住ムフムラボ住ムフムラボ

三島邦弘

三島邦弘/ミシマ社代表 編集者

今をときめく出版社「ミシマ社」のオフィスは会社というより家である。 なぜ「家」なのか? 家だと何が違うのか? へっぽこ代表兼編集者のコラム。

第24回 町があってこそ

 ミシマの行動範囲はせまい。
 たしかに、東京と京都の二カ所で会社を構えている。雑誌『ちゃぶ台』の取材や全国の本屋さんへ営業活動をするため、日本中を飛び回ってはいる。

 だが、ふだんの行動範囲は実にせまい。朝食を食べ、原稿を書き、本を読み、打ち合わせをおこない、ふーとひと息吐き。昼食、その後のお茶、散歩、本屋さん訪問、お茶、読書、仕事、夕食・・・こうした全行程が徒歩圏内で収まる。割とちょこまかと動くほうだが、大きくは動かない。自由が丘にいようが、京都にいようが同じである。

 町とともに生きている。町があって、自分がある。そんな感覚がはっきりとある。
 京都御所の東に位置する住宅地へオフィスを引っ越してからは、いっそうその思いが強くなった。
 ある日のミシマの動きを見てみる。


 自転車で河原町今出川まで南下。タナカコーヒでモーニングをもらい、新聞に目を通してから店内で原稿執筆。もうちょっと書きたい。そう思ったら、引っ越したばかりのオフィスを通り過ぎ、寺町通沿いのレトロな喫茶店[もんぶらん]へ。もちろん、そのまま寺町通を南に下りつづけ丸太町通から100メートルほどにある進々堂に行くことだってある。まあ、進々堂に行くなら、コーヒーおかわりのできるモーニングからはじめたいところだ。で、食後はそのまま足を伸ばし、三月書房に訪れたい。
 朝の選択肢の多さでいえば、断然、自由が丘より京都だ。悲しい哉、自由が丘はすっかりチェーン店系のカフェばかりになった。

 出社後は、東西のオフィスをスカイプでつなぎ、ミーティング。近頃では、日替わりで司会役を立てることにした。挙手で司会をしてもらう。今年に入って、ミーティングでひと声も発しない人たちが案外、何人もいることに気づいたのだ。朝、声を出す。身体に響きを通す。そうしないまま仕事をするなんて、ウォームアップなしでサッカーするようなものだ(怪我のもと)。あぶないあぶない。

 出社後。原稿読み、ミシマガ原稿チェック、メール書き、メール返信、一筆書き、などしていると、あっという間に正午に。ご近所になってから通うようになった鶏卵問屋[中川幸商店]のお弁当をメンバーたちとちゃぶ台囲んでいただく。ときどき、外に食べに行く。麺類の口になっているときは丸太町橋の手前まで出て[初音]に。あるいは反対に荒神口交差点を越え[てんぐ]に行くか。身体の内から温まりたいときはタイ料理パクチー。いうまでもなく、会社のすぐそこには[とんかつ清水]がある。昼の選択肢の多さは自由が丘も変わらない。

 さ、食後の一杯、至福の時間だ。今日はかもカフェさん(かもがわカフェ)かItalgabon(アイタルガボン)のどちらに行こうかしら。とにかく今からは集中して原稿読むぞ。入店、オーダー。ふー。ああ、まんだむ。なんてことは天地がひっくり返っても言わないけど、あー、美味しい。そして、ああー、面白い。ちなみに1月に出た『胎児のはなし』はかもカフェで、2月刊の『イスラムが効く!』はItalgabonさんで鉛筆入れをした。

 目処がついたところで、お会計。一週間ぶりに誠光社へ。おお、ちょうど堀部さんが店番をしている。ちょこっと雑談。「次の新刊、なんでしたっけ? ああ、そうでしたね。楽しみです。そういえば、昨日、タブチくんが来てくれたので追加出しときました」。といった仕事的話はものの1分足らず。たいていは、お子さんのことを聞いたり、メンバーの近況を話したり。

 誠光社やItalgabonのある路地から一本、通りに出ると、國田屋酒店があり、器屋の草星さんが見える。もう少し南に行けばモリカゲシャツ。めったにシャツを着ない人だったのが、この数年着るようになったのは、この店と出会ったから。いうまでもなく、新年会忘年会はじめ、ミシマ社イベントのお酒やお茶やジュースは國田屋さんにお世話になっているし、会社で飲むコーヒーは、草星さんで見つけたマグカップを使う。愛情こめて作られた器を愛情こめて売られているお店で買うと、同じコーヒーの味が数倍は増す。これは間違いない。

 さて。このままオフィスに戻ることもあれば、出町方面にある行きつけの整体で身体を調整してもらうことも。出町まで行けば、そのまま出町座一階の Cava Booksへ。真ん中にカフェというかバーがあり、バーを見下ろす中二階の位置に本棚がある。そこに登る数段の階段がいつも怖い。一段の幅がかなりあるため、「もし落ちたら怪我するだろうな」という不安がよぎる。その不安のせいかわからないが、思わぬ本を見つけることが多い。不安と喜びはどちらも感情の発露であり、何かの感覚(この場合、本をみつける嗅覚?)を引き上げる役割という点では同じなのかもしれない。という仮説を立てたくなった。

