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近藤雄生

近藤雄生/ライター

子どもができると夫や妻は「親」になる。 海外で5年間、放浪の旅を続けて帰国した「遊牧夫婦」が、やがて「遊牧家族」に変わっていく日々を。

第3回 家を買って気がついたこと

 次女が生まれてまだ2か月少々しかたっていない7月に、戸建の家に引っ越した。

「三年後、どこで何をしているかわからないまま死ぬまで行きたい」と思っている自分にとって、家を買うなど自分には一生起こりえないこととも考えていた。一か所に根を張ることには大いなる躊躇があった。
 しかし妻は、2008年に5年半に及ぶ長旅を終えて京都に住みだして以来一貫して、賃貸はもったいない、さっさと家を買ってしまおう、と言いつづけてきた。そうして1年ほど前から、気になる土地や物件があれば、週末に見に行くようになった。うかうかしてるとローンの組めない年齢になってしまう、とじつに合理的な理由から、妻は、労を惜しまず家探しに取り掛かった。

 いろいろと見て歩きながらも、私には、「自分たちが家を持つことなどできるわけがない」と感じていて、それがどこかで家探しから気持ちを遠ざけていた。というのも、不安定なフリーランスで稼ぎも少ない自分と、出産もあって今後仕事をどうするかが不透明な妻とが、住宅ローンを組めるわけがないと思っていたからだ(高い金利を厭わなければ方法があるのはわかっていたけど)。そして同時に、「まあ、買うことにはならないだろう」という気持ちが、家を買うことに積極的になれない自分にとっては、ある種の安心感を与えてもいた。

 しかし、物件を見続けるうちに、親しくなった不動産屋が、私たちの状況を知っても、いつまでも見捨てないことに、「おやっ」と思うようになった。もしかすると自分たちにもローンを組めるような裏技があるのだろうか。ということは本当に家を買うことになってしまうかもしれないのか。そんな複雑な思いを持ちながら物件めぐりを続けていたが、今年の年明け、第二子の出産も近づいてきたころに、妻がついに、「これぞ」という物件を広告で見つけてきた。
 妻の実家からほど近い、私たちには身近なエリア。土地がなかなか広く閑静なのに、土地+建物の価格がイメージするよりずっと安い。それでもほぼ、想定していた価格内に収まっている。

 もともとは古家を買ってリフォームするか、土地を買って注文住宅などと考えていたけれど、そのころには、条件的、金額的な面からそれが難しいことがわかってきて、すでにかなり現実的になっていた。見つけたのは建売の物件だ。とはいえ、まだ建物は建ってなく材料などに関しては口をはさめそうだったし、何より土地が気に入ったので、このくらいが妥協点だろうと私も妻も考えた。
「よし、決めよう」
 見つけてから数日後に決断した。

 それから妻は、にわか勉強とはいえかなり自分で勉強して、材料や断熱材、照明、配線などについて相当注文を付けて変更をお願いした。
 心配していたローンは、確かに厳しかった。不動産屋が、「ここがダメだったら正直厳しいかもしれません」というもっとも懐の広そうな某信用金庫の一番理解のあるらしい某支店に当たってもらうも、電話の段階で、審査もしてもらえずに門前払いされたことを後から知った。しかし、不動産屋はあきらめなかった。それでも救ってくれる銀行を見つけてくれた。妻との共同名義にし、いろんな書類を提出して、なんとか信用してもらい、最終的には悪くない金利で無事にローンも組むことができたのだった。

 家は6月に完成した。そして7月、無事に引越しを終えた。次女が生まれてまだ2カ月のころである。
 そうしてついに自分たちも根を張って落ち着いた。旅をする生活もいよいよこれで終わりになる――かといえば、じつはそうではない。
 いまの自分の気持ちを言えば、むしろ全くの逆なのだ。

 家を買ったことによって私は、「これでまた自由に旅ができる」とうれしい気持ちになっている。身動きが取れなくなるどころか、むしろ自由度がぐっと上がった気がしているのである。
 なぜか。それは、自分の拠点ができたからだ。たとえ旅に出ても、これで帰る場所があるからだ。私一人で旅に出て家族が待っていてくれるという話ではない。子ども2人を連れた家族4人での長期の旅について、そのように考えている。

 この視点を与えてくれたのも妻だった。彼女はこう考えていたのだ。
「賃貸のマンションを解約して子ども連れて年単位で旅をして、帰ってきたらとりあえず家族で実家に転がり込んでどうするか考えるっていうのは絶対にありえへん。でももし自分の家があるんなら、そこに戻ればいいから、しばらく旅をしてたっていいんじゃないかな」
 確かにそうなのだ。家が貸せるということは条件になるけれど、2年とか3年とか、期限付きで貸すことができれば、何も自分たちで住まなくてもよい。長期で他の場所に暮らすなり旅をするなりしたあとに日本に帰ってきても、「さて、住む場所をどうしようか」というところから始める必要がないのであれば、むしろ旅はしやすくなる。
 自分が家を買うことに積極的になったのも、最終的に妻のこの考え方に「なるほど」と思ったことが大きかった。

「イスタンブールに住んだら楽しそうじゃない?」
 私がそう言うと、妻は「イスタンブールには興味ないなあ。それなら京都でいいな」という。しかし、妻はそのあとにこう付け加える。
「むしろ、モンゴルの草原でゲルに住むとか、キャンピングカーの中で暮らしながら旅をするとか、そういうのだったらやりたいなあ」
 妻は、「まだ旅をする気分になんてならへん」と落ち着いたそぶりを見せているものの、ああだこうだで、より大胆なことをしたがっているのは彼女なのかもしれない。

 そして、こないだ家族4人で北海道旅行に行ったとき、車を走らせながらこんな案を思いついた。
「北米から南米まで、バンで縦断するのはどうだろう。カナダからアルゼンチンまで。その途中でどこかに長期で滞在したりしながら……」
「うん、そういうのができたら楽しそうやなあ。キューバにも住みたいって思ってたし」
 妻もこの案には同意した。

 私は、2003年から08年までの5年半に亘った旅が終わったとき、「この旅が、自分の人生のハイライトになってしまうのでは……」と懸念していた。あの5年を思い出しながら、ああ、あのころはよかったなと言って、「余生」のような日々を過ごすことになるとすれば、それは決して幸せなことではない。
 私は、この5年間の旅について2009年から『遊牧夫婦』というシリーズものの紀行作品を書きつづけ、順次出版していた。書きながらいつも、ああ、あのころはよかったな、楽しかったなと、当時のことを思い出していた。が、この8月に、シリーズの完結編となる一冊を書き上げたことによって、ついにあの旅が過去のものとなった気がした。そしていま、もうあの旅を振り返るのはやめにしようと思い始めている。その分、気持ちをこれから始まる未知の何かに向けよう、と。

 これから家族4人で長い旅をすると考えると、それだけで楽しくなる。いますぐにということではないし、本当に実現できるかはわからない。二人のときのように簡単に行かないのは間違いない。しかしいまはただ、そのことを考えるだけで楽しく思える。これから先、また大きな「未知」が待っていると思うと心からワクワクするのだ。
 いまは全く想像もできない未来が自分の前に待っている。そう思いながら生きることが自分にとってはとても大切なんだろうと、いま強く実感している。

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