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三島邦弘

三島邦弘/ミシマ社代表 編集者

今をときめく出版社「ミシマ社」のオフィスは会社というより家である。 なぜ「家」なのか? 家だと何が違うのか? へっぽこ代表兼編集者のコラム。

第12回 ある日ミシマは絶叫する。

 はずかしい話があるのです。
 誰にも言えない話です。きっとどなたにも、ひとつやふたつはあるでしょう。
 失態、失敗のない人生なんてありえないですから。
 いえ、なにも人生の失敗について述べたいわけではありません。
 あくまでも仕事上のこと。

 けれど、私のばあい、ちょっと事情が複雑なんです……。
 いえいえ、なにも、法律違反をしたとか、そういうことではありません。
 いっそ、そっちのほうがわかりやすくて、むしろいい。そう思わなくもないくらいです。
 事情を複雑にしているのは、個人の失態であるにもかかわらず、個人の失態に収まらないからなのです。

 というのも、私……いちおう、会社の代表を務めております。
 つまり、立場上、仕事で起こした個人の失態であっても、イコール会社の失態、と見なされてもしかたがない。百歩譲って、会社の失態にまではならなくても、そこで働くメンバーや近くの関係者たちに「ああーやだ。あんな代表やだ!」と思われることは必至です。

 畢竟、私ははずかしい代表として、存在することになります。周りも、はずかしい代表のもとで肩身を狭くして働く。そういうことになるわけです。
 ゆえに、古来より隠蔽に走る。
 組織の大小にかかわらず、人類はこうして「闇」をつくりつづけてきたのでしょう。

 昨今、『スター・ウォーズ』が復活して人気を博しているようですが、ジョージ・ルーカスがインスパイアされたという、『千の顔をもつ英雄』(ジョセフ・キャンベル著)を開けば、そのことがよくわかります。
 古今東西、常といっていいほどに国の成立・発展過程のどこかで、「闇」が封じ込められている。
 その象徴が、ミノタウルスです。

 ミノタウルスは、牡牛と王妃パシファエのあいだに生まれた、半牛半人。クレタ島のミノス大王はこの怪物を人目に触れないよう隠します。名匠ダイダロスに依頼し、絶対に抜け出すことのできない迷宮をつくってその中に封じ込める。

 以降、闇を抱え込んだ状態で、王国を運営していくことになるわけです。
 しかし、もとをただせば、王妃が関係した牡牛は、ミノス王が神への供物である立派な牡牛に見惚れ、違う牛とすり替えたもの。つまり、公の存在たる王が私物化したことに、すべての端を発しているのです。
 ここから『千の顔をもつ英雄』では、「暴君の誕生」というひとつの教訓を導いています。

「個人としての王は、共同体全体という大きな単位から一つの単位である自分自身を切り取ってしまった。こうして「一」が壊れて「多」になり、互いに利己的に争うようになって、力でしかまとめられなくなったのである」
 なんとも、奥深い事例であります。
 すこし周りを見渡せば、誰の周りにも必ず、暴君的人物、あるいは力でまとめようとする人たちが数人はいるでしょう。そうしてその人たちを具に観察すれば、共通するのは「個人」、つまり「私」の部分が大きくなったところ、と言えるかもしれません。

 いずれにせよ、闇は次から次へと生まれてきます。
 闇を生成しようとする力はブラックホールのような吸引力をもって迫ってくるものなのです。
 実際、私も幾度となく、その黒点に引き込まれそうになりました。
「あれは失敗ではなく、わざとなんですよ」。そういう物語をこしらえて。
 
 ええ、もうそろそろ、具体的に申さねばいけませんよね。
 いったいどんな失敗なのか?
 たしかに、わがうちにミノタウルスを抱えるより、吐き出してしまうほうが身体にはずっといいでしょう。「王様の耳は!」と古人が叫んだように、やってみようと思います。



 さかのぼること約1年前。某テレビ局主催のイベントに出ることにあいなりました。
 知人が関わっていることもあり、趣旨もよくわからないまま、参加を受諾。10人ほどが出るということだったので、公開座談会のようなものだろう、と高をくくっていたのです。それほど一人にかかる負荷は大きくはあるまい、と。
 ところが、イベントの一週間ほど前、一人で「プレゼン」をおこなうということが判明。それも15分間、壇上にひとりで。
 えっ、ええっ??
 (あ、あの、そういうことだけはしたくないと思って生きてきたんですけど)
 と申し上げても、あとの祭り。

「もうすでに数百人の予約が入っています。ミシマさんの出演も告知済みです。というか、あなた最後のプレゼンテンターですから! トリですよ、トリ!」  
 出演せねばいかないばかりか、トリをつとめなければいけないなんて……。
 情況は悪くなる一方でした。
 前日、テレビ局主催だけあって、リハーサルをすると言われました。
 私は、リハーサルほど嫌いないものはない、と申しました。
 プレゼン+リハーサル。
 いったい私が何をしたというのでしょう。こんな「大嫌い大会」みたいな場に出場しないといけないなんて。ああ、どうしてこんなことになってしまったの。

