住ムフムラボ住ムフムラボ

近藤雄生

近藤雄生/ライター

子どもができると夫や妻は「親」になる。 海外で5年間、放浪の旅を続けて帰国した「遊牧夫婦」が、やがて「遊牧家族」に変わっていく日々を。

第12回 気がつけば「もうすぐ1年生」と「40回目」の新年

 京都に住みだしてすでに8回目の正月となる。
 今年も例年同様、大晦日と元旦はすぐ近所の妻の実家で、妻の家族と迎えることになった。妻は三姉妹の次女で、姉にも妹にも子どもがいるため、全員揃うと計14人。大賑わいである。
「あけましておめでとうございます!」
 みなで年始の挨拶をし、盃でお酒を飲んで、おせち料理とお雑煮をいただく。いつもながらの元旦の朝が平和に過ぎ、ああ、今年でついに自分も40歳か、と感慨を深くする。

 12年半前、まだ結婚したばかりの2003年に妻と二人で日本を出発したときは、自分が40代になることなど想像すらしていなかった。あらゆる可能性が無限に開けていたように感じていたし、人生に限りがあることなど考える必要は全くなかった。
 しかし、いよいよ人生が折り返し地点となると、時間の制限がぐっとリアルに感じられる。自分が生きているうちにできることは限られていることがわかってくるし、50代、60代になっている自分もいまでは現実味を持って想像できる。

 隣のテーブルを見ると、4人の子どもたちがいち早く料理に手を伸ばしている。妹夫婦の8歳の長女と5歳の長男と、ぼくらのところの6歳の長女と2歳の次女だ。4人が一つのテーブルを囲んでいると何やら不思議な会話が成り立っていて、一つの完結した社会が出来上がっていることに気づかされる。姉と一緒に座っている姉夫婦の1歳の長男も、久々に会うともう歩くようになっていた。

 大きくなった彼らの姿を改めて眺めると、自分が年齢を重ねていくのも当たり前だと感じられる。そして子どもたちが成長していくのを見ながら、自分も再び、幼いころから人生をやり直しているような気持ちになる。自分も30年前は、彼らの立場でこのような正月を迎えていたのだ。

「よし、じゃあ、そろそろあげような」
 そう誰かが言うと、ぼくらは夫婦ごとにお年玉のポチ袋を取り出した。子どもたちはそれぞれ、おじおば2組、祖父母、曾祖母からもらえるため、ひと袋あたり500円~1,000円とはいえ、各々2、3千円を得ることになる。長女は、手渡されたアンパンマンやミッキーマウスの絵付きのポチ袋の口をあけ、なかから出てきたコインを出してにっこり笑ってこう言った。
「500円玉、3つもらったで!」



 最近長女は、硬貨を入れると種類ごとに自動的に分類して収めてくれる貯金箱をもらったことでお金に興味を持ち始めた。そこで、これを機にそろそろ世の中の基本構造を知り始めてもいいころだろうと、少しずつお金の話をしてみている。
 お年玉でもらった3枚を合わせて、持っている500円玉は計4枚になったという。ずいぶんお金持ちになった気分でいるようなので
「くら寿司に行ったら、500円玉、6枚か7枚なくなるよ」
 と言うと、長女は「えっ」という顔をした。

 くら寿司とは、近くにある回転寿司チェーンである。食べ終わった皿を回収口に滑り込ませると5枚ごとに自動でスタートするゲームが娘たちは大好きで、時々せがまれて家族で行く。あの店に4人で行くには彼女の持っている500円玉すべてを捧げてもまだ足りない。その事実が、長女にはお金の意味や価値を実感するにはわかりやすいようだった。
 加えて、○○のお店に食べにいくと500円玉が×枚、この服を買うには500円玉が▽枚、お父さんが仕事をすると一日で500円玉を○枚ぐらいもらえる、と言うと、なぜお金が必要なのか、なぜ大人は働かなければいけないかについて、なるほどと思ってくれたようだった。 