 夕方、急に森田真生さんが来てくれることに。買い物ついでに3月に出る『数学の贈り物』の初校ゲラを抱えて。赤字を入れてくれたゲラを拝見。ああ。美しい。文章が美しいばかりか、ゲラの赤字の入れ方までも美しい。俄然、身体の奥底から喜びが湧き上がる。「贈り物」の贈り物だ。ありがたい。

 夜。そのまま二人で近くの小料理屋[食堂 ほかげ]へ。引っ越し直後の数カ月前、この店に最初に訪れたのも森田さんとだった。そのとき、4時間ほど飲みつづけ、なんだかよくわからないくらい盛り上がってしまい、静かな店内に、二人の「がはは」「がはは」という大笑いが響きわたった。もの静かな店主は怒っていたのではないか。そんな恐れが、飲んだ翌日以来あった。で、ずっと行けずにいたのだが、この日、勇気を出して行ってみた。
 すると、「何もなかった」ように接してくださった。さすがはプロ。けれど、あのときは失礼しました、の一言が言えていない。言えてないのに、ここでこんなことを書くと、再び行きにくくなるかもしれない。そう思うくせに、書いてしまった。

 そういえば、1月4日、熊野寮前にオープンした[くまのワインハウス]も彼と行った。そのときは京都オフィスメンバーも皆いっしょだった。ほかげといい、くまのワインハウスといい、絶品というほかない料理を出してくれる店が近所にある。なんて贅沢なことだろうと思う。なんて幸せなことだろうと思う。

 この町から今日1日だけでどれほどのエネルギーをもらったことか。明日もいい仕事するぞ。おやすみなさい。


 自分があって町がある、のではない。町があって自分がある。町があって、出版という仕事ができている。町が、自分を、仕事を生かしてくれている。
 年々、どころか日に日に、ミシマはその思いを強くしている。
 じゃあ、という疑念がふとよぎった。
 ——じゃあ、町のお店がなくなれば、君もいなくなるのかい?
 ……そう、かもしれない。その可能性は十二分にある。

 かつてミシマは経験した。関西で最初にオフィスを構えたのは、城陽という町だった。その地で出版の仕事をつづけることを断念したことがある。理由は、現在の地と違い、「選択肢」がなかったからだ。カフェ、食堂、本屋、映画館、雑貨屋などの個人店。作家、デザイナー、編集者をはじめとする同業者。こうした店と人の選択肢の無さが、出版活動を継続することを諦めさせた。出版人である自分が死んでしまうような感覚を味わった。

 そのとき身をもって学んだ。
 それぞれの町には、それぞれに適した仕事がある。
 岸和田や銚子といった港町では昔から漁業が、関東平野には大きな畑が、愛媛や和歌山、静岡といった温暖な気候の地でみかん農園が、ある。自然風土を生かした産業が各地で営まれている。そうしてその町に必要な小売のお店やものづくりの産業が生成する。すべては自然風土から発生し、必然のうちに成り立つ。
 
 けれど、その理(ことわり)に反するような現象が全国で起こっている。ミシマが携わる出版の世界も例外ではない。

 たとえば、本屋さん。いま、毎日一軒のペースでなくなっている。
 町に必要とされ、必然として起こったはずの店たちが姿を消す。
 代わって、ネットの巨大企業たちが町のちいさな網の目を蹴散らしていく。かつての帝国が植民地化を進める際、土地土地の文化を根こそぎなくしていったように。ビジネスという土俵における合法的な行為だけに、かつての帝国よりずっとタチが悪い。

 だが。とミシマは町を歩きながら思わざるをえない。
 帝国に好き放題させているのは、自分たちにも責任がある、と。
 本屋でいえば、本屋の利益が極端に少ないままの契約がつづいている。薄利多売が成り立たない現代において、どうやっても本屋が儲からない仕組みになっている。そんな不平等条約然とした仕組みに一切メスを入れず、「もっと工夫を」「現場の努力が足りない」などと言ってきたのだ。そうしたさまざまな「後手」が、帝国たちに好き放題暴れさせるスキを与えた。

 愚かな、愚かな。
 幸せ、幸せ、と町に対して思えば思うほど、足元の愚かさに胸が痛む。
 その胸の痛みを引き受けて、ドンキホーテのごとく無力な自分たちが帝国に立ち向かえようか。立ち向かった瞬間、すべてが吹き飛んでしまうにちがいない。

 だからといって、なにもしないのが一番よくないのだ。
 どんなにちっぽけであっても、動きつづけるしかない。
 自分を生かしてくれている町に対して、大きな気づきを与えてくれた城陽という町に対しても、そうすることだけが、ささやかな恩返しになる。ミシマはそんなことを考えつつ、今日も町を自転車で駆け抜ける。
 町があってこそ、町があってこそ。まるで念仏を唱えるようにつぶやきながら。

コラムニストから選ぶ

PAGETOPへ