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小林明子

小林明子/ライター

物心ついた時から家には動物がいて、ペットというより「家族」だった。 一緒に暮らすのは大変だけど、意外な発見の連続で離れられなくなる。

第1回 キズも思い出

 物心ついた時から、犬だの猫だのが生活の中に当たり前に存在していた私と違い、連れ合いは動物嫌いの親の元でペットの飼育を禁じられて育ったため、家の中に動物が居る暮らしは想像もできなかったようで、「猫を飼おう」と誘う私の声を長年拒否し続けてきた。そんな我が家の禁をあっさり破ったのは動物を愛してやまない長男。彼が保育園に通っていた、10年前のことだ。
 知人の駐車場で母猫とはぐれたのか、ミーミーか細い声を出して助けを求めていた子猫が3匹。そのうちの1匹を「どうしても飼いたい!」と愛息に懇願され、子猫の愛らしさも相まって、連れ合いも根負け。3匹のうち、一番小さかった三毛猫は、晴れて我が家の一員となった。

 長女がバレエを習っていたことから、音を立てずに降り立つステップを意味する「パ・ドゥ・シャ」、通称・シャンコと名付けられたその子猫は、本当に生まれたてだったらしく、ミルクを皿から飲むこともできなかった。猫用哺乳瓶を買いに走り、3時間ごとに猫用ミルクを授乳する日々。我が子以上に溺愛して育てたおかげですくすくと成長。はじめは階段を上ることができないほど小さかったが、数カ月のうちに足腰もしっかり。あっという間に、鮮やかな駆け足で階段や廊下をタッタカターと走り抜けるまでに大きくなった。
 性別に関係なく、若い猫の運動量たるやすさまじいものがある。リビングの端から端までを瞬時に駆け抜け、瞳をキラ〜ンと輝かせて食器棚のてっぺんに駆け上がる。窓の外に小鳥の影を見つけると猪のように突進し、ガラスにぶつかって目を回す、という塩梅だ。モノは落とすわ壊すわで、その度に大きな声で叱ると、一瞬は身を縮めて反省したような態度を見せるものの、秒速で忘却の彼方。また、返す刀でテーブルに飛び乗り、前足で片っ端から卓上の品を落下させていく。それがシャンコのルーティンワークだった。

 幸か不幸か、その頃、我が家は念願の新居を建てて2年目…というタイミングにあった。35年ものローンを背負い、一世一代のマイホームを建てた連れ合いにしてみれば、家は命の次に大事な宝物。そんな彼の背後で、ある日不穏当な音が…。バリバリバリ〜〜! 振り向いた連れ合い、「ぎゃ〜〜」と悲鳴を上げた。
 見ればシャンコは、キズひとつなかった和室の袖壁を抱え込むように抱きつき、前足を盛んに動かしてツメを研いでいた。「おのれ〜、バカ猫〜〜、ツメを引っこ抜いてくれる!」と怒り狂う連れ合い。子どもたちと「いたずらするのは子猫のうちだけだから。大人になったらクロスは私たちがお金を出して、貼りかえるから」と彼をなだめすかし、何とかその場を収めたのだ。
 ところが、その後もシャンコは件の袖壁がいたく気に入ったらしく、事あるごとにバリバリ〜〜ガリガリ。その度に「ギャー、おのれ〜」「まぁまぁ」がお約束のように繰り返された。
 被害はクロスだけにとどまらず、障子には桟を足場にかけ上り、畳ではドリフト走行…、連れ合いでなくともトホホと嘆きたくなる状態に。もちろん、市販の爪研ぎを与えたり、猫の嫌がる臭いをスプレーするなどしたものの、ほぼ効果なし。袖壁のクロスは見る間にボロボロ。見るも無残な状態になった。連れ合いも諦めがついたのか、一日に数回はあった悲鳴と怒号は一日に一度になり、数日に一度…、一年後には現場を目撃してもただ睨むだけ。いつしか諦めの境地を得ていた。

 あれから10年。今や体重5キロを超える貫禄マダムとなったシャンコはすっかり落ち着き、食事タイムと日課の各部屋の見回りをする以外は、終日のたりと昼寝をするばかり。この春高校生になったばかりの、拾い主である長男の素足にじゃれるぐらいはタマにするものの、滅多に相手にならず。「うち眠いねん、構わんといて」とちら見するだけ。その空気を読まず抱きかかえようものなら、ウーと怒り出す始末だ。
 ちなみに障子は破れにくいタイプのコーティング紙に張り替え、畳も新調したが、クロスは「これも思い出じゃない?」と誰からともなく言いだして、結局そのまま。シャンコはたまに爪研ぎするような素振りを見せるものの、「メッ!」と怒ると「何や、アカンのかいな。しゃぁないな。ほな止めといたるわ」とでも言いたげに踵を返し、お気に入りの毛布が敷き詰められた寝床に向かう。
 その後ろ姿。左右に揺れる、少々タレてきたように思える臀部を見て、「お互い、歳を取ったなぁ」と連れ合いがポツリ。若さゆえの過ちは、ほろ苦い思いと甘酸っぱい記憶が蘇らせる。猫と人、互いの若かりし頃を、袖壁のキズを見る度に想い返し、子どもたちが背比べをして柱に刻んだ成長の証も合わせて眺め、茶などすすりながらしみじみするのも、実のところ悪くない。

シャンコ近影

「私の若かりし頃のことを書くの?
ホホホ、お恥ずかしいわ」と仰っています。

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