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三島邦弘

三島邦弘/ミシマ社代表 編集者

今をときめく出版社「ミシマ社」のオフィスは会社というより家である。 なぜ「家」なのか? 家だと何が違うのか? へっぽこ代表兼編集者のコラム。

第1回 職場は「外」です。

 東京の西、川崎市との境近くに、自由が丘という小さな街がある。世間では、「おしゃれ」な「スウィーツ」の街、と言われることが多い。たしかに、駅を降りるや、甘ーい香りが鼻腔をつく。大阪の鶴橋駅に降りたつや、焼肉のにおいに圧倒されるのと同じように、それが自由が丘のにおいであるのは間違いない。
 とはいえ、街じゅうケーキ屋さん。てなことはなく、 駅から数十メートルも歩けば民家に出くわす。
 さらに5分ほど坂を登っていくと、周りはほとんど民家になる。いわゆる閑静な住宅地ってところ。その民家が立ち並ぶ一角をてくてく歩き、左に曲がり、右に曲がり・・・。J学園という高校の前のバス停の、さらにその奥の路地に足を踏み入れると、そこに二階建ての木造家屋がある。
 外門から柿の木の下を通り建物の玄関へ。扉を開くと、靴脱ぎ場があり、何足かの靴がきちんと並べてある。が、ときおり、事件の状況証拠としてそのままおかれているかのように、二足の靴が大きく離れて、一足は内側を下に、一足は外側を下にして脱ぎ捨てられている。そのたび、「何事?」と疑問がよぎるが、いったん気にせず、部屋に上がることにする。靴を脱ぎ、障子を開けると、畳の部屋がぱっと広がり、デスクらしきものが10畳ほどの空間につらなっている。入ってすぐ左手には、古い本棚があり、ぎっしり本が並べてある。視線を右手に移すと、4畳半のスペースにちゃぶ台が見える。そこにあるのが当然、と言わんばかりの馴染み様だ。
 磨りガラスの戸の向こうには、縁側があり、その奥に階段口がある。京都の町家ほどではないものの、階段の勾配は少しきつい。そのやや急な階段を登ると、二階には6畳間が4部屋ある。全室、畳部屋である。
 各部屋には水場とコンロ置き場があり、「ここは下宿屋か?」と錯覚する。ごもっともである。事実、二階は数十年前まで全部屋が下宿に使われていた。
 築は優に50年を超える。
 もちろん、現在ここは下宿ではない。かといって、住居でもない。
「デスクらしきもの」が一階のスペースの大半を占めていることからわかるように、ここはいちおうオフィスである。いちおう、の断りをどうしても入れたくはなるが。


 住まうように働く----。息をするように仕事をする----。
 そういう意思をもって、ここで働きたい。
 この会社の代表であるミシマクニヒロは、ここを借りるとき、このように決意した。
 ちなみに、この会社の名は、代表ミシマの苗字をとって「ミシマ社」という。2006年10月にこの自由が丘で産声をあげた出版社である。

 
 現在は7名の社員のいるミシマ社であるが、創業当初は、ミシマ一人しかいなかった。

 各地で思慮に欠けると言われて久しい代表であるが、一人しかいないのに一軒家を借りるほどには愚かでなかった。当初は、東急自由が丘駅の北口から大井町線沿いに5分ほど歩いたマンションの一室を借りていた。このマンションの一室こそが、ミシマ社の創業地である。
「ここで4年はやろう」
 この物件を借りるとき、ミシマは強くそう思った。
 理由は簡単である。家賃が高かったのだ。
 30平米ほどのワンルームに、ひと月15万円。一円の売上もないベンチャーである。その乏しい資金の大半が、敷金・礼金含め、この一室を借りるためだけに費やされた。
(せめて、二年後に「更新」をしなければ、もったいなさすぎる・・・)
 ミシマが、そう考えたのも、至極もっともであろう。
 しかし、世の中、なに一つとして意のままにならぬもの。
 会社とてしかり。
 と、解釈するのは事を起こした張本人にほかならない。
 資金がないのに、ミシマは次々に人を雇った。一人目を雇うとき、「これが最後」と思った。だが、3カ月も経たないうちに、「次」の社員が入った。「今度こそ最後」と思ったものの、やはり2カ月後には4人目が入っていた。そうこうするうち、創業して1年3カ月が経った時点で、社員は6名になっていた。
 ここでは、資金をどうやりくりしたか、は本題ではないので問わないでおく。
 ただ、ワンルームで6人が昼夜働きづめる絵は、現代の女工哀史さながら、なかなか厳しいものがある。
 ミシマ社も例外ではなかった。
 ミシマは当時を振り返るたび、こう言う。「とにかく、ただ、ただ・・・。酸素が欲しかった」


