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三島邦弘

三島邦弘/ミシマ社代表 編集者

今をときめく出版社「ミシマ社」のオフィスは会社というより家である。 なぜ「家」なのか? 家だと何が違うのか? へっぽこ代表兼編集者のコラム。

第23回 ひと箱の絶望と希望(おひっこし記)

 関西に戻ってきて7年——。
 城陽オフィスに始まり、自宅の城陽市内への引っ越し、オフィスの京都市内のワンルームへの引っ越し、自宅の京都市内への引っ越し、オフィスを一軒家へ、自宅リフォームのための仮住まい、リフォーム後の引っ越し。そして劇的に平凡な一軒家へオフィス移転。

 ミシマにとっては、オフィスと自宅合わせて、関西に来て8度目の引っ越しとなる。一年に一回を上回るペースで、もはや「ベテラン」と呼んで反論する人はいるまい。だからといって慢心があったわけではないだろう。だが、たしかに引っ越し慣れからくる油断があったことは否定できないはずだ。

 事実、引っ越し前日の朝。出社したミシマが見たオフィスの光景は普段となんら変わらぬものだった。よもや明日引っ越しが行われるとは誰も思わない。それほどに「手付かず」のままであった。翌朝9時には引っ越し業者が来るというのに。
 しかし、何を思ったかミシマはその日の午前、近くの道場へと合気道のお稽古に行った。たっぷり二時間汗を流し、昼食後オフィスへ戻ってきた。そうしてようやく「さてやるか」とダンボールを手にしたのだ。

 5時間後の夕方5時——。ミシマは呆然とした面持ちで心中つぶやくことになる。
 (ああ、こりゃ無理だわ)
 机の上も押入れの中も、書類や小物が山積みされたまま。この量の荷物がダンボールに収まるのにいったいどれほどの時間が要るだろうか。ミシマは荷造り、箱詰めといった行為が苦手である。いや、通常の箱詰め、荷詰めが苦手かどうかの問題ではない。引っ越しの箱詰めにかんして言えば、苦手だから時間がかかるのではないからだ。物をたんたんと詰めていく単純な荷詰めならばミシマとて人並みかそれより少し劣るくらいにはできる。だが、引っ越しの荷物にはひとつひとつ愛着があり、意味がある。それがために、はかどらないのだ。山積みされた過去のゲラをダンボールに置こうとした刹那、ああ、とため息がもれる。

 (松本健一先生の手書きで赤が入った『海岸線の歴史』のゲラじゃないか)
 そう思ったが最後、ミシマの脳内は松本健一先生との思い出がスパークしてしまう。——僕が編集者1年目のとき最初に担当させてもらったのが、松本先生だったな。あの頃から最後までずっと、先生は手書きだった。あとがきはFAXでもらったんだっけ。本になって見本をお届けした日、先生はにこやかに僕を板橋あたりの赤提灯の店に連れていってくれた。そして笑顔で乾杯を交わしたんだ。生ビールじゃなくて、ビール瓶をコップに注いで。20代で文壇、論壇にデビューした頃の話を、当時の僕の関心に合わせて語ってくれた。ああ、ほんとやさしかったなぁ。ああ。だけどその先生はもうこの世にはいないんだ。最後の最後に会いたかった・・・。

 スタッフたちが戦場さながらの勢いで箱詰めをおこなうその空間で、ひとり沈痛の表情でうつむくミシマなのだった。
 そうこうして、3時間があっという間に過ぎた。午後8時。ミシマは再びつぶやいた。今度は心に留まることなく、音声となってのつぶやきとなった。
「やきにくたべたい」
 もう、脳も体もくたくたのくたくただった。


 翌朝9時。
 すでに旧オフィスには引っ越しの業者さんが集まっていた。2トントラック2台。屈強なる男たちと「間違って引っ越しバイト入れちゃった系」学生くん数名を含む総勢10人超。徒歩13分の場所への引っ越しとは思えぬ大所帯でのおひっこしとなった。