 会場に着くと、私の顔はまっ青になりました。
 そこは、あまりに立派なホールでした。なんでも、さる歌舞伎役者がこけら落としイベントをされた本格的な劇場だとか。
 ああ、私を畳に連れてって。
 心底、そう思ったのでした。自由が丘も京都も、どちらのオフィスも古民家で畳が基本。そうじゃない場所で、仕事なんてできるもんですか。いいえ、10年近くそういうところで働いた結果、靴を脱がないでは働くこともままならぬ身体になってしまったんですから!
 そんな心中の抵抗虚しく、外堀は完全に埋められていました。大きな舞台のうえには、プレゼンテンターが壇上に登場するための花道が用意されていました。登壇の際、効果音がなり、ネオンがチカチカする花道を歩いていかねばなりません。プロレスラーの入場じゃあるまいし。

 くりかえしますが、こういうこと「だけ」はやりたくないと思って生きてきたのです。その一心で会社を辞め、自分で会社をつくった。そう言って過言ではありません。
 こうして、「大嫌い」ジンマシンに全身おかされ、ありとあらゆる身体感覚を閉ざした状態で迎えた当日。
 私は、前日のリハーサルを「捨てる」ことにしました。

 原点回帰。
 それは、ミシマを支える言葉であり、その原点には、常にまっさらの姿勢で臨むという思いが宿っています。
 ミシマは、まっさらの気持ちで舞台に登りました。前日のリハで話したことは一切語らず、その場で思いつくままに話す。その意思を胸に秘め。
「さあ、ラストを飾ってもらいましょう。出版社ミシマ社の代表、ミシマクニヒロさんです!」

 私は、リハではつけなかった、スティーブ・ジョブズばりにワイヤレスのヘッドマイクをつけて花道を歩きました。「こんにちは」と言ったのちは、舞台を左右に歩きながら、両手をときどき広げたりして、「準備ゼロのプレゼン」を開始しました。
(ええん、ええん)
 マイクは私の軽い咳払いもすべて拾ってくれました。すばらしい舞台の音響は、その音を会場いっぱいに響かせてくれました。
 その不快な雑音は、私の頭をまっしろにさせました。
 まっさら、で臨んだ挙句、まっしろ、に。

 気づけば、プレゼンテンターだけに見えるライトが赤に点滅しだしました。
「残り時間あと1分」
 ……。
 その後、何を話したのか、どのようにして1分が過ぎたのか、はっきりと覚えていません。ひとつ覚えているのは、壇上に戻って来られた司会のMBSアナウンサー・西靖さんが、いつになくひきつった笑顔を浮かべておられたこと……。



 ああ、ついに、ついに語ることができました。
 1年間、誰にも言えなかったのです。
 あまりに辛くて、痛い出来事を、人はそう簡単に振り返ることなどできません。
 私も、この1年、かろうじて、違う物語をこしらえるという「ミノタウルス封じ込め迷路」をつくることだけはしませんでしたが、「ない」ことにしていたのは確かです。

 ーーそんなプレゼンなどしていないし、出てもいない。ーー
 けれど、どれほど自分のなかで「ない」ことにしても、最初に述べたように、私は代表をつとめている身。一個人の体験として済ますには無理がある。
 では、どうすればいいのでしょう。

 ずっとそれがわからずにいましたが、つい先ごろ、ある本の一節に触れ、その瞬間、この一年のわだかたまりがすっと氷解しました。
 それは、加藤典洋さんの『敗戦後論』に収録されている「戦後後論」のなかのひとことでした。

 加藤さんは、太宰治が戦後作家はもちろんのこと、「無頼派」と称される坂口安吾や石川達三たちとも決定的に違うのは、「誤りうること」を引き受けていたからだと述べます。つまり、太宰は、「知識人流の事後の思想」ではなく、「自分は生きた、誤りうる思想に賭ける」文学を貫いた、と。
 私は、この一文に出会ったとき、これでよかったんだ、とすっと思えたのでした。

 あらかじめ用意したものを何度も練習して卒なくプレゼンする。それをおこなっていれば観客がこういう反応を示す。仮に、拍手喝采を得られずとも、ミスは少なく済む。それは、事後の結果を逆算しておこなう行為にほかならない。それに私は抗ったのだ。何が起こるかわからない。その一点に我が身を置き、その場で生成される言葉を語る。すべての本をそうして編集することを心がけているように、舞台においてもそのやり方を貫いた。

 もちろん私とて「うまく」できるにこしたことはないし、そうしたかった。けれど、結果はそうはならなかった。だからといって、自らの試みを否定してしまっては、必死の抵抗がそれこそ無に帰することになる。当日、ギリギリのところで、世間の文脈に回収されることを拒んだゆえに、気づけば、あのやり方を実行していたのではなかったか。

 「あれは失敗ではなく、わざとなんですよ」。そんなブラックホール的欺瞞の物語をこしらえるのではなく、普段から大切にしている自分たちの日常的行為のなかに、あの出来事を初めて位置づけることができたのでした。
 
 もう、恥ずかしさは消えていました。


 −−ミシマから突然出た長い「語り」。それを聴きながらあることを思い出さないではいられなかった。

 ああ、ついに、ついに語ることができました。
 一年間、誰にも言えなかったのです。

 そう、ミシマは語ったが、あのプレゼンの直後から、会う人会う人に、「ああん、もう、やってしまったんです〜」と言っては、延々、失敗談を話していたではないか。それすら、「ない」ことになっていたのだろうか。そうして1年経とうという今、物語ではないという認識のもと新たな「物語」をこしらえたのか。
 
 すべては闇のなかのこと。もはや闇なのか藪なのかさえよくわからない。
 ただひとつ言えることは、今後ミシマと会う方、どうぞいっぱい笑ってやってください。たぶんそれが一番の薬です。どうぞ。

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