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近藤雄生

近藤雄生/ライター

子どもができると夫や妻は「親」になる。 海外で5年間、放浪の旅を続けて帰国した「遊牧夫婦」が、やがて「遊牧家族」に変わっていく日々を。

第11回 彼女らにとって「父親」とは?

 9月中旬、やむをえない事情から妻が何日か家を離れなければならなくなった。
 その予定が決まったときに5歳の長女にそのことをぽろりと漏らすと、長女はみるみる顔をゆがませ号泣した。
 「いやだよお、いやだよお」

 妻が実際に家を離れる数週間前のことである。これまでの経験上、この状態だと当日まで連日泣き続けるかもしれない。それはあまりにもかわいそうだし、こちらも身が持たないため、とりあえず妻もぼくもいったん、「やっぱりどうなるかわからない、行かなくてもいいかもしれない」と言い直した。そしてそのままあやふやにしながら、当日の朝、娘が保育園に行く直前に、妻が告げた。

 「もしかしたらお母さん、今日、外でお泊りしないといけないかもしれんねん。まだ決まってないけど、お昼間にわかるし。お母さんも行きたくないけど……」
 それを聞いて、長女は「ええ~……」と不安げな顔になる。でもいろんな状況から多少の覚悟はしていたらしい。
 「おかあさん、いいひんくなったら、いややなあ」ぼくの自転車の後ろに乗って保育園に向かいながら、長女は寂しそうに何度も言った。



 その夕方、保育園に迎えに行くと、長女はぼくの顔を見るなり、首をかしげ、照れるような残念そうな表情を浮かべながら「あーあ」と言った。普段は妻が迎えに来るため、ぼくが来た瞬間に妻が行ってしまったことを理解したのだ。きっとすぐにでも泣きたいはずだ。でも、友だちもいるからか、必死に気持ちを抑えているようだった。
 少しでも気持ちを紛らわすためにコンビニでアイスを買い与え、2人で妻の実家を訪れた。2歳の次女を預けていて、夕食は一緒に食べさせてもらうことになっていたのだ。
 時折思い出したように「おかあさん、いつかえってくるの?」と尋ねたが、夕食もちゃんと食べ、風呂にも素直に入り、元気だった。若干、聞き分けがよすぎるような気がしたが、アイスを食べさせ、「今日はテレビの前に布団を敷いて、3人で寝ながら”ムービーナイト”しよう!」というと、それなりに喜んでいたので、案外スムーズに行くかもしれないと期待した。
 一方次女は、全く状況を理解していなそうで、いつも通りの様子だった。



 妻の両親に見送られながら、長女を後ろに、次女は前かごに載せて(抱っこひもを忘れてしまったため)、自転車で5分ほどの自宅に帰る。このまま何もなく寝てくれればなあ……と願ったが、3人になると急に思い出したように、長女は悲しく沈んだ声を出して言った。
 「おかあさんがいい。おかあさんにあいたいよう……」
 やはりすんなりといくはずはなかった。そして家に着くとさらに寂しさを実感したのか、リビングで猛烈に泣き出した。
 「おかあさんがいい、おかあさんがいい、おかあさんがいいよお!」
 まさに号泣という言葉がふさわしかった。

 「そうか、そうだよな……。じゃあ、電話で話そうか」
 そういって妻に電話したが、長女は一切自分からは話そうとはしなかった。スマホの向こうから妻が「そよー」と呼びかけても、長女はただソファに座って上を向いて大粒の涙をこぼしながら泣き続けた。
 一方、その隣にちょこんと座っている次女が「あなじょう、みよ!あなじょう、みよ!」と無邪気に繰り返すのを幸いに、ぼくはすぐに『アナと雪の女王』のDVDの準備をした。

 「よし、『アナ雪』つけるから、3人で見よ。楽しいよ~」
 2階から布団を2枚下ろして1階のリビングのテレビの前に並べて敷くと、次女は嬉々として布団の上に寝転がって見始めた。長女はすぐには泣き止まなかったが、しばらくすると、ようやく声を静めてテレビ画面をじっと見つめるようになってくれた。



 妻がまとまった日数家を空けるのは、3回目のことだった。
 最初は長女が1歳半くらいのとき。次女はまだ生まれてなく、ぼくと長女で4~5日間過ごしたのだが、その間は思っていたよりはスムーズに進んだ。しかし妻が戻った後、娘の身体の広範囲にわたってかなりひどい発疹ができたので、あわてて病院にいくと、何やら珍しそうな皮膚病であることが判明した。原因を聞くと医者は言った。
 「おそらくストレスでしょう」
 平穏に過ごしているように見えながら、猛烈なストレスがかかっていたらしいことを知って、ぼくは若干のショックを受けた。

