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小林明子

小林明子/ライター

物心ついた時から家には動物がいて、ペットというより「家族」だった。 一緒に暮らすのは大変だけど、意外な発見の連続で離れられなくなる。

第4回 家の中にも危険は潜む…

 生まれた時から犬派だった父を、放浪猫を連れ帰って飼育するという荒業でねじ伏せた約30年前。当時、猫は外で遊ばせなければストレスが溜まる、という考え方がどちらかといえば主流で、「猫はノミを持ち帰る」と言い張る父を納得させるためにも、連れ帰った放浪猫を戸外に出さず家飼いすることに決めた私に、「え~、それって飼い主の横暴ちゃうん?」「かわいそう。猫は外で遊ばんと、寿命縮むって言うよ~」云々、非難の言葉が投げられたものだった。

 それから四半世紀余を経て、世の中は変わった。今や獣医さんも、猫に関しては家飼いを推奨。ケンカなどで負うキズから罹患する感染症、交通事故も回避できる。生ごみを食べてお腹をこわすこともないし、糞害で近隣に迷惑をかけることもない。病気などのリスクが大幅に減らせるため、野良猫と家猫との寿命は1:10ほどにも開きがあると言う人もいるほどだ。
 ストレスに関する世論も変わった。犬と違って広範囲なテリトリーがなくとも、猫は上下移動ができれば精神的にも健やかに過ごせるとの説が今や一般的。猫タワーや背の高い家具などへ導く動線が用意できればノープロブレム。かくして猫の平均寿命は日本人と同じく延びに延び、今や十数年が平均。二十年以上生きる、世が世なら“猫又”と呼ばれるであろうツワモノも珍しくない時代に突入しているのだ。

 いま、共に暮らしているシャンコももちろん家飼い。母猫とはぐれた駐車場から拾い主宅を経て、物心(あるかどうかわかりませんが)ついた時にはリビングを駆け回っていたシャンコにとって、我が家が世界のすべて。天気の良い日は抱っこをして玄関の外に出てみたりもするが、私の肩にしがみつき、前の道をトラックなどが轟音と共に通ろうものならツメを立ててパニクる始末。家の中に入るとホッと一安心。寝床に帰って毛づくろいを始める有様だ。とはいえ、家飼いと言えども安心はできないのだなと、思い知らされる事件が、この冬に起きてしまった。

 私の仕事場は4畳半の和室。机に座れば、仕事に必要な品々がすべて手の届く範囲にあるという“私の城”だ。原稿書きに終日勤しむ日はシャンコの入室を許し、原稿に詰まった時は、すやすや寝息を立て、時にグフグフと寝言を言うシャンコの純白のお腹に顔から突入。モフモフの毛皮に顔を擦り付け癒してもらうという犯罪的行為に及び、英気を養って再び原稿書きに戻るという所業を繰り返している。
 取材などで外出する時は、シャンコのいたずら(本棚に突進して片っ端から本や資料を落とし、自分が居座る…的な行為)を防ぐために入室はお断りし、階下にある寝床へとお連れするのだが、数分程度部屋を空にする時は熟睡を覚まさせるのも忍びないし(原稿に詰まった時は平気で起こすゆえ、このような場合は罪滅ぼし感覚の心情が働くとも言える)そのままにしておく。この日もそうだった。

 喉が渇き、しかも小腹も空いたので、階下に降りて、コーヒーを淹れ、焼き菓子などを見繕って部屋へ。扉を開けた瞬間、「ん? 焦げ臭い?」のである。タバコは娘が生まれた23年前に止めたし、今日はアロマキャンドルも点灯していない。なのに、なぜ焦げ臭い? すわっ、近所が火事か? と窓を開けて気がついた。むしろ、焦げ臭いのは自分の部屋だと…。
 冷静になり辺りを見回すと、畳の上に黒い粉がパラパラと散らばっている。その先にいるのは、部屋を出る時には熟睡していたシャンコ。一心不乱に自分の腰辺りを舐めている…舐めている…、その舐める度に黒い、正確には焦げ茶色い粉がパラパラパラ…。

「シャ、シャンコ」と狼狽えて近づくと、自慢の毛皮に見慣れないストライプができていた。このストライプの幅は…、足元を温めるようにと点けておいた電気ストーブの前面に付いている金属ガードの幅じゃないかと、ようやく気がついた。
 推測するに、私が部屋の外に出た物音に気付いたシャンコは眠りから覚め、水でも飲みに行ったのだろう。ついでに部屋を散歩するうち、ストーブを発見。「あ、これ、あったかい」とすり寄った?ところ、毛皮がジュッとグリルされちゃったのだろうと。
 猫は毛を舐めるのが習性とはいうものの、塊になると胃に負担がかかるし、まして焦げた毛皮なんて舐めさせるわけには行かない。あわてて濡れタオルで冷やしつつ、焦げた部分をそっと拭って取り除く。触れただけでバラバラバラバラ、ゾッとするような量の毛皮が畳の上に。幸い、フカフカの冬毛だったので、その下の皮膚は火傷にはなっていなかったものの、見た目だけではわからない。
 獣医に連れて行くべきかと悩んだが、かつて予防注射を打つ際、看護師さん数名を爪と牙で切り裂き、血まみれにしたほどの医者嫌い。逡巡するうち、傷口は舐めて治すという動物の習性を最大限に発揮し、ものの数分で治療完了。舐め終わった部分は見事な虎刈り状態。罰ゲームで一部刈り上げられた中学生の後頭部のような趣に。「ごめんね、ごめんね」ともはや半泣きでシャンコを撫で続けた。

 以降は大反省。少しでも部屋を空ける時はストーブのスイッチを切るようにしていたのだが、敵はストーブだけではなかった。新たな敵は文明の利器、主婦の味方である電磁調理器だった。
 強化ガラスのプレートで覆われている電磁調理器は手入れが簡単で便利な家電だが、火が見えないため、お年寄りなどが火傷をしないよう、プレートが高温になると同時に赤いパイロットランプなどが点灯し、注意を喚起するような仕組みになっている。お年寄りにはそれで充分だろうが、猫には通用しなかった。特に夏場はガラスプレートのひんやり感がお気に入りなシャンコ。肢体を投げ出して一晩を過ごすということも少なくはなかったため、よもや「コイツが敵である」という認識はできなかったに違いない。
 煮物をし終えたばかりのプレート。濡れ布巾でぬぐって温度を下げる暇もなく、私に飛びつこうとしてうっかり前脚を乗せてしまったのだ。「ウギャ」と短く鳴いて飛び降りた後、やはり肉球を盛んに舐めていた。火傷をするほどではなかったものの、自慢の肉球はいつもの桃色から赤ワイン色に変化。飼い主として不注意を、またもや後悔させる瞬間だった。

 子どもたちが小さい頃はファンヒーターの前にガードを置いたり、鋭くとがった家具の角に布を張ったりしていたことを懐かしく思い出す。我が子同然、いや、今や憎々しい口を聞き、小遣いをせびりに来るばかりの我が子よりもはるかに可愛いと断言できるシャンコの寿命を一日でも長く延ばすため。できる努力はすべて行わねばと、新たな誓いを今、立てている。

 本来はないはずの一文字の線が、自慢の毛皮に入っちゃったのよ(怒)
 やーねー。でもひと月もすれば、元どおり!

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