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小林明子

小林明子/ライター

物心ついた時から家には動物がいて、ペットというより「家族」だった。 一緒に暮らすのは大変だけど、意外な発見の連続で離れられなくなる。

第12回 「代われるものなら…」

 始まりは、この一言だった。
 息子「シャンコの舌に何かついてるみたいなんやけど、気づいてた?」
 私「え? 何それ、気づいてない…」
 慌てて、シャンコの元に。ベッドでまどろむところを無理矢理起こしても口を開けてくれるわけもナシ…。仕事場に連れ込んで、好物のヨーグルトを食べさせてみるものの、肝心の舌はよく見えない。諦めてしばらく様子を見ることにした瞬間、眠気に襲われたシャンコが「あ~~~ん」とアクビをした。
 私「何かついてる!! 小豆ぐらいの肉片が舌に…」
 息子「せやろ。あれって前からあったわけじゃないよな?」
 私「ないない。どう見てもデキモンや…」



 インターネットで「猫 舌 できもの」と入力してみると、口内炎、皮膚炎などに混ざって扁平上皮ガン、メラノーマ、繊維肉腫…恐ろしい病名がヒットする。愛猫と舌癌との戦いを綴ったブログも散見できる。とにかく獣医さんに見てもらうしかない…けれども、シャンコは大の医者嫌い。子猫の頃、予防注射をしてもらいに行った動物病院のスタッフさんを、恐怖のあまり血まみれにした武勇伝の持ち主なのだ。

 1歳過ぎで避妊手術をした時も大変だった。予防注射の際に学習したので、大きめの洗濯ネットに入れ、ケージの中に座らせるようにしたのだが、学習していたのはシャンコも同じだった。手術前日の検査の際、洗濯ネットに入れられる→ケージに押しこまれる→獣医!という図式を学んだのだろう。洗濯ネットを見ただけで私にまで唸り声を上げるようになってしまったのだ。

 あれから13年。さすがに洗濯ネットの件は忘れているだろうが、獣医のトラウマはきっとすぐに蘇るはず。翌日、まず獣医さんに電話を入れて、指示を仰いだ。「洗濯ネットとケージで充分ですよ。連れて来てください」という優しい言葉を鵜呑みにし、シャンコを連れて動物病院に急いだ。

 診察室に通される。シャンコは鳴くでもなく、存外落ち着いている。ケージを開けて洗濯ネットから出しても、やや警戒はしているものの、まだ平静を保っている。「まずは口の中を見てみないと…」と、獣医さんが言いながら手を伸ばしたと同時に「ヴーッ」低いうなり声を上げ始めた。臨戦態勢に入ろうとするシャンコを背後から押さえる。

 獣医さんが「シャーッて言うてみ。そしたら口の中が見えるから」と言った直後、シャーッ、ギャオギャロギャーと暴れ出した。狂乱状態だ。こうなると私も血まみれにされる可能性があるので下手に手出しはできなくなる。 
 とにかくバスタオル2枚で包んで落ち着け、そのまま大型の洗濯ネットの中に。「困ったな―、一瞬しか見えなかった。もう一回出せませんかね」という獣医さんに「いやいや、むしろケージに入れても良いですか」と半ば無理矢理シャンコを押しこめた。興奮冷めやらぬシャンコはケージの中でも唸り続けていた。
「天井付近にまで駆け上がる子もいるんで、あんまり気にせんといて下さい」と先生は言いつつも、「お家でもこんなんですか?」。とんでもない、獣医さんを見るとこうなるんですと言い訳しながら冷や汗をぬぐう。



 先生の見立てはこうだった。
「舌の上に肉腫があることは一瞬でしたが確認できました。位置も大体はわかりましたが、根元の大きさがわからないので、どれだけ切除すれば良いかは現状ではわかりません。普通は血液検査とレントゲンを撮って、異常がないことを確認してから、体質や体調に合わせた麻酔薬を用いて切除手術をするのですが、この子はその検査ができないので、手術当日、軽めの麻酔で落ち着かせている間にレントゲンと血液検査を行い、そこで問題なければ本格的な麻酔をかけて切除をします。
 ただし、14歳は人間でいうならば70歳以上。麻酔から覚めないことも含め、何があってもおかしくないことを覚悟してください」

 私「はい(心の声:何でも言うこと聞きますから治してください)」
 先生「そして、ここからが重要です。猫の口の中に出来たものはあまり良いものではないことが多いです」
 この一言を聞いて涙があふれてきた。慌ててハンカチを出し、握りしめながら続きを聞く。

 先生「切除した患部は検査に出しますが、結果がわかるまでに1週間かかります。その間に、悪性だった場合の治療法をご家族で相談しておいてほしいのです。第一は放射線治療です。これは関西空港の近くまで通ってもらわねばなりませんし、費用の面からも現実味は低いと思います。第二は抗がん剤です。ただし、この子は点滴なんてさせてくれないだろうし、その度にリスキーな全身麻酔をするわけにもいかない。飲み薬になるので効力は低いかも知れません。
 最後は舌の切除です。進行具合によって切除範囲は異なりますが、猫は舌の半分程度を失った場合、エサを食べることを止めてしまいます。犬はそれでも食べようとするのですがね…。で、その場合は胃ろうですね。胃にチューブを通して、そこから栄養を入れることになります」

