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三島邦弘

三島邦弘/ミシマ社代表 編集者

今をときめく出版社「ミシマ社」のオフィスは会社というより家である。 なぜ「家」なのか? 家だと何が違うのか? へっぽこ代表兼編集者のコラム。

第14回 編集者ミシマの2時間

 家出のすすめを説いたミシマであったが、数カ月たった頃、家の書斎で腕組みをする男の頭には、真逆とも言える思いが去来した。
「家だよ、やっぱり家」
 心中、こう呟いてはにんまりを禁じえない。真実、そう思っているのである。
 なにも家庭が大事と言いたいわけではない。むしろ、それは家出のすすめで述べた通りである。ときに捨てて旅に出る。そのとき離れる対象こそが家庭なのだ。

 だから、このときミシマが思い浮かべたのは、家庭ではない。家そのもの、つまり建物としての家なのだった。
 まあ、しかし、建物としての家を大切にする態度は以前にも見られよう。これまで一軒家をオフィスにすることが多く、とりわけ古民家オフィスは最高だよ〜、なんてふうにずいぶんアナウンスしてきた。だから、この瞬間に思いついたアイデアとするのは無理がある。
 ではなぜ、このとき、ミシマはにんまりしたのか。
 それはミシマの職業に関係している。編集者という職業柄生じた、にんまりなのだった。

 編集者という生き物が世間でどう思われているか、管見にして知らない。

 むろん、一般のひとたちが知る必要もない。元来が黒子なのであるから。知られていないほうが職業的に適正とさえいえる。黒子の一挙手一投足が丸見えの舞台など、「そういう」演出をほどこしたとき以外は、失敗と言うほかない。
 ただし、舞台の黒子とは決定的にちがう点が編集者にはある。
 それは、企画を考えるという一点にある。
 雑誌であれ、書籍であれ、編集者という職業に就く者たちはすべからく企画をたてる。そうして立てる企画の優劣、硬軟、巧拙、凸凹、凡非凡はもとより、だがそれ以上にそのずれ方にこそ編集者の個性が現れる。
 一方、黒子においては、徹頭徹尾、個性は消される。そして単純、単調とさえ言える、無個性の動きを求められる。

 ところが同じ黒子的存在であるとはいえ、編集者は暴れることを許される。企画時においては、独壇場といってもいい。「き、きみ、そこまで暴れちゃ、舞台が成り立たないよ」と諫言されることもない。むしろ企画書にする前の段階では、『山月記』も顔負けの虎になってよいのである。いや、己の箍(たが)を抜け出し、虎になれ! 虎になって、縦横無尽、吠え、暴れ、踊り狂うがいい!  
 とまあ、こんなふうに獰猛な生き物になることは、実は編集者の仕事をするうえでひとつの重要な過程といえる。
 しかし、本という形になった暁には、虎はいない。その気配がどこかに漂っていることなども皆無である。どころか、人間に戻った姿さえも舞台上から消えている。そういうものなのである。

 話を戻す。
 編集者であるミシマがにんまりした。
 この理由を探るのは、いま述べたような職業上の特性を鑑みたとき、案外、むずかしくない。勘のいい読者諸氏であれば、もう気づいていることだろう。
 編集者がひとりでいて、にんまりする。
 それは、十中八九、企画を考えているといっていい。つまり、虎になっているときである。虎である以上、感情と思考は人間ほど複雑ではない(たぶん。違っていたら、虎よ、すまぬ)。だから、にんまり笑ってしまうのである。
 ええこと思いついたで〜。を虎は隠せないのだ。
 事実、このときミシマは「ええこと」を思いついていた。いうまでもない。ええ企画を思いついたのだった。

 それは、こういうものである。
『木の家に住む人は、仕事ができる』
 にんまりしたのは、その時点でのミシマはあくまでもミシマではなく虎であるからだ。
 虎であるからして、いい獲物にありつけたとき、条件反射的ににんまりする。実際の虎であれば、喉を鳴らすのだろうか。喜びの一表現として。
 いずれにせよ、ミシマはにんまりした。ようは、「売れる」と直感したのだ。
 だが、そのにんまりはほんの数秒とつづかなかった。

