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江 弘毅

江 弘毅/編集者

住まいと街の健全な「交通」が行われてこそ人がハッピーになる、 という街的生活者の住生活充実コラム。今日も「ごきげんなネタ」てんこ盛りで。

第22回 うまくて深くて現在進行形「神戸の洋食」

 以前NHK出版新書の『「うまいもん屋」からの大阪論』のあとがきに、「お好み焼きとうどんと鮨(たまに洋食)は、近所のがいちばんうまい」と書いたことがある。

 そのココロは何かというと、グルメ的な軸足で「どこの店がうまいのか」「コストパフォーマンス的にはどこが」みたいなことは、ミシュランガイドを見て、「そのために旅行」したり「遠回りをしても訪れる価値がある」店についての情報をインプットして、あっちこっちと「食べ歩く」ことと結局同じだということだ。

 それはそれで楽しいことだと思うが、「うまい」というのはそれとぜんぜん別のことが関係してくると思う。
 つまり特定の店に足繁く行くようになり馴染みになってくると、そのうどん屋のダシやお好み焼きのソースがカラダにすっと入るというか、鮨もシャリが合ってくるというか、3〜4カン食べて飲んでいるとそれから逆に腹が空いてくるみたいな感じになる。

 わたしはお好み焼き屋もうどん屋も鮨屋も洋食店も町内会にあるような街で生まれて育ち(大阪・岸和田)、社会人になってから長く神戸の元町に住むようになってだいぶ経つが、当初は三宮や元町にある地元の洋食屋のレベルの高さにビックリした。

 ビフカツやハンバーグのデミグラスソースのうまさに舌を巻き、普段から喫茶店でも食べてきたオムライスが全然違うし、気がつけば洋食店以外のカレーは食べなくなってしまっている。

「洋食店のカレー」といえば真っ先に挙がる元町5丁目[Sion]のビーフカレー。スパイスの辛さに玉ねぎ(ダブルオニオン)の甘さが溶け合ってたまらない
「洋食店のカレー」といえば真っ先に挙がる元町5丁目[Sion]のビーフカレー。スパイスの辛さに玉ねぎ(ダブルオニオン)の甘さが溶け合ってたまらない


 仕事場は今もほぼ大阪キタのオフィスなのだが、休日やたまに平日の昼に地元神戸の洋食屋をのぞくと客が列をつくっている。これは5年ほど前には見られなかった現象だ。


神戸BALのもう少し南からトアロードを西へ入った、カウンターのみの洋食店[L’Ami(ラミ)]の行列。昼どきの名物風景だ

 灯台もと暗しというか、ここ2年ほど1868年開港以来の神戸の洋食を調べて書く仕事をしていて、地元神戸の洋食が現在進行形でこれだけ人気なのが分かったという次第。

 開店早々の11時半からの行列は、東京からの出張で昼ご飯をという客や外国人客も多く、大阪ならミナミのお好み焼き屋や串カツ屋、大衆的な鮨屋といった類の店ではおなじみだが、洋食のこの人気ぶりは見られない。

 80年代の北野町山本通のフレンチ、90年代のインドやタイのエスニック料理、はたまた中華街の中国料理という「神戸観光グルメ」に、明治から地続きの洋食が加わったのだろう。


[グリルミヤコ]のビーフシチューは周りをマッシュポテトで囲む。船が揺れてもドミグラスソースがこぼれないように……という外国船のコックの知恵が今も生きる

 わたしはこのかた30年以上やっている京阪神の情報誌の編集や街ネタを書く仕事で、ずっとどの都市にも共通する「食のトレンド」のようなものを見てきているが、フランス料理ではビストロが人気になったり、イタリアンではカウンター・スタイルの店が話題になったり、タパスやピンチョスが人気のスペイン・バルをいち早く取材したりしてきたが、神戸の洋食人気はどうも筋が違うようだ。

[Sion]のビーフシチューは、スプーンで食べる感覚。もちろんソースにパンを浸しつついただこう
[Sion]のビーフシチューは、スプーンで食べる感覚。もちろんソースにパンを浸しつついただこう

 それは子どものころから慣れ親しんだ味、すなわち準日本料理としての洋食への回帰なのだろう。
「好物はカレーとハンバーグ」「スパゲティはケチャップのイタリアン」「冬はやっぱりカキフライ」。そんな感じで洋食屋に入って安心して食べるのが一番。そういうことになってきた。

寒くてもこれがあるから冬はうれしい。[グリルミヤコ]のカキフライ
寒くてもこれがあるから冬はうれしい。[グリルミヤコ]のカキフライ

 神戸の洋食はざっくり言うと、開港で開かれた外国人居留地のオリエンタルホテルの旧来のフランス料理と、戦前のコックたちの最高の活躍場所だった外国客船の厨房で働いていた腕利き料理人たちが「陸に上がって」はじめたレストランの2つの系譜、そして現在市内に4軒ある[グリル一平]に代表される、新開地など下町由来の洋食の伝統がある。

老若男女問わず不滅の人気、[グリル一平]の大定番オムライス。卵は半個しか使わない極薄だが、半熟のうまさが際立つ。ご飯はこの店独特の「レッドソース」を絡め、素早く巻く
老若男女問わず不滅の人気、[グリル一平]の大定番オムライス。卵は半個しか使わない極薄だが、半熟のうまさが際立つ。ご飯はこの店独特の「レッドソース」を絡め、素早く巻く
老若男女問わず不滅の人気、[グリル一平]の大定番オムライス。卵は半個しか使わない極薄だが、半熟のうまさが際立つ。ご飯はこの店独特の「レッドソース」を絡め、素早く巻く

 それらの店は太平洋戦争の神戸大空襲でほとんど焼失し、その後の阪神淡路大震災でも閉店を余儀なくされた店が多いが、料理としての洋食は神戸の伝統として地続きで存在している。

 と見ると、パンやケーキも同様で、やはり戦前からの店が復活してこそのものだ。

 うどんやお好み焼きと同様に、カレーやハヤシライスそして海老フライとハンバーグのセットのAランチは、「日常のうまいもの」に違いなく、定期的に食べたくなる身としては、あまりの人気ぶりで並んで店に入るのが億劫になるが、まあ他所からの人に「うまいなあ」と楽しんでもらえる光景を見るのは地元民の誇りだ。

迷ったとき、一人で入ったときに絶対裏切らない[グリル一平]のA ランチ。白飯も進むがビールも「おいでおいで」する
迷ったとき、一人で入ったときに絶対裏切らない[グリル一平]のA ランチ。白飯も進むがビールも「おいでおいで」する

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