 こうして、ミシマは「酸素」のいっぱい吸えるオフィスを求めて奔走した。目の前の問題を解決したら全てがうまくいくと言わんばかりに。
 だから、今のオフィスである一軒家を内覧したとき、ミシマに迷いはなかった。
「こ、これは広い!」
「広い」=「酸素がいっぱい!」→ 「もう、窒息しないで済む」
 この図式がミシマの脳内を一瞬にして占有した。
 しかし、浮き立つミシマの内心などよそに、不動産屋の女性は、物件のダメなところを並びたてた。
「冷暖房はありません」
「隙間風がきついので、夏は暑く、冬は寒いです」
「耐震工事はしていません」
「築50年近いので、傷みはそうとうあります」
「壁、窓などは現状のままでお願いします」
 たしかに、ボロボロだった。今でこそ人がいて活気のある空間になっているが、内覧当時は人がいなくなったばかりで、しかも清掃もされていなかったため、どこか殺伐とした空気さえ漂っていた。
 にもかかわらず・・・。
「ここだ」というミシマの確信が揺らぐことはなかった。なんといっても、酸素がいっぱい吸えるのだから!
 なるほど、人間にとって酸素こそが生きるうえで最優先されるものなのかもしれない。たとえば、プールで溺れそうになり、九死に一生を得る状況を考えてみればいい。なんとか水中から浮かびあがってきた瞬間、人は無我夢中で息をすることだろう。水から顔を出した瞬間、パワーポイントを打ち出す人なんていやしないのだ。
 当時のミシマ社にも、同じことが言えた。
 と、誰が反論しようともミシマは思っている。
「息ができなきゃ、仕事もできん!」

 結果、息のできる、酸素たっぷりの古い一軒家が出版社のオフィスに決まった。

 2008年3月20日----。

 ミシマたちスタッフは、同じ自由が丘なので、小さめのトラックを借り、自分たちで引っ越しをした。そうして一週間も経たずして、ミシマは自らの仮説が正しかったのを実感する。
 

「な、なんだか、外にいるみたい!」
 ミシマにかぎらず、メンバー全員が声を揃えた。
 そう、新オフィスでは、屋内にいながらにして、まるで外にいる感覚を味わえたのだ。
 もちろん、酸素をたっぷり吸えた、という意味もそこには含まれる。だが、それ以上に・・・。
 寒かった・・・。凍えるほどに、寒かった。
 寒がりのO君などは、屋内にもかかわらず、ダウンジャケットを二枚も着込んでキーボードを叩いていた。
 それを見て、ミシマは思った。
(寒い。たしかに、寒い。けれど、この寒さは裏を返せば、外にいる寒さと同じということではないか。つまり、家の中、それもオフィスにいるのに、自然と一体化している。自然と一体化しているということは、そこにいるだけで、野生の感覚が磨かれていく。そういうことではないのか!)
「酸素が欲しい」----目の前の問題を解決せんがためだけに見つけたオフィスであったが、古い一軒家で働くことに、思わぬ副産物がついてきた。
 そんな感慨に浸るミシマであったが、同じタイミングで、自身が、こうつぶやいていることにはとんと気づいていなかった。
「おお〜寒っ」

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