 元旦の昼ごろ、これもまた例年通りみなで近所の北野天満宮に初詣に訪れた。暖かく天気もよくて、参道は人であふれている。外国人観光客の姿も多く、今年もますます京都に観光客が増えるだろうことを予感させる。
 そんな中、子どもたちが参道の出店で何か買いたいと言う。いつもはぼくらが買ったり祖父母に買ってもらったりしていたが、今年は各自お年玉を使って好きなものを買うことになった。

 両脇に並ぶ店を一つずつ覗き、長女は何がほしいかをじっくりと吟味する。そのうち参道も終わりに近づき、残りの店数が少なくなると、一軒の前で足を止めた。アニメのキャラクターの絵が丁寧に描かれた大きくてきれいな飴が並んでいる。ここに決めるのかなと思っていたが、店主と他のお客さんとの会話の中で、一つ500円だということがわかると長女は「じゃあ、いらん」と言ってまた歩き出した。

 その何軒か隣に、飴、ラムネ、ガム、金平糖といった細かなお菓子をビニール袋に好きに詰めて100グラム300円、という店があった。長女はそこでまた足を止めると、今度は少しだけ考えたあと「ここにする」と気持ちを固めた。20種類ほどのお菓子の中からほしいものを慎重に選んで袋に詰める。そして重さを量ってもらったあと、お年玉の袋から300円を出してお金を払い、カラフルなお菓子が詰まったビニール袋を受け取った。
 それを握りしめ「おとうさん、買ったで! ガムもあんで!」という顔は得意げで、くるりと前を振り向くと、8歳の従姉とともに小走りで飛び跳ねながら人ごみを抜けていった。



 長女は春から小学生になる。赤ちゃんの延長線上だった時代はいつしか終わり、気が付けば少女と言える雰囲気になってきた。もちろんいまでも些細なことで大泣きするし、「お母さん、お母さん!」と駄々をこねる姿は以前とそう変わらないが、世の中の構造、人と人の関係や仕事のこと、お金のことなどをかみ砕いて教えると、興味を持って聞いてくれて、大まかには理解できるようになっている。

 ついいつまでも、何でも手伝ってあげないとできないように思ってしまうが、5〜6歳くらいになると、大人が思っている以上に、大抵のことは自分でできてしまうものなのだ。
 こないだふと自転車で神社の横を通り過ぎたとき、「あれは寺か神社かわかる?」と聞くと「神社やろ」とすぐに言う。「どうしてわかるの?」と尋ねると、間髪入れずに「鳥居があるからやろ」と言った。知らぬ間にいろんなことを覚えていて、頭もかなり使っているのだなあと時々感心させられる。

 サンタさんに関しては、いまもその存在を信じてはいるものの、若干不思議がっている様子がいよいよ今年は見受けられた。
 いったいなぜ、すべての子どもに同じ日にプレゼントを渡しにいけるのか。どうして、あらゆる子どもについて「いい子にしているかどうか」を確認できるのか。なぜ、サンタから来たはずのプレゼントに東京の祖父母からの手紙が一緒に入っているのか……。

「サンタさんって、めっちゃいっぱいいるんやろ? 京都だけでもたくさんいるんやな。そうしないとプレゼント配れへんしな」
 フィンランドというところからトナカイに乗ってやって来ているというストーリーに、自分が知る現実を重ね合わせ、なんかおかしいと思いながらも、自分なりに頭で考えて納得しているのだろう。

 そうして手さぐりを続ける中で、きっと彼女なりに「はっ」と思う瞬間があって、少しずつ世界の構造が見えてくるのだ。
 自分もそうやって物事を知っていったのだなということが長女を見ているとよくわかる。
 子どもの成長を見るということは、ある意味、なぜ自分が自分になったのかを知ることなんだなと痛感する。



 園児から児童へ。
 間もなく大きな節目を迎える長女と過ごしながら、できるだけ自分で感じ考え、世界を「発見」していってほしい、と日々思う。本当に必要なときには、そっと手を添え、力になるから。
 朝、自転車に乗せて保育園へと送り届けるのも、もうあと何十回と数えられるほどになってしまった。そんなことにも感情を揺さぶられている自分を思うと、やはりまた年を取ったのだなと実感する。
 人生40回目の正月は、そうしてあっという間に過ぎていった。

コラムニストから選ぶ

PAGETOPへ