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近藤雄生

近藤雄生/ライター

子どもができると夫や妻は「親」になる。 海外で5年間、放浪の旅を続けて帰国した「遊牧夫婦」が、やがて「遊牧家族」に変わっていく日々を。

第13回 消えゆく風景、待ち受ける未来

 3月某日、長女が保育園を卒園した。
 通い始めたとき1歳4か月だったのが、いまはもう6歳。毎日をずっと一緒にすごした27人のクラスメートとともに、この日保育園の最後の日を迎えることになった。



 その2か月ほど前のこと、卒園式の後の謝恩会で乾杯の挨拶をしてくれないかと、委員のお母さんに頼まれた。自分が仕事柄、人前で話すことが少なからずあることを知られていたのと、毎朝の見送りでクラスメートのお母さんたちとも比較的親しくしていたため、ふと誰かが提案してくれたのだろう。
「いいですよ、やります」。ぼくは了承した。

 しかし卒園式の2、3日前、謝恩会委員のお母さんと当日の段取りについて話していると、若干不安な気持ちが高まった。話すことがいやなのではない。きっと泣いてしまい、話すのがままならなくなるのではないか、ということが気にかかったのだ。そんなことを冗談半分で言っていると、
「そよちゃんのお父さん、ちびまる子ちゃんの映画でも、一人だけ泣いてたみたいやしね」
 と、長女の仲良しのお母さんに突っ込まれ、ははは、いやいや、なんて言っているうちに、若干目がうるんでしまったのを見られて、もうひとりのお母さんが笑った。
「いや、やだ、もう涙目になってませんか~?」

「これは、やばいですね」
 そう言って、そのお母さんの方を見ると、彼女も、少しこみ上げてきているようだった。
 いまからこれでは、本番はどうなるのだろう。とてもちゃんとは話せないだろうな。でも、それはそれで雰囲気が出ていいのかもしれない。大まかな内容を頭の中で数日ほどぼんやりと考えて、あとは実際に卒園式を見た後でその場の気持ちで話そう。そう思い、当日の朝を迎えたのだった。



 その朝、ぼくは普段ほとんど着ることのないスーツを着てネクタイを締め、妻もきれいに着飾った。次女は、長女のお下がりの赤いワンピース。
 一方、主役である長女は、いつも通りの保育園の赤いジャージに身を包んだ。卒園式の前に、保育園生活の集大成ともいえる最後の体操の発表会が行われるからだ。

 保育園のホールで、朝9時からその発表会が始まった。リズム運動と呼ばれるもので、長女の保育園ではこれを保育の一番の柱としていた。身体の成長に合わせ、そのとき必要な動作を繰り返し行うことでしっかりとした身体をつくる。日々練習を重ね、年齢とともに内容は徐々に高度になっていく。
 そのおかげなのだろう、長女もとても器用にいろんな運動ができるようになった。

 その最終的な成果の一つともいえるのが側転だ。その日の発表会では一人ずつ、ホールの対角線を端から端まで、先生のピアノの伴奏のもと、側転で進んでいった。何か月前からか練習を始め、このころにはきれいにできるようになっていた長女は、自分の番が来ると、冷静にくるりくるりと回っていった。6回で端までたどり着くと、走って席に戻り、「うまくできたやろ?」と言わんばかりの顔で、舞台の上から眺めるぼくらの方を見てにっこりと笑った。

 5年前、園に通い出したころはまだ言葉を話すことはできず、オムツをはき、園で別れるときはいつも泣いていた。それがいつしか、自分にはできないことも次々とできるようになっている。側転をする長女の姿は、彼女の成長を象徴しているようだった。

 その姿を見ながら、ああ、本当に成長したなと、ぐっとくる気持ちになった。しかしその一方、謝恩会で何を話そうかがまだ決まってなかったり、泣いてしまったらどうしようということに意識が及んでいたこともあり、ぼくは感激しながらも割に冷静に娘の様子を見ていたのだった。



 リズム発表会が無事終わると、園児は着替え、卒園式へ。一人ひとり壇上で卒園証書を受け取り、園長先生が話をし、保護者代表のお母さんが着物姿でお礼を述べた。こういう式典に保護者の立場で参列するのは初めてだったこともあり、娘たちの成長を感じるとともに、自分たちが年を取ったことをどうしても実感してしまうのであった。

 いつのまにか僕たちは 一人で歩いていたよ
 六年前にこの世に生まれた 小さなこの命
 ~
 ありがとう心を込めて ありがとう そして さよなら

 28人の園児たちが、親や先生へのメッセージを高い声をそろえて読みあげたあとに、ピアノに合わせてこの歌を歌いだすと、親たちのすすり泣く声とカメラのシャッター音が同時に響いた。ぼくは歌詞をプログラムで読んだだけで若干うるうるしてしまったので、ここはどうしても泣いてしまう。卒園式のクライマックス的場面となった。

 そしてそのときくらいからだんだんと、なぜか、挨拶で泣いて言葉に詰まらないといけないような気になっている自分に気が付いた。ぼくが乾杯で言葉につまって涙する。するとみながもらい泣きしてなんとなく感動的な雰囲気ができあがる……。
 結婚披露宴でも、最後に新婦が、お父さん、お母さんへの感謝の手紙を涙ながらに読み上げて、みなが感動して涙するという鉄板シーンを経ることで「ああ、いい結婚式だった」と参列者がカタルシスを得る。もちろん、たかが乾杯の挨拶ごときを新婦の見せ場と比べてはならないが、勝手にそんな場面を重ねてしまった。