 なぜなら、ミシマはミシマに戻ってしまったからだ。ウルトラマンにカラータイマーがあるように、ロックライブに終わりがあるように、薬が永遠には効かないように、編集者が虎でいられる時間には限りがある。でなければ、『山月記』の李徴になってしまいかねない。
 このときミシマは、ただの編集者に戻ってしまった。狂った状態で、にんまりできることも、正気に戻ったとたん、うわ、さむ〜となる。日常でも、ままあることだろう。深夜に書いたラブレターを朝読んだときの目も当てられぬ恥ずかしさ、同僚との飲み会で泥酔した翌日に出社するときの絶望感、愛を囁いた数分後には訪れる虚脱感、気持ち良く大便をしたあと立ち上がり振り返ると便座にうんこの一片がくっついていたときの後ろめたさ。エトセトラ。

 そうした一切が、正気に戻った編集者に押し寄せてくる。正確には、来るときもある。
 すくなくとも、このときミシマは、軽い目眩に似た感覚をおぼえた。
 なーーにが「仕事ができる」だよ。
 おまえ、恥ずかしくないのかよ。え、ヘンシュウシャなんでしょ。
 という声がどこからか聞こえてきた。
 目眩に似た感覚をおぼえたのは、この声によって呼び覚まされた記憶のせいだ。それは走馬灯のごとく、ミシマの脳内をよぎった。

「仕事ができる」というフレーズが一世を風靡したのは、ミシマが編集者という仕事に出会ってすぐの頃だ。もう15年以上は前になろう。『仕事ができる人の法則』『できる人の仕事の進め方』といった本たちが書店のスペースを占拠した。そして、その何割かがメガヒットを記録した。ビジネス書コーナーでは、今もその余波が残っているようだ。
 ミシマがくらっとしたのは、自分のなかにまだ、当時のフレーズが残っていることを知ったためである。普段は理性で封印している言葉も、虎になって野性に帰ったとたんに顔を出す。現に、企画にまでしてしまった!

 冗談じゃない。ミシマは、思わず叫びそうになった。できる・できない、といった二分法をあれほど嫌っているではないのか。そんなきっぱりふたつに分けられるものではありませんよ〜、だってある仕事ができる人がある仕事においてはさっぱりダメ、「できない」と思われていた人が「できる」と言われている人ができないことをできる、なんてことよくあるでしょ。あえて言うなら、できる・できない、に分ける思考そのものが「できない」わけであって、仕事ができるとか言っているうちはまだまだ仕事が見えていないということですよ……と人に語ることもあったような気がする。
 そんな自分が、無意識化で、平気にその言葉を使ってしまっている。愚鈍。

 ミシマは自己嫌悪のあまり、この一連の思いつきそのものを「無い」ことにしようとした。そうして、目の前にあるノートにいそいそとこう記した。
『木の家に住む人は、ここがちがう』 
 仮にこの瞬間、誰かが訪ねてきてこのノートを見たとする。どれだけ目をこすり凝視しても、これしか書いてない。「木の家」と「できる」を結びつけるといった単純な思考の跡はいっさい見てとれない。

 ふふ。
 ここにきて、ミシマはようやく微笑むことができた。
 そこにはもちろん、自己嫌悪から解放された安心感も含まれる。だがそれ以上に、嬉しさがこみあげてきたのだ。編集者としての嬉しさが。
 というのも、ミシマは、たしかにこれは売れる企画だと感じていたのだ。しかも、微笑む余裕が生まれたのは、あくまでも自分は部外者だからでもある。なぜなら、ミシマはビジネス書をつくらない。だから、思いついたものの、形にすることはない。それでも、思いついてしまい、これはいけるよ〜と思ったわけだ。僕がビジネス書の編集者ならすぐにやるぜ、といわんばかりに。
 そんな部外者だけがもつ気軽さがミシマを微笑ませた。

 いいのかい、それで。
 という声はまだミシマには届いていない。
 にんまり、から軽い目眩を経て、微笑むに至る。
 外から見れば、男が椅子にずっと座っている。という絵にすぎない。
 この間、約2時間。
 ミシマは、自社の企画をひとつも作り得ておらず。いまだ自己陶酔のなかにある。
 自らが虎になったことを李徴が知るのはずいぶん経ってからである。

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