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三島邦弘

三島邦弘/ミシマ社代表 編集者

今をときめく出版社「ミシマ社」のオフィスは会社というより家である。 なぜ「家」なのか? 家だと何が違うのか? へっぽこ代表兼編集者のコラム。

第13回 家出のすすめagain

 のっけからちゃぶ台をひっくり返すようだが、ミシマは「家」の人ではない。家という建築物に住み、いかにも家っぽい民家を借りてそこを職場としてはいる。だが、それをもって家が好きと思うのは早計だ。むしろ、昔から、家を出たい、その一念で生きてきたところがある。外へ飛び出そうとする内的情動こそが、ミシマの行動の原動力といっていい。
 そう考えると、これまで、家が職場だ、やれ職場が家だ、なんぞと論じてきたことなど噴飯モノといえる。お寺を抜けだしてきた坊主がお寺の良さを説くようなものだ(まあ、その利点もあろうけれど)。

 くりかえすが、ミシマは家の人ではない。では何か。確実にその情動の根っこにあるのは、旅、である。臆面もなく、旅人を名乗っていたこともあるくらいだ。無職の頃、「旅人」という肩書きの名刺をつくったことだってある。「旅イコール自分」と捉えていたのだろう。

 そんなミシマも齢40を迎え、本格的な一人旅に出ることはほとんどない。念のための補足であるが、本格的な一人旅とは、宿も決めず、未知なる土地に我が身ひとつ。ほぼ一切の前情報をもたず、未踏の地へ飛び込む行為をさす。言うまでもなくスマホはおろかネットへのアクセスもなし(というか、当時、そうした文明の利器は存在しなかった)。いったい、本格的な一人旅をしたのはいつ以来だろうか。

 その代わり今は、毎日、旅をしているような感覚がある。むろん、出版社を運営していることがその大きな要因であるのは間違いない。会社経営という視点で見れば、こんなに不安定で、危うい業種も珍しいのではないか(それとも、ミシマ社だけが「そう」なのか?)。

 もっとも、すべてを出版社運営に帰するのは、誠実ではないだろう。ミシマ個人の資質に寄るところ大なはずである。
 現に、ミシマはずっと一人でいる。会社をつくる前もつくったあとも、結婚する前もしてからも、東京にいようが地元の関西に居を構えようが、一人出版社であろうがメンバーが増えようが、ずっと一人きりでいる。そんな感覚が色濃くミシマのなかに漂っている。旅人気質といっていいかもしれない。見知らぬ土地でただ一人。そんな環境をある時期、求めすぎたせいだろうか。



 十代の終わりの頃だったと思う。ある日、突然、家を出た。近所に出かけるような恰好で、実際、鞄ひとつ持たず、財布だけをポケットにつっこんで。京都駅の改札を抜けると、目の前に来た電車に飛び乗った。自分でも思いがけぬ行動だった。家から遠ざかる−−−−。それだけが目的であるような、あてのない旅の始まりだった。

 大阪を抜け、神戸を通過し、やがて車中の言語が関西弁でなくなってきた。「……やけん」
 赤穂あたりだろうか、乗り込んできた中学生らしき子たちの会話から異国を感じた。岡山で途中下車したような気もするが定かではない。倉敷まで行き、その日はそこで最終下車することにした。浪人時代の友人から聞いたユースホステルの存在を思い出し、高台にある施設へと向かった。結局、そこで泊まることにした。着替えはどうしたのだろう。コンビニがあったという記憶もないが。

 ただ、同部屋になった三人の男たちのことははっきりと覚えている。社会人二人はライダー仲間で、休日のたびに、各地のユースホステルを訪れているそうだ。もう一人の中ボーは福山出身の熱血カープファンだった。マスカットスタジアム(倉敷)でのオープン戦を観戦しにきていたのだ。ライダーのお兄さんが何を話そうが、にこやかな笑顔で終始、カープの話をしていた。

 翌日、実家へ戻った。たかだが一泊二泊の小旅行にすぎない。だけど、二日ばかりの時間が、潜在的に眠っていた旅人心に火をつけるには十分だった。いつだって俺は家を出ることができるのだ。そんな確信も同時に得たのかもしれない。
 以来、実家暮らしのころ、ときどき突発的に家を出るようになった。