 話はそれるが、結婚披露宴に関して、妻は、両親に感謝の気持ちを伝えたいのであれば何もみんなの前でやる必要はない。個人的に伝えるのが筋だろうという考えのため、自分たちのときはやらなかった。その意見には納得できる一方で、自分としては、結婚式のエンターテインメント性を高めるという意味で披露宴での両親への手紙は、あっていいと思っている。
 いや、参列者の立場から考えるとむしろあった方がいい。披露宴では、やはり感動させてほしい、泣かせてほしいという気持ちがおそらくみなにあるからだ。

 というのはどうでもいいことなのであるが、そんなことが頭をよぎったこともあり、ああ、泣いた方がいいのかな、泣くと挨拶としてはわけがわからなくなりそうだけれど、聞いている側としてはその方が、「そよちゃんのお父さんの挨拶よかったね」ということになるのではないか。そんな妙な考えが湧いてきてしまったのだ。
 しかし、そう思えば思うほど、気持ちは冷静になっていった。



「では、近藤そよちゃんのパパ、乾杯のご挨拶をお願いします」
 謝恩会が始まってまもなく、司会のお母さんに紹介され、前で話を始めると、こみ上げそうな気配は全くなくなってしまっていた。

 「いまこうして皆さんの様子を見回すと、子どもたちの成長とともに、私たち保護者も、みないい具合に高齢化されて……」と、若干笑いを取れるかな、これは言おう、と考えていた台詞を言い忘れたことをあとから思い出して残念に思ったものの、それ以外は思っていた以上にすんなりと滞りなく話せてしまい、無事に乾杯できたのである。
 非常にまっとうでよかったような、しかし、なんとなく物足りない挨拶となったのだった。

 いずれにしても、そうして自分の役割は終了した。
 それからジュースとパンをみなで食べた後、委員のお母さんたちが考えてくれた渾身の余興、お母さんたちの歌、先生たちの歌、子どもたちから先生や親へのプレゼント贈呈、感謝の言葉……と充実した内容が続き、3時間ほどに及んだ謝恩会はとても楽しく進んでいった。
 先生方や仲良かった子やその親たちとも最後にゆっくり挨拶もできて、娘の5年間の保育園生活を締めくくるとてもいい一日となったのだった。



 長女は、みんなとの最後の別れを思っていたよりもあっさりと終えていたが、やはり一日中興奮してエネルギーを使い切ったらしく、その日はすぐに眠りについた。

 自分も同じくかなり疲労困憊したものの、その夜もう一つ仕事が残っていた。このコラムに卒園式のことを書こうと考えていて、締切も近かったので、その日のうちに骨組みぐらいは作ってしまいたいと思っていたのだ。

 しかし書き出すと、出だしから詰まってしまった。何となく、感動的なことを書かなければいけない気がしてしまったために、予想以上に明るく楽しかった卒園式をどう書くべきかわからなくなったのだ。それこそ挨拶で号泣でもしていたら、面白い一篇が一気に書きあがっていたに違いないのに……。

 いや、でも、楽しくてよかったじゃないか。いい締めくくりだったじゃないか。娘にとって、そして自分たちにとっても初めてのこうした節目の一日を振り返りながら、ぼくはそう思い直した。明るく終えられたのは何よりだったのだと。

 ただ、頭ではそう思いながらもなかなか文章としてまとまらない。疲労で眠気が襲ってきて、どうしようかと思いつつ、ふと、この連載にこれまで書いたものを読み返してみようと思いついた。そして読み始めると、次々に懐かしい場面が蘇り、ぼくは一気に過去の世界に引き込まれてしまった。

 長女が入園したてのころのこと、次女が誕生する前に妻が入院して長女と二人で過ごしたときのこと、妻が家を留守にして娘二人と3人ですごした日々のこと、そして次女のこと……。5〜6篇を連続して読み、そのすべての話が、長女の保育園生活が大前提となって進んでいることに気が付いた。
 どの場面も、保育園の景色なしには思い浮かべられなかったのだ。

 その大きな前提がいま、すっぽりなくなったことに気づかされ、それがいかに大きな節目であるかをぼくは強く実感した。そしてこのとき、この一日のうちでもっとも気持ちが揺さぶられていた。
 ああ、そよの保育園生活が終わったのだ。あのすべてが過去のことになったのだ。一人、居間のソファの上で、ぼくはこみ上げてくるものを抑えられなそうになっていた。側転する長女の姿、卒園式で歌う姿。その日の朝の光景を改めて思い返して、ぼくは長女がここまで成長してくれたことを、本当にうれしく感慨深い気持ちでかみしめた。



 4月からは次女が保育園に入園する。3年近く前に引っ越してから長女の保育園が遠くなってしまったため次女は別の保育園に通うことになる。だから環境は全く新しい。そして長女は小学校だ。二人の日々を彩る景色がともに新しくなるのである。

 それがどんな風景なのか、いまからとても楽しみだ。と同時に、その日々にもいつか終わりがくることを思うと、かすかな寂しさがわき上がってくる。

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