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三島邦弘

三島邦弘/ミシマ社代表 編集者

今をときめく出版社「ミシマ社」のオフィスは会社というより家である。 なぜ「家」なのか? 家だと何が違うのか? へっぽこ代表兼編集者のコラム。

第22回 劇的なひと夏の判断

 ちょっと面白い場所で仕事をする出版社。
 と言われるのは、出版社として必ずしも褒められたことではない。なんとなれば、究極的にはどこで働くかなぞ、出版社にとって無関係であるからだ。あくまでも出てくる本がいちばん。むしろ、本より出版社の場所が注目されるようでは、出版社としていかがなものか。そんなふうに揶揄されかねない。
 本がおもろい。おお、そればかりか、その本ができる場所もユニークではないか。実に。

 そう思われているのならいい。が、それはミシマ本人が知るところではない。
 現に、つい先日、ミシマを不安に突き落とす事態が起こった。
 詳細はここでは省くが、京都のオフィスを移転せねばいけなくなった。ということは、移転先を探さねばいけなくなった、ということである。そのことをどこかで聞きつけた本連載担当のナカシマ氏から、こんなメールがすぐさま届いた。
「読者は、今よりもっと劇的におもろい場所に引っ越すと信じてまっせ」


 言外に、「ちゃんとその期待に応えなはれや」の一文が添えられていた。それを見逃すほどには呆けていない。だからこそ、ミシマは困ったのだ。いっそ己が呆けておれば、どれほど楽だったろう。「はーい、わかりました。劇的におもろい場所へ引っ越しますね。ご期待くださいね」。「ね」のあとにはハートマークのひとつも付けて、返信していたかもしれない。

 だが、ミシマにそれはできなかった。なぜなら、そう返信することはすなわち「おもろい場所勝負の出版社でいく」のを引き受けることになるからである。もっと言えば、「本で勝負をしない」宣言をするにひとしい。とは、いくらなんでも穿ち過ぎだろうか。否。とミシマは即座に否定する。
 ここは出版社として大きな分かれ目。
 出版社として生きていくのか、それとも、おもろい場所の出版社として生きていくのか。

 ミシマは迷わず、前者を選んだ。場所が注目されているようではいかん! 出版社が注目されているようじゃいかん! 主役は本だ。本そのものがもっともっと目立つような環境に行くのじゃ!
 と、そこまでメールをもらった際に考えたかどうかは定かではない。

 ただ、「劇的におもろい場所」とはどんなところじゃろ、とは考えた。英語に訳せば、a drastically interesting placeである。もはや、古民家など「劇的」でもなんでもない。ある者は宙吊りに、ある者はベルトコンベヤーに乗って、そしてある者はトイレサイズの個室のなかで便器チェアに座ってガシガシ仕事をし、そのまま動かず用まで足す。それほどの斬新な意匠がなされた建物でも見つけないかぎり、「おお、なかなか劇的やないですか」のひとことが氏から発せられることはあるまい。

 ああ、そう考えれば、こんなふうに思えてきたぞ。そもそも、古民家がよくなかったのではないか!?
 トリイやタブチといった男どもは、夏は暑いと言っては靴下を脱ぐ。冬は雪で濡れたと言っては、靴下を脱ぐ。脱ぐばかりか、靴下を平気でそのあたりに干してしまう。ああ、彼らだけではない。女性陣だって、とても書けないような振る舞いばかりじゃないか。それもこれも、古民家という場所が許容してしまっているからではないか。「ここではどう振る舞ってもいいのですよ。おばあちゃん家に来たようにね」。家が勝手にこう語りかけているとでもいうのか。

 いっそのこと一軒家へのこだわりなど捨ててしまえ。そうだ、それがいい。「家が職場、職場が家」。ナカシマ氏がつけたタイトルに知らず知らずに引きずられていたのではないか。一軒家で働かねばならぬ。それでこそミシマ社だ。そんなふうに、無意識の意識が働いていたのかもしれない。
 一軒家をやめるのだ。それで連載が終わるなら、そうなってしまえばいいじゃないかあーー。


 数日後、ミシマはメンバーの前で重大発表をおこなった。
「次の移転先は、古民家ではありません。一軒家でもありません。オフィスビルに行きます! 西は烏丸、東は河原町、北は御池、南は四条までの超街なか、ど真ん中エリアで、オフィスビルの一室を探します! 家賃がどれだけ上がろうとも。建物自体に特徴があるようなところではなく、多くの会社同様、ある意味無個性な場所にいって、そこで個性的な仕事をするのです!」
 それがいい、それがいい。もう、靴下脱いで働くとか、そんなのいらない。なーにがラフで自由な格好だ。これからはスーツ着用だ。俺もそうするぞ。ネクタイだってつけるんだから。いっそリクルートスーツ着てやるぞ。ってそれはおかしいか。
 てな気分になっていた。

 暑かった。
 そういうこと一切合切を考えるには、今年の京都はあまりに暑すぎた。
 暑さはミシマの脳みそを十分殺してしまっていたと言える。少なくとも物件にまつわるまともな判断ができる頭脳を完全に失わせていた。

 もう物件のことを考えるのはよそう。いつも瞬発力のみで一瞬で決めてきた。けど、今回は時間をかけて探せばいいではないか。つうか、この暑さでまともな判断などできるわけがないのだから。ということだけはぎりぎり客観視できていたのだろうか? はて。
 気づけば沖縄にいた。少し早めの夏休みをかなり前から予定していたためである。そこで時間をかけて考えよう。きっと京都に戻ってくるときには、なんらかの方向性が見えているにちがいない。そう信じることにした。

 3日後。ミシマは京都に戻ってきていた。なにも考えないまま、戻ってきていた。ではこの間、何をしたか。海、昼寝、そして酒。このコースを2セット半こなしているうちに、機上の人となっていた。わずかに残っていた「まともさ」は南国の風にでも溶け込んでいることだろう。


 物件はすでに決まっていた。どうやら沖縄に行く前に決めていたようだ。「この暑さでまともな判断などできるわけがない」。そう思ったとき、同時に、契約にゴーサインを出してしまっていたのだった。南国から帰ってきたとき、ああ、そうだったかも、と思った。

 場所は、丸太町より北へ徒歩5分、河原町通と寺町通のあいだの通り沿いにある。超街なかのど真ん中エリアではまったくない。今いるところのぎりぎり「ごきんじよ」である。一軒家である。現在のように、「忍者屋敷かここは」と失笑を買うおかしさはまったくない。もはや古民家とも言えない。劇的に平凡な場所に立つ、劇的に平凡な一軒家である。
 今秋、そこに引っ越す。おそらく劇的なくらい平凡に。

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