 2回目は、次女が生まれる直前に妻が一週間ほど入院しないといけなくなったときだった。長女はこのとき3歳になっていたが、病院に見舞いに行くたびに、別れ際が修羅場となった。
 「かえらない、かえらない、いやー!おかあさん!」
 そう泣きわめくのを無理やりに引き離して連れ帰り、その様子にぼく自身もいつも少しもらい泣きしそうになった。
 そして今回。
 次女が生まれてからは初めてのことである。長女は随分大きくなり、次女と2人で仲良く遊ぶようにもなったけれど、理解力も繊細さも増したため、容易じゃないだろうことは予想していた。



 映画が終わるとすでに10時半ごろになっていて、二人とも力尽きるように布団の上に横たわった。ぼくはテレビを消して、小さい電気一つだけを残して、部屋全体を暗くした。朝晩はだいぶ肌寒くなっていたので、薄手のスリーパー(子供用の着る布団)を着せて、タオルケットを上にかけた。
 長女も少し落ち着いていたので、このまま寝てくれることを期待した。しかし暗くなって数分もすると、彼女は何度か寝返りを打ち、泣きながらつぶやき始めた。
 「おかあさんがいないと、ねられへん」

 ぼくの逆どなりに寝ていた次女は、泣く長女を横目になぜか「ククククッ」と嬉しそうに笑い、すぐにごろんと反対を向いて寝てしまったが、長女はなだめてもなだめても、泣き続けた。そしていよいよ我慢ならないという感じで起き上がるとこう言った。
 「いまからおかあさんのところにいく! あいたいー!」
 本当に寂しそうで、かわいそうだった。

 自分も幼少期に、若干近い体験があって、寂しかったことがいまも記憶に残っている。そのときのことを思い出しながら、娘の気持ちを想像した。そして、長女の手をぎゅっと握って、まだ乳児だったころのように、胸をトントンと手で静かにたたき続けた。
 長女はその後1時間近く泣き続けたあと、体力を使い尽くしたように眠りについた。

 それからぼくは一息ついて、わずかな光でしばらく本を読んだあと寝ることにしたが、ときどき聞こえてくる長女の寝言に、おや、と思った。最初は眠りながらも「おかあさんがいい」と言い続けていたのが、だんだんと「おとうさん、どこ」と言うようになったのだ。そして手さぐりで自分を見つけては、安心したようにぎゅっとくっついてくるのだった。
 そんなことは初めてだった。夢の中でも現実を受け入れようと葛藤しているのだろうか。必死にがんばっているらしい長女の姿にぼくも少しほろりとした。



 翌朝、起きるとすぐに、長女は涙目で「おかあさんがいい……」と繰り返したが、寝る前に少しだけ見せた『美女と野獣』の続きをつけるとすぐに静かに見始めた。その間に、着替えさせ、朝食を作り、保育園へ送り届ける準備を進めると、長女はようやく気持ちを切り替えることができたのか、受け答えも元気そうになっていった。そしてしばらくすると、靴下をはきながら、恐る恐る確認するように訊いてきた。
 「おかあさん、10かいくらいねたら、かえってくる?」

 それを聞いて初めて、娘が、10日もの期間を想像していたことに気づかされた。そしてちょっとほっとしてぼくは答えた。
 「そんなに長くないよ、3回くらいだと思うよ」
 すると長女は、一瞬で顔を明るくさせた。
 「じゃあ、しあさってにかえってくるの?」
 うん、そのくらいかな、と頷くと、いつもながらの笑顔になってこう続けた。
 「そよ、がんばれる」

 そしてそれ以上はぐずることなく保育園に行ってくれた。次の日もその次の日も、もう泣くことはなかった。2日目の夜に娘二人の動画メッセージを妻に送ると、それを見た妻が言った。
 「なんか成長した気がするな」
 本当にたった数日で、長女はぐんと成長したようだった。



 妻の予定が短くなり、結局、3人で3夜を過ごしたのちに帰ってこられることになった。その日は朝から「うれしいなあ、うれしいなあ」と長女はずっと陽気だった。そして夕方、3人で妻を迎えに行った。
 2人は飛び跳ねながら母親のいる場所へと向かっていく。妻を見ると、長女はもちろん、次女もやはり、声を上げながら飛びついた。
 「おかあさん!おかあさん!」
 長女は上下に飛び跳ねて、次女も一緒にケラケラと笑い、本当に嬉しそうだった。妻と娘たちが並んで歩く後ろを歩き、3人の後ろ姿を眺めているとぼくも気持ちが和らいだ。「よくがんばったな」と、長女に心の中でつぶやいた。長女が一回り大きく見えた。

 その一方、ぼくは自分がふと寂しさを感じていることに気がついた。あれだけ2人に必要とされ、彼女たちの生命線となっていたことは、自分にとって少なからぬ喜びだったことを実感したのだ。
 お母さん、お母さんと四六時中言われ続ける妻の大変さを思いながらも、自分の中に「必要とされたい」という気持ちが強く潜んでいることに、この日はっきりと気づかされた。
 3人の後ろ姿が、いつも以上に遠くに見えた。

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