 ミシマはひと足さきに新オフィスで待った。
 旧オフィスよりじゃっかん狭くなるものの、それでも京都の街なかにある一軒家としては十分おおきい。一階は6畳間の和室、12畳ほどの洋室&キッチン、やたらと広い洗面所、風呂、トイレ。二階に上がってすぐには6畳の小部屋。玄関側である東側には、8畳の洋室と6畳の和室がふすま一枚で隔てられている。そのふすまを外し、ひとつながりとして使うことに決めていた。和室、洋室ともに東面は窓になっていて、見晴らしもいい。その窓に向かって机を並べよう。一階から上がってきたら皆が背中を向けて、窓を向いて座っている。文字通り「外向いて働く会社」になるわけだ。うしし、と思わずにんまりするのをミシマは禁じ得なかった。

 電話工事に立ち会ったり、コピー機の搬入に立ち会ったり、ぼんやりしたり、あれこれしているうちに、午前が終わった。どうやら旧オフィスでのトラックへの詰め込みは終わったようだ。お昼休憩をはさんで、新オフィスへの荷出しが開始されるらしい。
 その前に、「はらごしらえ、はらごしらえ。今日はヘビーじゃない定食を食べたいな」と「きんじよ」をうろついていると、お誂え向きの和食屋が忽然と姿を現した。おお、こんなところに、とミシマは迷わずのれんをくぐり、海鮮丼を食べ、オフィスへ戻った。ほどなく、屈強なおにいさんたちとそうでもない学生バイトくんチームがどかどかと動き出した。

 そこからの数時間は、昨日の箱詰めどころでない戦場さながらの絵図が展開した。何もない、広々とした空間が、瞬く間にダンボール箱で埋め尽くされていった。
 まずは二階の小部屋が山で埋まった。つづいて二階の和室、洋室が。そして一階のキッチン、和室、洋室すべてがダンボールで覆われた。自分たちの背より高い箱たちが空間のほとんどを占拠した。
 引っ越し屋のおにいさんが、笑って言った。
「すごいっすね」
「・・・はい」
 引っ越し専門のプロの目から見ても、すごい量なのだ。おそらく、空間の広さと物の量が釣り合ってないのだろう。あまりにも荷物が多すぎますよ、このスペースに置くには。おにいさんの「すごいっすね」には、そんな指摘が宿っていたはずだ。

 だけどさすがはプロのおにいさん。最後に、ふたたび笑みを浮かべてアドバイスを忘れなかった。
「ポイントは、ひと部屋ひと部屋潰していくことです。一階、二階を同時にやらずに、二階の小部屋、二階の洋室、というふうに一部屋一部屋片づけていくことっすよ」
「はい!」
 こんなにはきはきと返事したのはいつ以来だろう。おにいさんが、超できるコンサルタントに思えてきた。「社内の風通しをよくするため、この出窓に観葉植物を置きませんか」「なるほど!」なんてふうに、「おいおい」としか思えぬアドバイスを企業が高いお金出してありがたがる理由がこのとき少しだけわかった。

 ともあれ、箱だ箱。この箱をひとつひとつ出していくしかない。
 ミシマはこのとき、一切の感情を捨てた。
 荷物を見てなんらかの思い出が甦ったり、気づきが生じようとも、荷物に触れたとたん「わー」と叫びたくなるような記憶が湧出してこようとも、無視するのだ。昨日はなにも松本先生だけじゃない。メモ書きひとつから、著者、読者、書店員さんたちとの語らいをくりひろげてしまった。「応援してます」なんて書いてあるメモを見つけるたび、ああ、もう6年も前か、なんてふうに時空を軽々超えてばかりいた。同じ過ちはけっしてするまい。かたくミシマはそう誓った。