 獣医さんの名誉のために言い添えるが、決して事務的にではなく、涙が止まらない私を動揺させまいと努めて冷静に、でも現実は甘くはないことを伝えて下さるのだが、私の頭の中には「抗がん剤」「放射線」「胃ろう」、そんなしんどいワードがひたすら回るだけだった。
 
 先生「どちらにしろ手術は早急にしなければ。悪性だった場合、驚くような速さで肥大化しますから、あっという間に口が閉じられないほどになり、食事も取れなくなります。転移もありますから一刻も早く切除しましょう」
 私「わかりました。ただ、この子の親権は息子にあります。今の話を彼にもしていただき、術後の方針を相談したいと思います」とだけ絞り出すように伝え、手術日を予約して病院を後にした。



 当日。息子と共にシャンコを連れて病院に向かう。先日と同じ内容を聞く息子は私のように取り乱すことなく意外に冷静。
「悪性だった場合の事はこれから考えますので、よろしくお願いします」と頭を下げていた。そもそも、シャンコの病巣を発見したのは彼。14年の間にずいぶん大人になったものだ。これなら、母親である私ががん宣告を受けても、きちんと対応してくれるだろう。その反応を見て私もようやく腹が据わった。

 シャンコを預けて数時間後。病院から手術無事終了の電話が入る。
 先生「根元部分が意外に小さかったので、傷口は比較的小さいです。舌は縫うと、余計に気にしてこすりつけたりして傷口が開くので、縫っていません。少し出血するかも知れませんが、数日で元に戻ります。血液検査の結果ですが、驚くほど健康というか若いというか、いや、むしろ元気な子ですね、ハハハ。14歳にもなるとなかなか麻酔から覚めないんですが、こっちが慌てるぐらい早く覚めました」と苦笑い。
 その証拠に、麻酔中、切ってもらったと思えるツメが2本だけ長いままだった。「ついでに」とツメを切るうち、シャンコが目覚めたので慌てて止めた様子が目に浮かぶようだった。

 帰宅したものの、全身麻酔後は誤嚥(ごえん)を防ぐため、しばらく絶食させなければならず。術前と合わせると24時間以上何も食べていない絶食シャンコは、「ニャー(飯~~)、ニャー(腹減った~~)、ニャー(なんか食べさして!!)」、鳴くわ鳴くわ。傷口の痛みもあったのかもしれない。
「代われるもんなら代わりたいけど」と撫でながら、我慢させるしか仕方なかった。



 結果が出るまでの1週間が、むしろ落ち着かなかった。効き目の薄い飲み薬でだましだましがんと付き合うか、胃ろうにするか。答えなんて出るはずもなく、何度となく家族会議も開いたが、結論は出せないまま日々が過ぎた。
 運命の日。病院から電話。
 先生「良性でした! 良かったです! ただ、喜んでばかりもいられないので、病状説明を聞きに来てください」

 見立てはこうだった。
「この子は免疫異常なんです。エイズとは反対で、免疫が高すぎるために、ちょっとした原因でも体が異常に反応して、デキモノを作ってしまうんです。このように舌に出来る場合は少し珍しいですが、皮膚病なんかも同じ原因で起こる可能性がありますから、予防をしなければなりません」
 私「がんでなかっただけで、もう喜ばしいので、あとはどんな治療でもやります!」
 先生「毎日薬を飲ませてもらわんとあかんので、ちょっと大変ですよ」
 私「いや、胃ろうとかのことを思ったら…」
 先生「かなり苦いんで」
 私「頑張ります」
 先生「そしてちょっと高価です」
 私「い、いかほど?」
 先生「このカプセル1個が1日分なのですが、1個500円です」
 私「ということは、1カ月15,000円…」
 先生「そうなりますね。カプセルが飲めない子用の液体もありますが、これも20日分が1万円。60日分用は少し容量が増えるので、63日ぐらい使えるのでちょっとお得ですね。3万円です」

 動物保険に加入していなかったので、件の手術代も当然すべて自腹。かくして、万札が飛んでいく日々と相成り、それをネタに「お仕事下さい」とほうぼうに泣きついている。結果、いただけた大量の仕事をこなし、シャンコがあくびをする度にのぞきこんで舌の無事を確かめつつ、福々しいお腹に顔を埋めて癒され、彼女の薬代&治療代を稼いでいる。
「お互い、長生きしようね」と声をかけながら。

 猫、または犬とお暮しの皆さま、若いうちに保険に入っておくことを強くオススメいたします。

アクビの瞬間を激写!舌の上に注目

注射用の毛刈りの跡

PS これも泣きついていただいたお仕事(笑)。シャンコもP92に掲載されています。
http://lmaga.jp/mook/nekomero.html

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