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江 弘毅

江 弘毅/編集者

住まいと街の健全な「交通」が行われてこそ人がハッピーになる、 という街的生活者の住生活充実コラム。今日も「ごきげんなネタ」てんこ盛りで。

第17回 土地の記憶と住む、たとえば神戸

 わたしは大阪府出身だが、もう30年以上神戸に住んでいる。
 神戸の会社に就職したからなのだが、住み処を決めるときは漠然と「ミナト神戸を感じられるところがいいな」と思い元町に住んだ。8階建てのマンションの2階で2LDKだった。
 
 街の真ん中であり、JRと阪神の元町駅から歩いて3分。三宮にあるオフィスからも歩いて帰れる。
 が、なによりも大丸神戸店や元町商店街、はたまた外国雑貨店やデリカテッセンが並ぶトアロード、ジーンズやスニーカーの高架下商店街といった商業施設、日本一ともいってよい中華料理店集積エリアがあり、シブい洋食店や喫茶店が近くに密集していたので、「これは、ええわ」と思った。
 
 カタログ情報誌やタウン雑誌に載るような「近所の店」に囲まれてご満悦なのだった。
 ほどなく仕事場が大阪に変わり、京阪神の街の雑誌を編集することになってからは「地元の神戸なら任しとけ」という意識のオマケもついた。


 そういう「店的」で「消費文化」な観点を重視する(というかそれしか見ていない)スタンスが変わったのは1995年の阪神淡路大震災だった。
 この大地震で毎夜のように食べに行ったり飲みに行ってた店や、友人がいる行きつけの服屋が容赦なく潰れた。
 というよりも、街の風景が一変した。

 かわりに意識しだしたのは神戸という街の歴史や自然、とりわけ神戸開港と外国人居留地のこと、歩いてすぐの裏山の諏訪山にある明治7年(1874)にフランスの天体観測隊が金星の太陽面通過を観測した「金星台」や、源平合戦の際に義経が武運を祈ったと伝えられる「諏訪神社」などのあれやこれやを調べながら歩き回ることがおもしろくなってきた。
金星台には勝海舟が創設した「神戸海軍塾」の碑もある。神戸の夜景の名所・ビーナスブリッジはこの上にある
金星台には勝海舟が創設した「神戸海軍塾」の碑もある。神戸の夜景の名所・ビーナスブリッジはこの上にある

金星台の近くにある諏訪神社。ご近所に住む人の早朝散歩の場としても人気だ
金星台の近くにある諏訪神社。ご近所に住む人の早朝散歩の場としても人気だ

 たとえば、ちょうど今のマンションの隣の隣に[海外移住と文化の交流センター]があるのだが、元は昭和3年(1928)に開設されたブラジルなどの海外移民の準備のための[神戸移住センター(国立移民収容所)]だったこと。
[海外移住と文化の交流センター]は関西ブラジル人コミュニティの活動拠点としても有名。阪神大震災では倒壊を免れ、一時は神戸海洋気象台の仮庁舎となった
[海外移住と文化の交流センター]は関西ブラジル人コミュニティの活動拠点としても有名。阪神大震災では倒壊を免れ、一時は神戸海洋気象台の仮庁舎となった

同センターのHPには、「廊下や階段も船のそれを連想させるつくりとなっており、すこしでも船内の雰囲気に慣れてもらうために設計されたと言われています」とある
同センターのHPには、「廊下や階段も船のそれを連想させるつくりとなっており、すこしでも船内の雰囲気に慣れてもらうために設計されたと言われています」とある

 かつてはるか遠い地を目指した移住者はこの施設に滞在、出国手続きや健康診断のほか、移住地の言語や農業事情などの必要な知識を身につけて神戸港から旅立って行った。ちなみに1935年に創設された芥川賞の記念すべき第1回受賞作が、この移民収容所を舞台にした石川達三の『蒼氓(そうぼう)』である。
展示室には、ブラジル移民に使われた貨客船の展示や[神戸移民収容所]当時の共同宿泊室などが再現されている
展示室には、ブラジル移民に使われた貨客船の展示や[神戸移民収容所]当時の共同宿泊室などが再現されている

 というような話である。
 近所の明治35年(1902)創業の酒屋の老主人は、「当日、荷物をトラックに積んだ移民の人らは、この前の坂道を歩いてメリケン波止場まで下りていったんや。正確にはうちの前の道と違う。一本西の細い路地、そこから今のコープのすぐ上のとこに出て、穴門筋を下がっていった」と話す。
移民船が太平洋を渡った時代は40年以上前に過ぎ去り、現在の神戸港には各国の豪華客船が頻繁に発着する
移民船が太平洋を渡った時代は40年以上前に過ぎ去り、現在の神戸港には各国の豪華客船が頻繁に発着する


 旧居留地を見ても、かろうじて残ったビルディングと震災後新しく建て変わったビルがある。
 当時2年がかりの大丸神戸店の解体工事と立て替えのようすを思い出しながら、商船三井ビルが大正11年(1922)で渡辺節、海岸ビルヂングは河合浩蔵で明治44年(1911)といったふうに、残った近代建築のことを以前より意識して見るようになった。
「神戸の旧居留地」の代表的アイコンである商船三井ビル。かつての港であるメリケンパークからも望める見事な正面玄関
「神戸の旧居留地」の代表的アイコンである商船三井ビル。かつての港であるメリケンパークからも望める見事な正面玄関

 もちろん建て変わった大丸や外側の壁を復元して再建した海岸ビルや明海ビルなどにも視線を向ける。

 震災で壊れなかった回教寺院と建て替えられた中山手カトリック教会が同じ通りにあるのだが、宗教施設の歴史などなどを知ってその前を通ると、また違った感慨を覚えたりもする。
筆者愛用の『神戸の歴史ノート』(神戸新聞総合出版センター/2018年刊)
筆者愛用の『神戸の歴史ノート』(神戸新聞総合出版センター/2018年刊)

「土地の記憶」は、身近な「近所の話」であればあるほど、ふくよかな日常を送れるような気がする。
2017年夏から秋に、神戸開港150年記念特別展「開国への潮流」が開催された神戸市立博物館の前身は、昭和10年(1935)竣工の横浜正金銀行神戸支店。国の登録有形文化財だ
2017年夏から秋に、神戸開港150年記念特別展「開国への潮流」が開催された神戸市立博物館の前身は、昭和10年(1935)竣工の横浜正金銀行神戸支店。国の登録有形文化財だ

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