 感情を捨てる理由はほかにもあった。実際、そうしないとやりきれなかったのだ。というのも、ミシマは二箱開けたあたりから、その行為のむなしさに打ちのめされそうになっていた。
 昨日あれほど必死に箱詰めした荷物をどうして今、俺は出してるんだ? あの作業は何だったんだ?
 一度、そんなふうに考え出したら、引っ越しという行為は終了を迎える。開かれることのないダンボールに囲まれたまま、新オフィスでの労働が始まってしまう。まるで牢屋で働くかのように。
 そうならないためにも、感情を捨てた。いっそ機械にでもなってしまったほうがよほど楽だ。と思うと同時に、ミシマは、「あ、そっか」と閃いた。こんなふうに引っ越しの荷詰め、荷出しのむなしさを味わった先達のどなたかが、AIなんかを作りだしのかもね。と、そんないらぬことやくだらぬことを考えながら、つまりは感情を捨てきれぬ己の業の深さに涙を流しつつ、ミシマはひたすら箱を開けた。そして空けた。

 午後7時。
 二階の事務所スペースはなんとか働くことができそうなくらいになった。よし。と一階に降りると、歩くスペースもないほどにダンボールの壁がそびえ立っていった。
 絶望的な気持ちになった。
 こう書くと、また大げさな、と思われようか。しかし、あのとき、ミシマの心中を覗き見れば、「絶望的」という言葉以外のものはなかった。


「腹が減っては……だし、出前をとろう」
 ミシマたちは[チャーミングチャーハン]というそのときの自分たちを嘲笑うかのようなチャーミングな名前のお店から出前をとって、チャーミングの欠片も感じさせない普通のチャーハンを食べた。そして多少は元気が出た。たしかに、自分がちょっとだけチャーミングになった気がした。

 それからは黙々と箱を開けた。
 と思いきや、それはほんの5分程度。その後は、腹を抱えながら笑ったりして、山積みの箱から本たちを出していき、並べた。
 なぜか。ついに頭がおかしくなったのか。
 それもあったことを否定するのはむずかしい。ただ、笑うだけのことが幾つかあって、それで笑ったのだ。たとえば、ミシマ社の最古参ワタナベさん担当の荷物のうち、なんと50箱は、新オフィスに持ってくる必要のないものだった。東京の倉庫会社に入れるべき箱を、旧オフィスから新オフィスへ移動させ、それが山積みとなっている。それらは後日、そのまま東京の倉庫会社へと送ることになる。

 こっちに持ってくる必要があったのか。おにいさんたちがあれほど重い思いをして運ぶ必要があったのか。そして足の踏み場もないほどに一階の空間を占めるに至る必要があったのか。
 ない。まるで、ない。
 なのに、現実にいまこの瞬間に、それが起こっている。
 その事態を前に、もう笑うしかなかった。というか、なんだかおかしくてしかたなくなってきたのだ。ミシマのみならず、皆で大爆笑しながら、箱を開けた。空けた。そして。潰した。
「ひっこしってたのしいなぁ」。そのつぶやきはミシマのみならず、そこにいるメンバーたち全員の脳内で共身体的に響きわたっていた。


 午後10時。
 絶望的だ。そうとしか思えなかった部屋に、歩くスペースができてきた。まだ、洋室の一部には山が残っているものの、それでも和室の畳が見え、洋室の半分はフローリングが見えるようになった。
 はあ。
 ミシマは大きくひと息つき、誰に言うでもなくこう言った。
「千里の道も一歩から。絶望的な壁もひと箱から。やねぇ、ほんま」

 ひと箱ひと箱開ける。その行為の積み重ねが、「絶望」を絶望でない状態へ導いた。もっと言えば、日常へと近づけ、希望の光さえともしたのだ。
 荷物をとりに二階へ上がり、翌週から働くことになる事務所スペースへと足を踏み入れた。すると、窓の向こうがはっきり見えた。ついさっきまでダンボールでわからなかったけれど、机の奥にある大きな窓の存在にあらためて気づいた。

 窓の向こうには、大文字山が見えた。なんだか笑って迎えてくれているように思えた。
 とはミシマの感想であるが、これはおそらく真実ではない。なぜなら、その時間、すでに外は真っ暗で、室内のほうが明るいため、必然、窓は光が反射して、窓の外は何も見えなかったはずだからだ。
 それが幻視だったのか、ミシマの脳内旅行の果てであったのか。あるいはほんとうに・・・。

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