嚇した。「お嬢はなかなか気難しいねん」、保育士さんはそう言った。

 最後の一匹は見るからに弱々しかった。体は小さいし、歩く姿もヨタヨタと力ない。2~3歩進んでは疲れるのか、どたっと客間の畳に体を投げ出して横になってしまう。「この子は長ないかもしれへんなぁ」、保育士さんはため息まじりに話す。でも、その顔はとびきり愛らしかった。「べっぴんさんやけどね」と続けた。

 3匹を好きに遊ばせ、お茶を飲んだり話したりするうち、子猫たちもわが家に慣れてきたようで、例の一番小さい子が私の膝の上に乗って来た。背中を撫でるうち、彼女は気持ち良さそうに寝始めた。しばらくして、半目を開き、プルッと体を震わせた瞬間、私の膝は生温かくなった。
「あ~、この子、オシッコたれた!」、息子が叫ぶ。にもかかわらず、膝の上のチビちゃんは何事もなかったかのようにまた目を閉じ、スヤスヤと寝入ってしまった。「意外に大物ちゃんかもね」、私が感じたのと同じように息子も思ったのか、「この子が良い!この子にする」と抱き上げた。

 保育士さんは、ムッシューとお嬢を連れ帰り、かくしてシャンコはわが家の子になった。

 シャンコは惚れ惚れするべっぴんさんだったが、やはり手のかかる子だった。わが家に来た時は生後数週間しか経っていなかったようで、まだペットフードは食べられず。猫用のミルクをスポイドで、夜中でも数時間おきに含ませてやらねばならなかった。2階にある客間で数週間添い寝。食も細く、離乳時ももちろん、避妊手術をした後、麻酔の覚めきらない体で必死に歩こうとするシャンコを一晩抱き続け、背中を撫でさすったことは今でも忘れられない思い出だ。数年前には尿路結石を患い、以後は高価なフランス製の食餌を続けていることは、以前このコラムにも書いた。

 手のかかる子ほど可愛い。でも、シャンコはあくまで、息子の猫。私はそう思ってきた。実母が、思春期でロクに口を聞かない娘3人を尻目にテレビを観ながら、私が拾ってきたキジ猫を膝に置いてその背中を撫でつつ、「そうか、そうか。お母さんが撫でると気持ち良いか」。文字通りのネコナデ声を出すのを見るにつけ、「私はああはならんとこ」と思っていたのに…。いつからこの体たらくになったのだろう。

 シャンコが家族になって十数年。そんな誓いも忘れ、つい「お母ちゃんが…」と言ってしまったのを娘に聞かれ「いつの間にそんな毛玉生んだん?」とからかわれたのを機に、自分の中の戒めを解いた気もする。最近は子どもたちの冷ややかな目もなんのその。リビングのベッドでまどろむシャンコのモフモフのお腹に「お母ちゃん、帰りましたよ~」と顔を埋め、仕事の疲れを癒してもらっている。その構図では、どちらが母か怪しいものだと、つい可笑しくなることもある。

 そんなこんなの思いを、晩酌しながら息子に話してみた。
「あんたが面倒見るって言うたから家族にしたんやんか。ということは、シャンコの親はあんたやないの! 何で私が“お母ちゃん”にならんとアカンねん。あんたが…」と管(くだ)を巻く私。
 息子はこの酔っ払いが、って顔をしながら、「何言うてんねん。シャンコが家に来た日、その膝の上でオシッコたれたやろ? で、その後も寝続けたやんか。あの時から、すでにシャンコのお母ちゃんなんやって」
 シレッと言い放ち、「呑み過ぎんなよ」と、食器を手早く片付け自室に戻っていった。

 何か、息子が私の親になったかのような気分…。しかもそんな初期、いや初日から、息子は「面倒見る宣言」を放棄し、親権、いや猫権を私に譲っていたとは…。愕然。そりゃ、面倒見んかったわけや。
 猫が子どもで、息子が親で…ああ、ややこしい。酔っ払いの頭は思考停止。人はこうして子どもに戻っていくのかも…。

「シャンコ、お母ちゃんは寝ます。オヤスミナサイ」。頭をやや乱暴に撫で、自室のベッドに倒れ込んだ。

「お母ちゃんの横やと安心して寝られるねん」

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