 そのくせが抜けないのか、旅人気質が染みつきすぎたのか。ミシマは実に会社にいない。自由が丘一拠点のときも、二拠点になってからも、すぐに「家」を抜けようとする。当然、メンバーは困る。仮にもミシマは代表なのだ。どれほど無計画な代表であっても、代表にしか判断できない仕事がある。
 というより、あらゆる種類の役職が存在するのは、それぞれ違う役目を担っているからであって、代表にしかできない、というのは不遜な言い方といえる。代表には代表の仕事がある。それだけのことだ。もちろんそれが、旅をすること、ではないのは言うまでもない。

 会社の運営がときおりいやに不安定になるのは、それゆえか。
 旅をしなくとも旅をしている。そんな感じがする。その理由のひとつに、出版社を運営していることがある。と先に述べたが、もしかすると、その捉え方は因果関係が反対なのかもしれない。つまり、旅に出ずとも旅人のように会社にいない日々を送る。それゆえに、会社が不安定に……。
 とそこまで考えたところでミシマは、「いやいや、そんなことはあるまい」と思うことにした。
 


 ときおり、ミシマのもとに就活の相談に学生たちがくる。「シューカツきついんです」「周りが内定もらい始めていて…どうしたらいいですか?」
 そのたび思う。就活に悩む前に、問うべきことがあろう。
 どうして「シューカツ」でないといけないのか?
 まずは、この問いを自分に投げかけることをおすすめする。
 親が安心するから。たまに、そんな返答をもらうが、じゃあ、あなたは? あなたはどうなの?
 


 人はいつか必ず家の温もりと訣別しなければいけない。家の温もりに浸ったまま、仕事をすることはできない。温泉に浸かりながらマラソンをすることが不可能なように。その意味で、仕事は少なからず旅である。とりわけ働き始めのころは、旅そのものといっていい。見知らぬ土地で、見知らぬ人たちと、これまでの自分の行動原理とはまったく違うルールで動く人たちと協働していかなければいけない。
 つまり、家出を経験した人たちの共同体が職場なのだ。そのとき、一人ぬくもりに浸ったままでは、話にならないだろう。程度の差こそあれ、あらゆる仕事について言えると思う。

 家出をせずして働くことかなわず。
 とすれば、シュー職するためのカツ動ではなく、働くことを「家出」ととらえてみてはどうだろうか。そうすると、働き先を探すことは、家出の登竜門となるだろう。
 大人になる道へ歩み出す、というふうにも言えるかもしれない。もちろん、大人への道はこれひとつではない。ただし、「いい仕事をしていく」、とりわけ「ものづくり」に携わる仕事で、あるレベルにまで行きたい、と思うのであれば、その一歩を踏み出すことは必須といえるだろう。
 日々本気で仕事に向き合っている人たちと同じ土俵にあがらないことには、なにも始まらないからだ。

 かつてミシマは家出をした。しかしそれは、憎さゆえではない。逆だ。愛すればこそ、離れなければならないことがある。そういうときが来る。そのときになお、しがみつくのは、偽りの愛だ。旅人は愛を好む。ゆえに愛のうえに安住することをよしとしない。



 補記。これを書いた数日後、ある大学で授業をすることがあり、「旅に出よう」「学生のときにしかできないこと。そのひとつが旅だ」と述べた。授業後、またまた「就活」の相談を受けた。「エントリーシートとか書くのいやなんです」。なるほど、その気持ちはわかる。相手の土俵に乗るのはおもしろくない。ただそれすらも、旅ととらえてはどうか、と答えた。つまり、「やらされている」と思っているかぎり、シューカツになってしまう。

 けれど、見知らぬ世界を見てやろう。結果は一切気にせず。そう捉えていけば、旅する場所が違うだけで、旅という行為とあまり変わらない。どっちみち、いずれ家出をしなくてはいけないのだ。恐れることなく、楽しく家出をしていこう。

 はたして伝わったかどうかはわからない。
 ただ、それから数日経ったいま、ずいぶんと長い間、家出をしてきたものだとミシマはふと思い至った。もしかすると、この家出は片道切符なのかしら。周防大島に向かう旅の途上、そんなことを思った。

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