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三島邦弘

三島邦弘/ミシマ社代表 編集者

今をときめく出版社「ミシマ社」のオフィスは会社というより家である。 なぜ「家」なのか? 家だと何が違うのか? へっぽこ代表兼編集者のコラム。

第6回 ワンダーランド・オフィスへようこそ

「一本の細い路地の奥にそれはあった。
 築50年ははるかに越えるだろう一軒家。
 民家だと誰もが思うその建物こそが、出版社のオフィスにほかならない」

 ミシマ社のことをすこしでもご存じの方であればピンと来られたことだろう。ああ、古民家をオフィスにしているんですよね、たしか、柿の木があって、ネズミも出るとか出ないとか。東京・自由が丘にそんなところあったんですね――。
 この数年、雑誌や新聞で、自由が丘の古民家オフィスについて言及されることが少なくない。
 だから、冒頭の記述を読んで、「ああ、あのオフィスのことね」と思われたのも無理はない。
 けれど、そこは自由が丘のオフィスではないのである。
 京都オフィス。
 ついひと月ほど前、引っ越したばかりの新社屋の描写なのだ。

 前回、ミシマはこんなことを書いていた。

 京都オフィスのように、ワンルームのスペースしかないと、切って貼って大きなものを作って、という場がそもそもない。がゆえに、どうしてもパソコンでの作業を自分たちも頼むことが多くなる。
 一軒家の自由が丘や城陽オフィスには、無駄な場所がそれなりにあったが、ああいう無駄がいかにありがたいものか、と。
「空き容量」ではない。真の無駄。
 今の京都オフィスでは、そうした無駄はつくりようもない。
 だからせめて意識的であろうとミシマは意を強くする――


 無駄なスペースが欲しい。
 そう言ってほどなく、見つけてしまったのだった。

 烏丸三条という京都のビジネスの中心地から丑寅の方角へ行くこと約15分。
 鴨川を越えてすぐのところに、築60年以上は経つだろう民家を見つけた。
 自由が丘のオフィスも、表通りからボコリとへこんだ私道の先にあるため、「たどり着けません」とよく言われる。
 が、いまの京都オフィスを知ってしまっては、むしろ「わかりやすい」ところにあるという気さえする。
 路地と先に呼んだその道は、あぜ道のような砂利道であり、そもそもそこに道があることを知るものは、ほとんどいない。ミシマも同様であった。かれこれ何百回とその前を通ったにちがいないが、道の存在などつゆ知らず。
 突如、振って沸いたように砂利道が出現した。
 あぜ道のような細い道。その奥に、新オフィスはある。

 もちろん交通の便は、烏丸三条のほうがはるかにいい。
 京都駅まで地下鉄で10分。阪急の四条烏丸の駅まで徒歩10分足らず。京阪三条までも歩いて行くことができる。
 それに比して、新オフィスのある川端丸太町は、京阪神宮丸太町の駅まではわずか1分だが、京都駅まで行くには京都バスに乗って30分かかる。その京都バスは、1時間に2~3本しか来ない。
 それでも、引っ越し以来、大勢の方々が訪問くださっている。
 引っ越し初日には、つい先日『別冊みんなのミシマガジン 森田真生号』が完成した森田さんや、そのデザインを手がけてくれた矢萩多聞さんらが来てくれた。
 その後も、その別冊の装画を描きおろしてくださった山縣良和さん、建築家の光嶋裕介さんたちが来てくれている。
 そして昨日。
 京都劇場で三谷文楽を観劇してから、内田樹先生、釈徹宗先生をはじめとする総勢9名に訪問いただいた。
 あいにく夕方から雨が降り出していた。



「ここは変だよ!」
 1階の畳部屋で、簡単な食事をお客様方と食していた。会が始まって間もなくのタイミングで、ミシマの隣に座っておられた内田先生、不敵な笑みとともに発言された。
「ミシマ君、ここはそうとう変だよ。いるよ」

 その瞬間、雷鳴が、ゴゴゴっ
 ・・・・・・・
 と響くことはなかったものの、急にぞわぞわとしたものを感じた。
 ミシマ社最年少のミッキーは、内田先生の発言に重ねるように言った。
「そうなんです、夜、めっちゃ怖いんです。
 視線を感じるんです~」
 いわれてみれば、街中の一角にぽっかり浮かんだ未舗装の道。
 その奥にある一軒家なのだ。
 なにか、「いる」ほうがむしろ自然かもしれない。

 場所だけではない。
 実際、建物自体、とてつもなく奇抜なのである。

 これは1階の畳部屋の写真。
 襖の向こうは当然、押入れ。
 ・・・なのだが、このうちの1枚だけが違う。
 裏側に秘密の道が通じているのだ。(ほんとうに!)


 2階は4室ある。
 いずれの部屋にも襖や戸棚がある。
 そして、このうちのひとつを開けば、そこからまた秘密の道が見つかる。
 (ほんとうですって!)

 隠し扉だけではない。
 1階の床の間の横には、これ。

 なぜ斜めなのか。
 物入れとしては、奥行きが変わり、当たり前だが使いづらい。
 そしてデザイン的にも、斜めにする意味がまったくわからない。
「なんでだろ?」
「かつて、京都でこういうデザインが流行したのか?」
 各先生方からも疑問が飛び交った。
(もしご存じの方がいればぜひ教えていただければ幸いです)

 この建物の奇怪さについて語りだしたらキリがない。
 トイレと洗面所が対極の位置にある。トイレはやたらと長細いため、ノックをされても手が届かず返すことはできない。家自体はえらく広いのに、風呂場は狭く浴槽は膝を折って入れるかどうかの狭さ。誰も通ることのない扉が1階だけで二つはある。2階の扉の一つを開けると、1階へまっさかさま・・・。
 はっきりいって、「ありえない」。
 その「ありえない」が実際にぜんぶ「ある」のが、この建物だ。

 釈先生や光嶋さんたちの慧眼をお借りし、いつか、このワンダーランドの構造については解明していきたいと思う。そして、この建物の建築家がまだご存命であれば一度お話をうかがいたいものだ(かなりの怖さはあるけれど)。

 ともあれ、皆さんの意見のとおり、おそらくここにはなにかが「いる」。
 内田先生は、「いるのに、いないと言ったらいけない。いないと言ったら、いることを感じている人たちが感度を落とさないといけなくなるからね。いるものと共存していくんだよ」とおっしゃられた。
 なるほど。
 ミシマはこのとき、そうだ、そうだ、やっぱりよかった!と内心、快哉を叫んでいた。
 本づくりはものづくり、ものづくりは生命(いのち)を吹き込む行為。
 そうとらえているミシマは、こういう家で働いていれば、自然「おもしろい」ものになるということを直感したからだ。
 だって、ほっといても「協同作業」になるんですもの。

 もちろん仕事相手にせよ、パートナーにせよ、何かを誰かと一緒にするときの心得は変わらない。もちろんそれは、働く場所とて同じである。
 互いに気持ちのいい時間を過ごすこと。
 そのために、礼儀や場を清めるといったことが欠かせない。
 そういうことを日々、教えてくれる建物に出会った。
 このようにミシマは考えているのであった。

 裏を返せば、とミシマは想像する。
 礼儀や場を清めることを怠ったとき――
 協同作業をする仲間だったはずのものたちが、怒り、荒れ、叫び、挙句は……。

 いえいえ、いたってふつうのオフィスです。あんな話になったのも、台風が運んできたものが、ちょっと「いた」からでしょう。ふだんはいません。大丈夫。
 皆さん、安心しておこしやす。
 ワンダーランドへようこそ。

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